第22話 冒険の準備

 俺は立ったまま、ベッドに腰かけるアシェットに目を向け思案顔で顎に手をやる。いや、上から見下ろすとだな、アシェットの着ているネグリジェは胸元があいてて中が見えそう。

 ちなみに谷間は全く無い。もしあったのなら、この位置だと見えているはず。

 考えてる風の表情をしているのは、俺がアシェットの胸元を見下ろしているのをバレないようにするためだけだ。

 

「アシェット、『翅刃しょうばの黒豹』をどうやって倒すかなんだけど……」


 目線はアシェットの胸元をチラチラ見つつ、真面目な話を振り誤魔化す。


「そうですね。でもその前に」


 アシェットは静かに立ち上がると、スッと手が伸び俺の頭を掴む。

 

「い、痛い、痛いってえええ」

「見ていたのはバレてますからね。全く……」


 アシェットの手が離れると、俺は痛みで床をのたうち回ったあと、膝を床につき両手で頭を抱え込む。

 

「ティル―、どうやって倒すの―?」


 ベッドでピョンピョンするのに飽きたクトーが痛む俺の頭をナデナデしながら、問いかけて来る。あー、君はいい子だ。クトー。

 あの暴力女に比べて天使のようだ……恨めしい目でアシェットに目を向けると、キッと氷のような視線で睨まれた。

 

「『翅刃しょうばの黒豹』の脅威は絶対的なスピードなんだ。俺の全力でも奴は捉えることができないのが正直なところなんだよ」

「おー、黒豹さん、すごーい!」

「それは究極アルティメットを使ってですか?」


 無邪気に喜ぶクトーと確認するように俺へ問いかけるアシェット。うーん、対象的だ。

 

「ああ、この前森の中で奴と出会っただろ? 究極アルティメットを使っていても捉えきれなかった」

「そうなると、敏捷アジリットをかけてもらったとしても……私も同じでしょうね」

「そこで、危ないけどクトーに頑張ってもらうのと、道具を使おうと思う」

「クトー、がんばるー」


 クトーは両手を上にあげて万歳のポーズをしてから、エイエイオーと腕を振る。

 

「道具ですか」

「うん、足を止めてしまえば、何とかなると思う。『翅刃しょうばの黒豹』って耐久力も力もそれほど強くないしさ」

「そうですね、スピードは捕獲難易度十以上のものを持つと思いますが、それ以外は確かにそうですね」

「うん、足を止めたらアシェットの一撃で沈むかなあと」

「分かりました、どのようにやるつもりですか?」

「ええと、まず――」


 俺はアシェットとクトーに『翅刃しょうばの黒豹』の対応策を説明すると、クトーは「わかったー」と元気よく応じて、アシェットは無表情に頷きを返す。

 たぶん、クトーは分かってないだろうけど……それでも戦局に影響はないから大丈夫かな。

 

「じゃあ、俺は明日、起きたらすぐに道具を仕入れて来るから、今日はもう寝ようか」

「うんー」

「……はい……大胆ですね……」


 すると二人は「俺の」ベッドに潜り込む。え? どうなってんの?

 

「二人ともそこ俺のベッドなんだけど……」

「寝るってーティルがいったじゃないー」

「い、いや、『一緒に寝る』とか言ってないからな! 今日はもう解散ってことだよ」

「そうなのー、たまには一緒に寝ようよー」

「三人で寝るには狭くないか……?」

「じゃあー、アシェットの部屋のベッドにいこー」


 クトーはアシェットの手を引き、尻尾をフリフリ振りながらウキウキした様子で部屋を出て行ってしまった……

 ええと、行っていいのか? クトーも一緒だから俺がアシェットに変なことをするってのは無いけど、アシェットのあんなとこやこんなとこに触ってしまうかもしれんぞ。

 

 俺が茫然と立ち尽くしていたら、クトーが戻ってきて俺の手を引っ張る。

 クトーに手を引かれてあれよあれよとアシェットの部屋に来てしまった。

 

「いいのか……全員一緒で……」


 俺が呟くと、クトーが俺の背中を勢いよく押すものだから、ヨロヨロと天蓋付のベットに倒れ込んでしまった。

 立ち上がろうとすると、アシェットが恥ずかしいからかどうか分からないけど、全力で俺の腕を引っ張る。ご存知のとおり、彼女は身の丈ほどもあるトゲトゲの鉄球がついた武器――モールを片手で軽々と振り回す馬鹿力の持ち主。

 つまり、全力で引かれた俺はベッドの上空に舞い上がり、天蓋に衝突し落下する。

 

「ティル!」


 アシェットは珍しく動揺した様子で眉をしかめ、落ちて来る俺をうまくキャッチしてくれる。

――しかし、俺の重みで彼女はそのまま真後ろに倒れ込んだ。

 この姿勢は……俺がアシェットを押し倒した形なのだが。意識するやいなや、唇がくっつきそうなくらい近い位置にアシェットの凛とした顔があるわけで、思わず赤面してしまう。

 アシェットも男と接触したことか力いっぱい投げてしまったことのどちらか分からないけど、恥ずかしさからか少しだけ頬を赤く染めている。

 

「すいません……」

「……い、いや」


 俺とアシェットが固まっていると、俺の背中にクトーが乗っかってくる。あああ、俺の背中で跳ねるんじゃないい。

 クトーに押された俺はアシェットと密着してしまうう。柔らかい彼女の体が全身に感じられ、頭がクラクラしてきた。

 

「きゃ……」


 アシェットが可愛らしい悲鳴をあげると、俺の頭を掴む。

 ま、待ってくれ、これは不可抗力だろおお。俺のせいじゃああ。

 すぐにアシェットの手に力がこもり、俺の頭がギリギリ締め付けられる。い、意識がと、お、く……

 


◇◇◇◇◇


 目覚めたら朝だった。あんなことやこんなことをしてやろうと思っていたのに、既にアシェットもクトーもベッドにはいない。

 リビングに行くと、アシェットがキッチンに立っていたので、声をかける。

 

「アシェット、クトーは?」

「クトーは朝食の買い出しに行きました」

「いつも助かるよ、ありがとう。俺はこれから昨日話をした『道具』を買って来るから」

「分かりました。フォーク博士のことは任せてください」


 俺はアシェットに手を振ると、研究所を後にしてセルヴィーのお店に向かう。

 朝が早すぎたのか、セルヴィーのお店はまだ開いてなかった……どうしたものかなあと腕を頭の後ろで組んで閉った扉を眺めていると、後ろからセルヴィーの声が。

 

「ティル、どうしたの? こんな朝早くに」

「あ、ああ。ちょっと買いたいものがあってさ。あ、ごめん、朝市に行っていたのかな?」

「あ、うん。まあリンゴと大麦とライ麦を買ってきただけだけどね」

「あー、また後で来るよ」

「今からでもいいわよ。入って入って」


 セルヴィーが扉を開け、俺を中に招き入れる。

 店内は整然と整理されており、ほこり一つ落ちてなかった。綺麗にしてるよなあ。このお店。感心するよ……うちの研究室なんか……いろんなものが机の上に乗っているわ、部屋の隅に触れたくない謎の物体がいくつもある。

 

「もう、ジロジロ見て、そんなに急いで何を探しているの?」

「いや、そこまで急いでいるわけじゃないんだけどさ、捕獲網が欲しいんだよ」

「捕獲網なら、そこの壁に吊ってるわよ。お好きなのどうぞ」


 セルヴィーが指を指した方向を見ると、確かに捕獲網がいくつか壁に。

 俺は捕獲網に手を振れセルヴィーに問いかける。

 

「セルヴィー、縄の材質がこれじゃあダメなんだよ。できればミスリルのが欲しい」

「ミスリルですって!? 一体何を捕獲するのよ!」

「足を止めたいだけなんだけどさ、『翅刃の黒豹』だよ」

「あー、そういうことね。あんたもまだまだ冒険者やってるじゃない。『翅刃の黒豹』は手ごわいわよ……まさか一人じゃないでしょうね?」

「いやいや、三人だよ。作戦もあるから何とかなると思う。で、あるかな?」

「うーん、ミスリルは無いけど、鉄のワイヤーでできた網ならあるわよ。あんたの魔法で鉄なら何とかなるでしょ?」

「あ! そういやそうだな。ははは。鉄の奴もらえるか?」

「はいはい」


 俺はセルヴィーにお金を手渡し、鉄のワイヤーで出来た捕獲網を受け取った。

 これで準備は完了だ。待ってろよ、『翅刃の黒豹』!

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