第21話 博士のナイフ
アシェットが回復してから一週間ほどが過ぎた。俺とフォーク博士はオートミールを作る際に狩って来たバジリスクからちゃっかり持ってきた瞳を研究している。
フォーク博士はバジリスクの瞳をたいそう喜んでくれて、「ティル君! 今度こそ瞳の謎を解明しようじゃないか!」とか興奮した様子だった。
フォーク博士は余りに興奮して強く突いてしまってその日のうちにバジリスクの瞳をダメにしてしまったけど、バジリスクには目が二つあるからもう一つをすぐに持ってきてそれで研究を続行している。
今までフォーク博士の研究はまるで意味の無いものって思っていたけど、「オートミール」の時にバジリスクの鱗の研究と「粉吹き病」の毒抜きが繋がったことで全部が全部無駄なんじゃないと分かった。
し、しかし……そうは言ってもバジリスクの瞳とにらめっこしているのは無駄なんじゃないかなあ……
夕方近くになって研究に疲れてきたところでフォーク博士とコーヒーブレイクでもしようと、紅亀コーヒーの粉末の入った瓶を取り出すと……全部使い切ってしまっていたようだ。
「ティル君、紅亀の甲羅はまだまだある。すぐに紅亀コーヒーの元になる粉末を作成しよう」
「はい!」
やったぜ。紅亀コーヒーは切らさないようにしてくれるんだなあ。
俺は博士と一緒にウキウキとキッチンに行くと、クトーが頭の上に両手を広げて、手のひらで彼女の身長ほどある蛍光黄色の魚を運んでウロウロしていた。
「クトー、どうした?」
「おさかなもらったんだけどーどこに置こうかなーって」
俺が尋ねると、クトーは八重歯を見せながら満面の笑みで俺の方へ振り返った。
「クトー君、まな板の上に置いてくれたまえ。ちょうど紅亀コーヒーを作ろうとしたところだ。ついでだから、その魚も調理してしまおう」
「わーい! 冒険者のおじさんからもらったのー、おじさんにもお魚のお料理をあげてもいいー?」
「もちろんだとも。この前もポイズンフロッグをいただいたからね。それに……このナイフも」
フォーク博士は懐からいつものナイフを取り出すと、クトーへそれを向ける。
あのナイフはフォーク博士の料理をいつも支えている素晴らしい一品だ。何の素材か分からないけど、あの切れ味は普通の素材で出せるとは思えない。「暴帝龍」の唾液を入れたミスリルの壺のことがあったから、ミスリルで出来たナイフかなと思ったけど……刃先はミスリルじゃなさそうだ。
フォーク博士は蛍光黄色の巨大魚をさばいた後、紅亀の甲羅へナイフを入れる。その時――
澄んだ音がして、ナイフが根元から折れてしまったじゃないかあ! ま、まずいぞ。これはまずい。フォーク博士の料理を支えるあのナイフが無ければ、彼は料理ができないんじゃないか?
「フォーク博士……ナイフが!」
「そうだね。ううむ。ナイフがないと調理ができないな。まあ、露天で食事を買えばいいではないか」
「え、ええと、フォーク博士、そのナイフは何でできているんですか?」
「これかね? これは『
な、なるほど……そ、そら切れるわ……俺は森で出会った「
露天やセルヴィーのお店で扱ってたらいいけど、まずないだろうなあ……あったとしてもものすごい価格がついてそうだし。
「ティル君、折れてしまったものは仕方がない。幸い紅亀コーヒーの下処理は大方終わったからね。これで一か月は持つだろう」
フォーク博士は何でもないといった風に片眼鏡を指先でクイッとあげると、蛍光黄色の魚を焼き始め、細かく砕いた紅亀の甲羅に熱を通し始めた。
ものすごくいい匂いが漂ってきて、俺はゴクリと生唾を飲み込む。ふとクトーの方を見ると、彼女は口を開き舌を出した状態で口元からよだれをダラダラ流していた……
フォーク博士の調理が終わる頃、アシェットが艶めかしい太ももをスリットの隙間から見せながら研究所に戻ってきて、フォーク博士に封筒を差し出した。
封筒を受け取ったフォーク博士は、封を切り中の手紙を開くとカッと目を見開き叫ぶ。
「す、素晴らしいいいいいい! ティル君、私は明日から三日間、王立研究所へ行くから留守を頼めるかね?」
「え? どうしたんですか?」
「ケビン教授の誘いでね。明日から三日間、泊まり込みで研究について熱く語る会があるらしいのだ。私も招待してくれているのだよ!」
「フォーク博士、三日間もじっと籠っているんですか?」
「もちろんだとも! 一時たりとも外へ出たくないね! す、素晴らしいいいいいい!」
「わ、分かりました。留守はお任せください」
うん、この様子ならフォーク博士がふらっとモンスターを狩りに行ったりはしないかな。王立研究所の外でずっと張り込むのも手間だと思ってたし……一応、あの丁寧なスタッフへ手紙を書いておくか。
「フォーク博士は放浪癖があります」と。
しかし、計ったようにいいタイミングだ。三日以内に奴を狩りに行こう。フォーク博士が料理を作れないとなると、俺達三人にとっては死活問題だからな。
そうしている間にもクトーが魚料理をテーブルに並べ、アシェットも彼女の手伝いに入っていた。
フォーク博士はリビングのテーブルの傍でまだ叫んでいたから、彼に見えないところであるキッチンにアシェットがいる間に俺は彼女の肩を叩く。
「アシェット」
「どうしました、ティル」
俺はアシェットの耳元へ口を近づけると、小声で
「フォーク博士のナイフが壊れてしまったんだ……幸い三日間、博士はいない。その間にナイフの素材を狩りに行こうかと」
「それは由々しき問題ですね。今晩、冒険の準備をしておきましょう」
「うん、クトーは特に準備はいらないだろうけど、後でアシェットの部屋へ行っていいか?」
「え……ええ、それって」
アシェットは何か勘違いした様子で、頬に両手を当てて首を振る。心なしか頬が赤くなっている気がする……彼女は相当気持ちが動かないと表情を変えたりしない。
これでも、相当動揺している仕草なんだよな。
「ナイフの素材が問題なんだよ……明日、博士が王立研究所に行ってから相談するより、今晩中にしておきたいんだ。時間が惜しい」
「……そうですか」
え、何でそこで頭を掴むんだ? 意味が分からん! ま、待って、力を入れないで、ちょ。
「い、痛いってええ。クトーも呼ぼう……」
「分かりました」
アシェットはようやく俺から手を離してくれて、再び食事を並べ始めた。
――その日の晩
アシェットのメルヘンな部屋ではなく、俺の部屋で相談を行うことになった。部屋に来てすぐにクトーは俺のベッドで飛び跳ね、アシェットは腕を組んで、俺の部屋を見渡して首を縦に振ったりしている。
い、いや、俺の部屋で遊ぶために呼んだんじゃないんだからな。
あ、フォーク博士の魚料理は絶品だった。蛍光色の魚って血なまぐさくておいしくないんだけど、博士にかかればそこらの魚料理なんて目じゃないほどに一変するんだなあ。
やっぱすごいよ、フォーク博士の料理の腕は。
「えー、アシェット、クトー」
俺はヒョウ柄ビキニ姿のクトーと淡いピンクのネグリジェ姿で髪を降ろしたアシェットへ声をかける。二人とももう寝る衣装に着替えている。
アシェットの普段と違う髪型を見て少しドキドキしたのは秘密だ。
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