第23話 朗らかに深刻で

 朝市に寄って保存食を買い込み、せっかくだから冒険に必要な火打石などの小物をこの機会に新調しておこうとそれらも買い揃え研究所に戻ると、既にフォーク博士は王立研究所のスタッフと一緒に出掛けた後だった。

 残された俺達三人はさっそく王都東の森へ向かう。

 

 森ではクトーが先行し索敵してもらい、俺とアシェットはいつでもモンスターと戦えるよう警戒し進む。

 

「この前ゲイザーを捕獲した辺りでいいんでしょうか?」

「うん、まずはそこを目指そうかなと」

「しかし、あの位置では浅くないですか? 『翅刃の黒豹』は本来もっと奥地にいるはずです」

「そうなんだけど……なんであんなところにいたんだろうな……森の奥深くで何かあったのかなあ?」

「そうかもしれません。森の向こうの山には『魔族』が住んでますし、何かあったのかもしれませんね」

「『魔族』かあ、確かその昔、人間やエルフと争いが起こったとか何とか」

「私も詳しくはありませんが……今は人間、エルフ、獣人、ドワーフ、魔族と全種族は共存または住む土地を別にして平和的にすごしてますね」

「だよなあ。まあ、山まで行くことはないし、とりあえずゲイザーのいたポイントまで行こうか」

「はい」


 俺とアシェットが呑気にしゃべっていたら、クトーが尻尾の毛をブワッ膨らませて戻ってくる。

 

「いたよー」

「こ、こんなところでか?」


 まだゲイザーがいた場所までそれなりに距離があるぞ。本当に森で何かあったのかもしれないな……いまは後だ。『翅刃の黒豹』のことに集中しないとだな。

 俺は腰の剣を抜くと、意識を集中させ呪文を唱える。

 

究極アルティメット斬付与ブレードエンチャント


 俺の身体能力と五感が強化され、手に握りしめた剣の刃がぼんやりとした光に包まれた。

 もう一丁!

 

影人形シャドウサーバント!」


 すぐに呪文の効果が現れ、俺の体は二つに分裂したようにブレ始める。

 よっし、俺はクトーに『翅刃の黒豹』が接近してくる位置を聞くと、彼女らに敏捷強化アジリットをかけてから前に立つ。

 ゆっくりと前進していくと、前方の大木の枝が揺れ黒い大型の獣の姿が確認できた。奴だ!

 

 俺が身構えようと腰を落とした時、空気の揺らぎを感じとっさに上半身をかがめると、風を切る鋭い音が俺の背中を横切る!

 やはり、見えない! 俺は先ほどと反対側の枝に目をやると、予想通り「翅刃の黒豹」がじっとこちらを睨みつけていた。

 

 あれほどの巨体で異常なまでのスピード……さすがにスピードスターと言われるだけはある。奴ほどの速度を持つモンスターは他にいない。

 

「さあ、来やがれ!」


 俺の声に応じるかのように、奴は俺の体が震えるほどの咆哮を発したかと思うと巨木の枝を蹴る。

 動きを捉えることはやはり不可能……目で追えない。

 

 が、俺だって修羅場をくぐってきたんだ。自身の首の位置に剣を構えると力を込める。

 次の瞬間、キイーンと澄んだ音が鳴り響き、「翅刃の黒豹」の足の付け根から生える透明に近いブルーの翅と俺の剣が打ち付け合う! す、凄まじい力だな。

 体ごと押し切られそうだった俺は足の裏に力を込め、なんとか踏みとどまる。

 

氷河時代アイスエイジ


 そこへアシェットの力ある言葉が響き、「翅刃しょうばの黒豹」の漆黒の体全体が冷気に包まれる。

 

「クトー!」


 俺の掛け声を聞いたクトーが頭上の巨木の枝から勢いよく飛び降りると、鉄の捕獲網を「翅刃しょうばの黒豹」へ投げつける!よっし、見事に捕獲網が黒豹を包み込んだぞ。

 

耐久付与エンチャントウェポン


 俺は捕獲網へ強化の魔法をかけると、さらに詠唱を続ける。焦ってはいけない……しっかり集中!

 俺が集中している間にも「翅刃しょうばの黒豹」は剣を翅でグイグイ押してきているが、俺は体全体を使ってそれを凌ぐ。

 

攻撃力強化アタック・極」


 ようやく呪文を完成させた俺の魔法が発動し、アシェットが構えるトゲトゲの球体が付いた身の丈ほどある鉄の武器――モールが赤く輝き始め、その光がアシェットの全身を包み込む。

 俺の魔法に呼応するように、アシェットは力強く踏み込むと地を蹴り、高く飛び上がった。

 

――鈍い音が響き渡り、アシェットのモールは「翅刃しょうばの黒豹」の頭へ突き刺さる!

 絶叫をあげる黒豹だったが、尚も突進しようと俺の剣に翅を押し付けて来る。ぐうう。これまでで一番の力だ……

 

 耐え切れず俺の体が浮き上がった時、うなりをあげるアシェットのモールが再び黒豹の頭を横撃する! 彼女の馬鹿力から繰り出されたモールでの一撃は巨体を誇る黒豹の体を浮き上がらせ、俺へかかっていた負荷が無くなった。

 続いてアシェットはさらに一撃を加えると、黒豹は痙攣した後動かなくなった……

 

 あ、あのパワーで俺の頭を……俺は無残に陥没した黒豹の頭を眺め背筋が寒くなる……

 

「ふう、作戦通りですね」


 アシェットはモールを軽く振るうと背中に背負う。

 

「あ、ああ……アシェットの見事な攻撃で沈んだな……」

「いえ、拘束してくれた二人のおかげですよ?」


 アシェットの冷たい緑の瞳がこの上なく怖い……両手をパンパンと払う仕草も……

 

「ティルー、誰かこっちに向かってるー」


 犬耳をピンと立てて、クトーは右手で大木の向こうを指し示す。

 俺は彼女が示した方向へジッと目を凝らしていると、人影がどんどんこちらに近づいて来る。一人か……

 だが、あれは……

 

「ティル、あれは……魔族ですか?」

「ああ、山羊のような角に、三角形の尾先のついた尻尾……間違いないと思う」


 そうだ、あいつは……魔族。肩口で切りそろえた長髪にノースリーブの白いシャツ、上腕に蛇の形をした黒い刺青が見える。ポケットだらけのズボンはお尻の辺りが開いているのか、尻尾が伸びていた。

 見た感じ、三十前後の俺と同じくらいの年齢に見えるが……

 

「何用だ?」


 俺は引き締まった体をした魔族の青年へ威圧感を出さないように問いかける。

 

「やあやあ、僕はキュイエール。見ての通り魔族だよ。君は?」


 魔族の青年は強面な見た目とは裏腹にやたら陽気な雰囲気で右手を上げる。

 

「俺はティル。魔族がここまで来るなんて珍しいな」

「うんうん、僕もそう思うよ。でもでも、ここまで来る事態になっているんだ」

「何があったんだ?」

「おお、聞いてくれるのかい、いやいや、聞いてくれ。なかなかとんでもない事態になっているんだ」


 おかしなしゃべり方をする奴だなあ……最近出会う人は癖のある奴ばかりな気がするぞ……「ぼくちん」とか「ふんもお」とか。

 しかし、本当に何があったんだ? 「翅刃しょうばの黒豹」も魔族もこんなところまで出て来る奴らじゃない。

 

「教えてくれるなら、教えて欲しい。話してくれないか?」

「いいとも、もちろんいいとも。実はね……」


 カラカラと笑い声をあげながら、朗らかに魔族の青年――キュイエールは語り始めるが、態度と裏腹に事態は思ったより深刻だった。

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