第27話 うまくいった?

「ティル君、私が情熱を注いでいるのは『学術的な研究』なのだよ。君と同じようにね」

「……は、はい」

 

 盛大な勘違いがあるが、ここは黙って聞いておこう……

 フォーク博士は言葉を続ける。

 

「私が時折出かけ、モンスターを観察しに行くのも『研究』の一環に過ぎない。料理は腹が減ったら食べるために必要なもの……そういうわけだ」

「ええ、ですが……」

「いいかね、ティル君……私の料理はただ調理しているだけだと思っているのかね?」

「いえ、そうとは思いません」

「うむ。さすがティル君だ! そこまで分かっていたのだな。料理は私のテーマである『モンスターの生理機能の解明』の成果を一部反映したものなのだよ。オートミールと『粉吹き病』の原理にしてもそうだ」

「なるほど、オートミール自体は研究成果のついでに過ぎないと」

「そうだとも。オートミールにしても『粉吹き病』を打ち消すことは分かっても、その原理は解明できていないのだ。そこが『研究』なのだよ。重要なことは『暴帝龍』の唾液とバジリスクの鱗による科学反応の解明なのだ。もっとも……今はバジリスクの瞳の生理機能に注目しているのだがね」


 ん、んん。フォーク博士の言わんとしていることがイマイチ掴めていないけど、「学術的」な研究だと彼が思うことが重要なのかな。

 俺はバジリスクのことを熱く語り始めたフォーク博士の真剣な顔を眺めながら、どう話を進めるか思案する。んんん。

 

「そういえば、博士。ケビン教授が言っていたんですが……」

「ケビン教授がかね! 何だね何だね! 彼は素晴らしい研究者だとも!」


 すげえな、ケビン教授。名前だけで、トリップしている博士を引き戻すなんて。あの「でしゅううう」のどこに魅力を感じるのか理解に苦しむけど……

 

「ケビン教授は『森林鼠』の研究をしているとか言ってました。何やら『シアン』とかいう毒がとかなんとか」

「さすがケビン教授! 毒の成分を特定しているとは! す、素晴らしいいいい!」

「博士はその『毒』を排出する調理方法が分かっているじゃないですか」

「いやいやいやいや、違うぞ、ティル君。私とケビン教授とではまるで成果が違う。私は毒があるのを分かっているだけに過ぎない。しかしケビン教授はその特定を行い、どのような効用を人間に及ぼすか解明したのだろう!」


 よくわからん、本当によくわからんが、この風向きを利用しないとダメだろ。

 

「フォーク博士、その『シアン』を無効化する物質の研究とかどうでしょうか?」

「ティル君!! それはなかなか熱い研究だねええええ! その物質がどのような原理を持っているのか、興味深い」


 フォーク博士は俺の肩を両手で掴む。彼は目が血走らんばかりに興奮し、全力で俺の肩を前後に揺するから、俺の頭がガックンガックン揺れるう。

 

「ふぉーくはかせー、森林鼠を捕まえてくるー?」

「うむうむうむ。そうだな。一旦バジリスクの瞳はお預けにするとしよう」


 フォーク博士は俺から手を離し、クトーと同じ目線になるようにしゃがみ彼女の頭を撫でる。

 よ、よおし、うまくいったぞ! 


「フォーク博士、ケビン教授をお呼びになったらいかがでしょうか?」


 アシェットがいつもの無表情でフォーク博士に提案すると、彼は大げさな仕草で頭を抱え唸り声をあげた。

 ん、同じ研究者としてやっぱり人に研究を盗まれるとかそんなのを気にしているのかな。しかし……彼の発想は斜め上だった……

 

「アシェット君! 偉大なる研究者であるケビン教授と共に研究ができるとなると素晴らしいことだ! し、しかし、彼が私となど共同研究を行うとは考え難い……」


 いつも自信満々なフォーク博士からは想像がつかない態度に俺は驚きで目を見開く。何を言っていいのか俺がまごついていると、アシェットが感情の籠らない声で一言。

 

「私がケビン教授をお誘いしてきます。フォーク博士、ケビン教授と『毒』の『学術的な研究』はおいやですか?」

「そんなことはないとも! 毒を打ち消す物質の原理解明は立派な研究だとも! もしケビン教授と協同でとなるとこれほど栄誉なことはない」

「了解いたしました。でしたら、この後私がケビン教授のところへ出向きます」

「う、うむ。アシェット君、お願いするよ!」


 アシェットお、ありがとうう。ケビンとフォーク博士の最凶タッグによる森林鼠の毒抜き研究か。たぶんだけど、食事に結び付く原理の解明をフォーク博士はこれまで何度も行ってきているのだと思う。

 しかし、彼は「おいしく食べられる」とかそんなことには興味がなく、研究だとも思っていなかった。だから成果として発表していなかったわけだけど、彼は料理に結び付くことにかけては比類なき天才だ。

 きっとあっさりと毒抜きをしてしまうんじゃないだろうか。


 そんなことを考えていると、フォーク博士が白衣の上から革のコートを羽織ろうとしていたので、俺は慌てて彼を呼び止める。

 

「フォーク博士、どちらに?」

「ん、ティル君、ちょっと気になる素材があってね。採って来ようと思ってね、ケビン教授が万が一来てくれた場合も想定し、先に集めておこうってわけだ」


 胸を逸らして自慢気に言い放つフォーク博士だが……

 

「は、博士、一体どんな素材を?」

「ほうほう。君も興味あるのかね。そうだろうそうだろう。何しろ『暴帝龍』の黒い血だからね! ははは」

「……は、博士えええ。ちょっと待ってください! 『暴帝龍』ですかあ!」

「そうだとも。なあに心配ない」


 ある、あるからあああ。ちょっと待ってくれええ。あかん、あかんって。睨まれただけでチーンだよ、博士え。

 あー、何かないか何かあ。そうだ。

 

「フォーク博士、武器がないじゃないですか。包丁が折れちゃいましたよ」

「おおお、そうだった! 私としたことが……あまり必要ないと思っていたが……仕方あるまい」

「は、博士」

「ふぉーくはかせー、包丁ならー」


 クトーがキッチンへ足を運び、トコトコと戻ってきた。彼女の手には……おやっさんの鍛冶屋で作ってもらった「翅刃の包丁」が。

 

「おお、クトー君! これをどこで?」

「みんなではかせのために、つくったのー」

「おおおお、諸君! 感謝する!」


 必要だ。必要だけど、モンスターと戦うためのものじゃねえ。

 どうやって博士を誤魔化すか……いや、俺は決めたじゃないか、ちゃんと話をしようってさ。

 

「フォーク博士、『暴帝龍』は俺が狩ります。博士は正直、その……戦闘は」

「ティル君、君は私を心配してくれているのかね?」

「はい。そうです。博士の戦いの手腕では正直」


 俺の言葉にフォーク博士はヨロヨロと椅子に腰かけ、白髪交じりのオールバックへ手を当て苦渋の表情を見せる。

 そうだよな。「フォーク博士は弱い、行くのをやめろ」って言われたら落ち込むよなあ。でも、ちゃんと分かって欲しいんだ。

 彼が放浪し生きて帰ってこなかったらと考えたら、どれだけキツイことを言おうとも理解してもらいたい。俺だってアシェットもクトーも彼にずっと元気でいて欲しいんだよ。


「そうか……そうだね……私はさほど強くない。それはうすうす気が付いていたのだよ……」

「博士……」


 何といったらいいのか言葉に詰まってしまう。彼はこれまでずっと自分は強いと思っていたんだもの……

 じっと博士を見つめる俺の肩へアシェットがそっと手を添え、もう一方の手を俺の手をギュッと握りしめた。クトーでさえ、ウルウルした瞳で博士の様子を伺っている。

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