第17話 彼女たちの進む道

 悠太から別れを切り出された翌々日、わたしは黒崎さんと緑川さんを自宅に呼び出した。

 2人とも、悠太の言葉に大きなショックを受けていたので、来ないのではという不安もあったけど何とか説得して集まってもらった。


 前々から2人を自分の部屋に迎えたいと思っていたけど、まさかこんな形で集まることになるなんて考えもしなかった。


「ところで、赤澤、今日は何の集まりなんだ」


 落ち着かない様子で黒崎さんが切り出す。

 口調は強がっているものの、今朝も泣いたのか、目の周りを赤くしている。

 その横には、目を伏せたまま青白い顔でじっとテーブルを見つめている緑川さん。

 彼女たちは言わば好敵手ライバルだったのだが、今や敗戦の友である。


「そうね。今日来てもらったのは他でもないわ……悠太の件よ」


 わたしが口を開くと、二人ともびくっと身体を震わせた。


「……アタシたちはアイツに振られたんだぞ。今さら何を話そうっていうんだ?」


 黒崎さんが涙を滲ませた目でキッとこっちを睨んでいる。


「そうですよね……もう日比野くんと一緒にいられないんですよね」


 ううっ、と両手で顔を覆い肩を震わせる緑川さん。


 怒ったり、泣きたい気持ちは痛いほど分かる。

 わたしだって、一人でいればいつまでも泣いている自信があるくらいだ。

 でも……それじゃ先に進めない。


「じゃあ、あなたたちはこのまま諦めるの?」


 だから、敢えてキツイ言葉をぶつける。


「本当に悠太……日比野くんはわたしたちと別れるつもりだと思う?」


 わたしの言葉に黒崎さんがすぐさま反応する。


「何言ってるんだ!? あのときはっきり言われただろ!」

「私だって……あれは嘘だって言ってほしいわ」


 黒崎さんと緑川さんがやるせない気持ちをわたしにぶつけてくる。


「あなたたちの気持ちは分かったわ」


 わたしは立ち上がった。これからしなければならないことがあるのだ。

 今は午後4時過ぎ。時間的に問題はない。

 スマホを取り出し、電話を掛けるわたしを二人は黙って見ていた。


『もしもし』

「悠太。久しぶり」

『赤澤さん!?』

「そうよ。驚いた? こっちから電話かけるの初めてだもんね」


 驚いているのはここにいる2人も同じであった。


「ちょっとお願いがあるの。これから逢ってくれない?」

『えっ!?』

「ちょっとだけだから。別に悠太に迷惑かけるつもりないし」


 これは賭けだ。もし断られたら、悠太の家に乗り込む覚悟だ。

 しばしの沈黙の後。


『分かったよ』

「本当!? ありがとう!」


 そして30分後に近くの公園で落ち合うこととなった。


「……これでいいわ」


 わたしが電話を切った途端、2人が腕に縋すがってきた。


「赤澤、ありがとう!」

「また、日比野くんと話せるのね!」


 悠太と話ができるというだけでこんなに感謝されるなんて……この2人、どれだけ悠太のことが好きなんだろう……。

 何だか悠太の気持ちが少しだけ理解できた気がした。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 


 『今日こそ一緒に帰りましょう』と言ってきた蒼井さんに丁寧に断りを入れて、トボトボと帰路についていたオレは、途中の公園に差し掛かったところで、見慣れた3人組の姿を見つけた。


 3人は何かを決意したような稟とした表情でこちらに近づいてきた。


「久しぶりね。悠太」


 今日も欠席した3人は私服姿で、緑川さん以外の2人のそんな姿を見るのは初めてだ。


「ところで、何の話だ?」

「あのね、悠太に確認したいことがあるの」


 赤澤さんがそう言うと、他の2人がオレを取り囲むように移動した。まるで敵の退路を断つかのように連携がとれた動きだった。


「確認?」

「ここでは何だから、場所を変えましょう」


 くるりと背を向けると公園の中でスタスタと入っていく。

 それに合わせるように横にいた黒崎さんと緑川さんがオレの両腕をがっちりと掴み、引きずるようにその後を付いていく。

 オレは確保された宇宙人か?


「ここでいいわね」


 この公園は割と広く、周囲をぐるりと林が囲んでいる。公園の中ではあるが、昼間でも鬱蒼としていて人目に付きづらい場所である。


「では……悠太、あなたは本当に蒼井さんと婚約するつもりなの?」


 元野球部のエースだけあって清々しいほどの直球だった。でも、そう言いながら微妙に肩が震えているのにオレは気付いた。

 きっと彼女たちは相当の覚悟をもって、この場に来たのだろう。


「……本当だ」


 彼女たちに嘘はつきたくない。けど、そうしないとこれから彼女たちが辛い目にあう。


「嘘ね」

「!」


 寂しげな顔で赤澤さんが言い放つ。その言葉に驚く黒崎さんと緑川さん。

 もちろん、オレも。


「嘘だって?……」

「どういうこと?……」


 混乱した表情で赤澤さんを見つめる2人。


「何で、そう思うんだ?」


 多分……赤澤さんは気付いている。オレは何故か確信できた。


「だって、本当にそうなら悠太は少なくともわたしたちにそのことを言ってくれるはず。それに……そんな暗い顔するはずない!」

「赤澤さん……」

「わたし、そんな顔の悠太を見たくない! お願い、本当のことを言って!!」


 涙をこぼしながら必死に訴える姿に、もうこれ以上彼女たちを傷つけたくないと思ったオレは決心した。


「分かった。……本当のことを言うよ」


 $ $ $


 学校帰りーーー黒崎さん、赤澤さんそして緑川さんの3人につかまったオレは、彼女たちに別れを告げた真意を問いただされ、本当のことを告げることにした。


「こないだの日曜日、出掛けていたら偶然蒼井さんに逢った。そこで彼女から……告白された」

「「「……っ!」」」


 一瞬、表情が険しくなったが、ある程度予想していたのか、3人は冷静に受け止めているようだ。


「オレは断った。けど……」


 3人が息を飲むのが分かった。


「付き合ってくれないのなら……お前たちの秘密……元男だということをバラすと」

「ええっ!?」

「何だと……」

「そんなことが……」


 まさか、そんなことがあったとは思いもしなかった3人は衝撃を受けたように黙り込む。


「だから、オレはやむを得ず……蒼井さんと付き合うことにした。そうすればそのことは口外しないと彼女が言ったからだ」


 悔しそうな顔をする赤澤さん。呆然とする緑川さん。

 まあ、ショックだろうなと思っていると。


「日比野!」

「うわあっ!」


 いきなりオレの胸に飛び込んできたのは黒崎さんだった。その目には涙が浮かんでいる。

 そうだよな、こんなことになるなんて……辛いよな。


「日比野……アタシ、嬉しい!」

「はあ!?」


 黒崎さんの顔を見ると、涙を浮かべているものの表情は満面の笑みである。

 何ごとですか、一体!?


「ちょ、何で笑ってるんだ!?」


 日比野、日比野と呟きながら、顔をオレの胸にこすり付けるようにして力いっぱい抱き着いている黒崎さん。それを無理やり引きはがそうとするが。


「だって……アタシのことを気遣ってくれたんだろ。守ってくれたんだろ。その気持ちが嬉しいんだ」


 そう言って再び抱き着いてくる。

 普段、男っぽい態度の黒崎さんが見せた、乙女のような振る舞いに思わずドキドキしてしまった。

 そのやりとりを見ていた2人もハッとして飛びついてくる。


「悠太、わたしも嬉しい!」

「日比野くん、私も信じてました!」


 美少女3人に抱き着かれたオレの近くを散歩中の親子が通りかかったが、怪訝そうな顔でゆっくりと遠ざかって行く。


「あのお兄ちゃんたち、何してるの?」

「しっ! 見ちゃダメよ!」


 ……ここがオーストラリアだったら、3頭のコアラにしがみつかれたユーカリの木、というところだろうか……。でもユーカリの木ならこんな扱いじゃないよね……。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 


「婚約の話が嘘だってことは分かったわ」


 さっきまでの態度をガラリと変え、冷静に話し始める赤澤さんである。


「でも、問題は何も解決していないよな……」


 再び、気持ちが落ち込んでいくオレ。彼女たちに真実を伝えられたのはいいが、以前のように仲良くはできないだろう。


「いいえ、そんなことはありません!」

「えっ!?」


 声のした方を見ると緑川さんが笑顔を浮かべている。


「私が元男だったことをバラされても、別に問題ありませんから!」


 そう言うと再びオレの腕に絡んできた。えーと……それはどういうこと?


「そのとおり!」

「ふえっ!?」


 今度は……黒崎さん!?


「日比野、ナメてもらっては困るな。そんなことは障害でも何でもない!」


 これ以上ないほどのドヤ顔を決めて胸を張る。その動きに合わせてぶるんと揺れる胸が眩しいです。


「そういうことよ、悠太♡」


 可愛らしくウインクする赤澤さん。

 このとき、オレは悟った。彼女たちが女の子になるときの覚悟から考えれば、そんな脅しなんか何の問題ではなかったのだと。


「お前たち……」


 オレは感動のあまり、涙がこみ上げてきたが……。

 ふと、3人の目に宿る怪しい光に気付いてしまった。


「だから、日比野……アタシと添い遂げよう」

「今度こそ逃がさないわよ……」

「これからもずっと一緒ですよ……」


 ずいっと近づいてくる3人組。……何これ怖い!


「あの……みなさん落ち着いて」

「「「二日間分の日比野ゆうた(くん)成分を取り戻す!!」」」

「いやあああああっ!!!」


 日常に戻れたはずなのに、何となく後悔している自分がいた。

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