第24話 飢饉
キュイエールたち魔族は、王都東の森を抜けたところにある山麓の麓に住んでいる。彼らは洞窟で各種キノコを育てたり、山の斜面を利用した果樹園を育成して食料としているそうだ。
あと肉類は狩猟でまかなっているとのことだ。
それが二か月ほど前にキノコに病原体が蔓延し、全滅してしまったという。それに加え、果樹園の果実にもカビに浸食され大方がダメになってしまったらしい。
山脈付近の森の草木に影響はなかったんだけど、魔族たちが生きるために狩猟を活発にして、森に自生している木の実やらも従来よりはるかに多く採取する必要が出て来た。
魔族の住処である山の周辺だけでは食料が不足しはじめ、彼らは森の反対側である王都東付近まで出張っていたってわけだ。魔族の狩猟で減った食料は他のモンスター達にも影響を及ぼし、「
「それって、かなり深刻な事態なんじゃないか……」
唖然として俺が呟くと、キュイエールはカラカラと陽気な態度で応じる。
「うんうん、そうだねそうだね。僕たちも生きるために獲物を狩らないといけないからね」
「何か食べられるものは無いのかな……」
「あれば苦労しないさー。採りつくしたら鼠を食べて倒れるしかないね。はははー」
「ん、鼠? 森林鼠か?」
「うんうん、そうだよそうだとも。森林鼠は弱い毒をもっているのさー。強靭な僕たちの胃袋でも森林鼠を朝晩食べると倒れちゃうねー」
草原鼠なら毒もなく、鶏より一回り大きいサイズだから食料としても味を我慢するなら悪く無いものなんだけど、森林鼠はなあ……
ケビン曰く、「シアン」とかいう毒が含まれてるから食べると体を壊し、最悪は死に至るという。
魔族と俺達はお互いに干渉しなくなってからうまくやってきたから、俺も干渉したくはない……が、俺にできることがあれば手伝いたい。
いや、魔族とはいえ困ってる人を見捨てたら後味が悪いとかそんな理由じゃないぞ。こと魔族に関して言えば、困ってるからといって干渉するとそれがきっかけで過去のように争いが再熱する可能性も多分にあるから、不干渉を貫くのが最善だろう。
でも、このまま魔族を放置しておくと最悪王都に被害が出るかもしれないんだよなあ……だから俺は手伝いたいと思ったわけだ。
腹を空かした魔族が王都に攻め寄せるとかは、万に一つもないと言い切れる。もし魔族側から干渉するなら、王都を略奪するのではなく、王都から食料を買えばいいだけの話だ。
なにも命を懸けて戦う必要なんてまるでない。そうしないのは「不干渉」という取り決めを彼ら魔族も固く守っているからに他ならない。
でも、森で食べるに困ったモンスターとなると話は異なる。現にこんな浅いところまで「
冒険者や兵士がなんとかしてくれると思うけど、並みの実力じゃ蹴散らされるし、俺やアシェットのような最高レベルの冒険者数人でも入念な準備無しには打ち倒すことは難しい。
「キュイエール、君たちの食糧事情を何とかできないか、俺達にも考えさせてもらえないか?」
「なるほどなるほど。僕たち『魔族』と君たちは、『不干渉』というのは知ってるのかい?」
「もちろんだよ。でも、俺は君たちに狩猟を止めるなとは言えないし、君たちも生きるためだから仕方ない……キノコや果物の畑が元に戻るまで時間もかかるだろうし」
「うんうん、そうだねそうだね。キノコと果樹園は一からまた栽培しているのさー。キノコが収穫できるまでに……たぶんー、はやくて三か月くらいかなー」
「また『病気』って奴も流行するかもしれないしな……君も分かっているとは思うけど、この先あと少しで俺たちの領域になるんだ」
「ああ、分かっている分かっているさ。強力なモンスターが何匹もそっちに行くかもしれないこともね」
「うん、そのことで俺は君たちを責める気はないのは分かって欲しい。でも、このままだと君の言う通り、王都にモンスターが来る可能性が高まるんだ。だからこその『協力』したいってことなんだよ」
「うんうん、何かいいアイデアがあれば聞きたいところだね。でもこれは君と僕の間の秘密ってことにして欲しい。それなら、うん、まあ個人間のお付き合いってことで誤魔化せるはずだよ」
「そうだな。これは俺とキュイエール、二人だけの個人的なお付き合いだ」
「うんうん、じゃあ、七日ごとに僕はここへこようじゃないか」
キュイエールはそう言い残すと、右手を振って踵を返し森の奥へと消えて行った。
彼の姿が見えなくなると、隣で俺達の会話をずっと聞いていたアシェットが俺の肩を叩く。
「ティル、アイデアはあるのですか?」
「いや、全く無い……ケビンに相談でもしてみようかなあと」
俺は頭をポリポリとかきながらアシェットに言葉を返すと、彼女はズイッと吐息がかかるほどの距離に迫り、緑の目で冷たい視線を俺に送る。
……ちょっとだけドキドキしてしまった。彼女の唇に触れてしまおうかとか変な事を考えていたら、彼女は俺の肩を掴み怜悧に言い放つ。
「ティル、こと食事に関して言えば、先に相談すべき人がいるでしょう」
「あ、うん。フォーク博士だよな。でも博士はなあ……」
「ティル……」
アシェットは唐突に俺へ口づけをしてくる。
突然の出来事に俺が唖然としていると、その隙をついて彼女は俺の頭を掴む。
「アシェット……?」
「いいですか、ティル。何故あなたは、長い期間フォーク博士と寝食を共にしながら、いつまでたっても腹を割って話をしないのですか?」
「……」
ギリギリと俺の頭が締めあげられるが、頭の痛みより俺はアシェットの言葉が深く心に刺さる。
俺はこれまでフォーク博士の料理を食べる為に、彼の研究熱を満たすべくねずみの毛の数を数えたり、一緒にバジリスクの瞳を眺めたりしてきた。
もちろん、フォーク博士に「料理を作って欲しい」とクトーのようにダイレクトに言ったことも一度や二度じゃないし、彼の調理技術が素晴らしいものだと直接伝えたこともある。
でもこれで彼と仲たがいしてでもいいという勢いで、真剣に彼と向き合ったことがあったか? どこかでフォーク博士はこんなもんだと思ってこなかったか?
アシェットの言う通りだよ。俺は真摯に彼と向き合うことをしてこなかったんだ。思い出してみろ、アシェットが「粉吹き病」で倒れた時、フォーク博士は率先して料理を作ってくれたじゃないか。
彼はとても変わっている。変な方向に情熱を燃やし、自分の比類なき調理技術を普通のものだと思っているし、誰でもこれくらい作れると考えている。
それが間違っていると正すつもりはないんだ。それが彼が彼であることなのだから。
でも、魔族の現状を伝えフォーク博士にしかそれを何とかすることができないと分かってもらって、対策を練ってもらうことなら、ちゃんと彼と話をすれば考えてくれると思う。
そんな簡単なことにも気がつけないなんて……
「その顔……心境に変化はあったのですか?」
「ああ」
「あなたが言わなくても私からフォーク博士にお願いしますが?」
「いや、俺に言わせてくれ。俺じゃあダメだと思ったら、口を挟んでくれていいから」
俺はアシェットの肩を両手で掴み、じっと彼女を見つめる。
すると、彼女は少しだけ頬を朱に染めながらも頷きを返す。
「……そういう男らしい顔は嫌いじゃないです……」
アシェットがボソりと囁くが、声が小さすぎて俺には何を言っているのか聞こえなかった。
でも、きっと俺を応援するようなことを言ってくれてるんだろうなと彼女の態度を見てだいたい理解できる。
「ありがとう、アシェット」俺は心の中でそう独白し、彼女から手を離したのだった。
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