第20話 事なきを得たが納得いかねえ
「おおおお、フォーク博士! この魔道具……」
ケビンは顔を伏せ、そこで言葉を切り変な箱へ手をつく。
そして、勢いよくターンしたかと思うと目を見開き大きく息を吸い込んだ。
「素晴らちいいいいいい! よくこれほどの魔道具を手に入れたでしゅ!」
「そうなんですそうなんです! とある商人が譲ってくれましてな」
待て待て! 何だよこの展開。ヒヨコの雌雄を見分けるだけのクソ高い魔道具にどんな価値があるってんだよお!
ケビンは「素晴らちいいいい!」を連呼しているし、フォーク博士は胸を反らして高笑いしているし……わ、分からん。なんというかある種の狂気を感じるよ。
「しかし、フォーク博士、よくこの『生育機』を購入する資金がありまちたな」
「おお、それはですな、先日『王立研究所』からいただいた資金を使わせていただきまして」
ちょ! あっさりそれを言ってしまうのか。あれは「レストラン増設資金」なんだぞ。こんなガラクタを買うためのお金じゃあ断じてない。
ほら、ケビン教授も目を見開いて顎が落ちているじゃないか。
「な、なんと……あの資金で……」
ケビンはワナワナと体を震わせ、変な箱へ寄りかかった。うああ。マズいぞこれは。
しかし――
「そんな格安で購入されるとは! ぼくちん感動しまちた! さすがフォーク博士でしゅ! 資金の使用用途はこちらの方が格段によいと思うでしゅううううう」
ええええ、ちょっと、本気で言ってんのか。あれはガラクタ、ガラクタだぞ。い、いや俺達にとってはガラクタ購入費として研究所から支給された資金を使い込んでも不問になるのは良い事なんだけど、釈然としねええ。
「そうでしょう、そうでしょう。ヒヨコの雌雄を見分けることができるのですぞ!」
フォーク博士が自慢げにケビンに向けて述べると、彼も負けず劣らずフォーク博士と同じ異常に高いテンションで応じる。
「それだけではないでしゅ! この魔道具は餌と水を入れることで自動で必要量を計算して下の扉から餌と水が出て来るんでしゅうう!」
「ええと、ケビン教授、それって自動育成機みたいな感じなんですか?」
思わぬ機能に俺はケビンへ問いかける。確かに最初ケビンは「育成機」って言っていたよな。
「そうでしゅ! 最大十五匹の森林鼠を飼育することができるんでしゅ!」
「え、ええと森林鼠なんですか? 鶏じゃなくて……」
「鶏も可能でしゅ!」
「し、しかし何でまた森林鼠……」
い、いやネズミを飼育することは悪いことではないと思う。「森林」鼠ではなく「草原」鼠は鶏より生育が早く、大きさも鶏より一回り大きい。食事に関しては鶏より必要だけどその分、育成期間が短いからトータルとして必要な餌の量は同じくらいだ。
収穫できる肉の量として考えれば、「草原」鼠の方が鶏より優れている。しかし、「草原」鼠は鶏に比べると数を増やすのに時間がかかる。
味はといえば……豚肉と鶏肉の中間といったところだろうか。ただ、脂肪分が余りなく筋張った硬い肉なので人気は人気が余りない……その分安いんだけどね。
じゃあ、「森林」鼠はというと……食用にしたって話は聞いたことが無いなあ。少量なら平気らしいんだけど、森林鼠の肉だけをお腹一杯になるまで食べると体調不良になることが多いらしい。
腹を下す程度ならいいけど、場合によっては高熱が出たりずっと下痢が続いたりするということだ。
だから、森林鼠を飼育するなんて話は聞いたことが無い。
「森林鼠は
「え、ええと……それは雑草さえあれば大量の森林鼠が飼育できると?」
「一言で言うならそうでしゅ。しかし、森林鼠にはシアンという有害物質が含有してるのでっしゅうう。それをいかに裁くかが研究のしどころでち」
「あ、ありがとうございます」
そんな鬼気迫る顔で叫ばれても……フォーク博士なら軽く調理してしまいそうだけど、それだと問題の解決にならないんだよな。
飢饉の時の緊急食糧として手配するなると、誰でも手軽になんだっけ「シアン」とかいう毒素を除去できる方法でないとダメだ。毒抜きに高度な技術や多数の工程が必要になるとかだと、森林鼠が出回ったことでかえって状況が悪化しかねない。
ケビンは見た目や発言はアレだけど、「素晴らしい」と彼が述べる研究内容についてはまともだな……
その後、フォーク博士とケビンは何やら俺には理解不能な高笑いのやり取りで満足したのか、お互いに握手をするとケビンは帰って行った。
内容はともかく、王立研究所から支給された「レストラン増設資金」の件は解決してしまった。これで元通りの生活に戻れるかなあと思ったんだけど、当初の目的だった研究費の支給はどうなるんだろう。
ケビンのあの様子だとあの変な箱……もとい「自動育成機」の魔道具を使った研究費という名目でお金は出してくれそうだけど。フォーク博士に聞いてから、ケビンに交渉に行ってみるかな。
安心したら腹が減ってきた俺は、リビングルームへ移動すると既にクトーとアシェットがテーブルにパンと温かいポタージュスープの準備が終わったところだった。
「クトー、アシェット、ありがとう!」
「いえ、私はパンを出しただけです」
いやあそれでも、準備をしていてくれただけで嬉しい。
じゃあ、さっそくいただくとするか。
「わたしがスープを買ってきたのー」
俺がポタージュスープにパンを浸しているとクトーが褒めて―といった感じで両手をあげる。
「おお、朝からありがとうな!」
「うんー」
ケビンの叫び声で起きたわけだけど、思いのほか遅くまで寝ていたみたいだなあ。だってクトーが朝市から戻ってきて、二人が準備を終えてるんだもの。
「ティル、どんな食材を集めて来たんですか?」
「ん、ええと……バジリスクかな」
俺はパンをむしゃむしゃとかじりながら、アシェットへ答える。
「あれー、よだれはー?」
こらー、クトー。わざとアシェットには告げていなかったのに、首を傾けて不思議そうな顔で尋ねてくるなあ。
俺が思わずアシェットへ目をやると、彼女はじーっと冷たい緑の瞳で俺を見つめている。
「ティル、よだれとは?」
「あー、唾液も採取してきたんだよ。まあ大したことはしてないから」
俺が何でもないことと誤魔化そうとしたらまたしてもクトーが口を挟んでくる。
「セルヴィーと一緒だったんだよねー。強かったの―?」
うおお、暴帝龍だとは知られたく無かったのに。そして、アシェットの眉が少しだけあがり、俺を睨む目がきつくなる……
「ティル、『あの人』と一体何を……? 確か元熟練冒険者とか……」
「い、いや……暴帝龍の唾液をちょっと拝借してきたというか……」
「暴帝龍! ティル!」
あまりの眼力に俺は誤魔化す事をやめて正直に「暴帝龍」の名前を告げると、アシェットがガタリと立ち上がり俺の隣に回り込んできた。
「い、いやまて、アシェット、何も戦って倒すとかじゃない……そう、気が付かれないうちにだな……」
動揺して何を言っているのかわからなくなってきた俺にアシェットの手が伸びる。あ、アイアンクロ―は反対だー。
俺は椅子に座ったまま少しだけ頭を引こうとすると、アシェットが不意に俺を抱きしめて来た。柔らかくて、彼女の髪からいい匂いが……
「ティル……そんな危険なモンスターと……私のためにありがとうございます……」
アシェットは俺の胸へ顔を埋めながら、俺へ感謝の意を告げる。
「あ、いや、アシェットに大事あったらいけないと思って……」
「ですが……」
あれ? 頭を掴まれた。
「ちゃんと私に説明してから行ってください。私はあなたに言いましたよね『あなたに倒れられると困る』と」
「い、痛いいいいい!」
俺の頭がギシギシと音を立てる頃、ようやくアシェットは俺から手を離してくれた。もう少しで気絶しそうだったよ……
俺が痛みに悶絶していると、彼女は俺をギュッと抱きしめて再び俺の胸に顔を埋めた。
「困るんです……」
アシェットは何かを呟いたようだったけど、俺の耳に届く音量ではなかった。
※次回明後日です。
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