第25話 鍛冶屋

 研究所に戻った俺たちは汗を流した後、その日は就寝した。さてと、フォーク博士が戻って来るまでに「翅刃の包丁」を完成させとかないとだな。元々は彼の料理の為だけだったが、今は魔族達のこともある。

 いや、食料危機に対して包丁が必要かは分からないけど……フォーク博士の奇跡はこの包丁からいつも生まれているんだ。

 つってもこれ……加工するにはどうしたらいいんだろうなあ……俺は「翅刃の黒豹」の翅刃を布で包み、リュックサックへ慎重に入れると街の鍛冶屋に向かう。

 街には鍛冶屋がいくつかあるんだけど、俺が懇意にしている鍛冶屋は街の片隅にあるドワーフのおやっさんが一人で経営する店舗だ。


「すんませんー、おやっさん」

 

 古ぼけた扉を開けて中に入ると、白い髭を生やし先っぽで結んだ強面のドワーフが俺に目を向ける。彼は背こそ低いが、二の腕の太さが俺の倍ほどもある屈強な体をしているのだ。

 鍛冶屋一本で数十年やってきた腕前は、この街でも随一だと俺は思っている。


「おう、珍しいのが来たな。ティル、どうした?」

「『翅刃』から包丁を作って欲しいんですよ」

「ほう……『翅刃』か……お前が採って来たのか?」

「もちろんですよ」

「ふむ、なら見せてみろ」

 

 ドワーフのおやっさんは、冒険者に対して自らが戦って倒したモンスターの素材でないと加工を受け付けてくれない。鉱山で採掘される金属なら話は別だが……

 俺はリュックサックから布の包みを出すと、中から「翅刃」を取り出しカウンターの上に置いた。


「これです。おやっさん」

「ほう、腕は落ちていねえようだな。ティル。こいつを倒してくるとはな!」

「俺一人でやったわけじゃないですからね。で、おやっさん、加工できそうですか?」

「包丁だろ? 加工ってほどでもねえぜ。翅刃を切って持ち手を取り付けるだけだからな」

「おお、よかった!」

「明日にでも取りに来な」

「ありがとうございます! じゃあ、明日取りに来ます」


 なるほど、翅をそのまま包丁の刃にするのかあ。俺が踵を返そうとすると、おやっさんが待ったをかける。


「ティル、余りはどうすんだ? 包丁に使う分なんて僅かだぞ」

「加工の報酬に取っておいてくださいよ」

 

 俺はおやっさんへのツケを思い出しいけしゃあしゃあと太っ腹なところを見せる。しかし、おやっさんは意外なことに「ツケを返せ」と言うのではなく丸太のような腕を組み、「わかった」とだけ呟きを返した。

 いやあ、あれなんだよ。生活費を稼ぐ程度には冒険をやってたけど、武器や防具となるとねえ……そこまでやるには片手間じゃあ厳しいんだよ。「翅刃の黒豹」みたいな大物を狩るなら別問題だけど。

 このクラスになると一回でなかなか素敵な金額で売れるからね。

 

 その日帰った俺は、アシェットとクトーと一緒に武器の手入れを行うことにした。血のりをとったり、油で錆が浮かないようにしたりといった簡単なことはしているんだけど、武器や防具に問題がないかどうか詳細に調べることは久しくやっていなかった。

 博士が帰って来るまでまだ日があるし、魔族の件のためにどんなモンスターを狩りに行くか分からないから今のうちにやっておこうというわけだ。

 しっかし……アシェットのトゲトゲのついた長柄の鉄の塊――モールは頑丈なんだなあ。見た感じ全く痛んでないように見える。


「ティル……防具はともかく、武器をちゃんと手入れしてますか?」

「あ、い、一応……」


 俺は年季の入った片手剣へ目を落とし、持ち手に巻いた革がすり減っていることを確認する。うん、まあ、見た目はあれだけど、これでも使いやすいんだって。

 決して面倒だから革を新調していないわけじゃあないんだ。これは拘りなのだ……アシェットの目線がきつかったので俺はクトーへ目を向けると、彼女はミスリル制のダガーを布で磨いていた。

 

「きれいー? ティル?」

 

 俺の目線に気が付いたクトーが犬耳をピンと張ってダガーを自慢気に俺へ向けて来る。

 

「あ、うん。ピカピカだな!」

「やったー。毎日磨いているんだよー」

「全く……誰かさんもクトーを見習って欲しいものですよね」

「お、俺だって刃と刀身は毎回ちゃんと見てるって!」


 二人からじーっと見つめられてしまう俺……アシェットはともかくクトーまで……どんだけ俺を疑っているんだよ。これでもランクSの冒険者だったんだぞ。

 その辺はちゃんとしているのだ。


「あ、そろそろ『翅刃の包丁』を取りに行ってくるよ」


 俺は鞘に剣をしまい込み、立ち上がるとパンパンとワザとらしく膝の埃を払うフリをして二人へ言葉をかけた。

 

「私も行きます」

「りょ、了解……」


 俺はアシェットと一緒におやっさんの鍛冶屋へ向かう。

 

「おやっさんーできてますか?」


 古ぼけた扉を開くと、昨日と同じようにカウンターの向こう側で腰かけていた髭もじゃのドワーフの男が、こちらに向きなおった。


「お、ティルか。今日は彼女つきか?」


 おやっさんは俺をからかうがアシェットは体を震わせ「か、かのじょ……」と小さく呟きながら、扉のとってを握りしめている。


「おやっさんー、彼女……アシェットはフォーク博士の研究所の仲間ですよ」

「ほう、同棲してるのか、お前さんも隅に置けねえな」


 おやっさんはガハハと愉快そうに笑うが、金属がまがる鈍い音が響き渡る……うわあ、鉄のとってがひしゃげてるじゃないか。もちろん、アシェットの握力で。

 このままおやっさんにしゃべらせているとマズそうだぜ……

 

「す、すいません」


 アシェットは僅かに頬を朱色に染め、おやっさんに頭を下げる。


「まあ、いいってことよ。若いもんは元気な方がいいじゃねえか。なあ、ティル?」

「こ、ここで俺に振るんですかあ。ところで、できてますか?」

「全く……つれないなあ、お前さんは。ほらこれだ」


 おやっさんは布に包まれた十五センチくらいの品物をカウンターの上にトンと置く。

 俺はそれを手に取り、中身を改めると美しい翅刃の包丁が姿を現した。おお、これだよこれ。

 

「すいません、これをください」


 再起動したアシェットがいつもの無表情な顔でスッとカウンターの上に薄い革の布を差し出す。

 

「お嬢ちゃんも隅に置けないねえ、これはティルの片手剣に巻くんだろう?」


 おやっさんはニヤニヤとして、俺の腰に刺さった片手剣の柄へ顎を向ける。俺は思わずアシェットの顔を見やると、彼女は口元をひくひくとさせながらも、長い耳まで真っ赤になってるじゃないか!


「……そうです……」


 アシェットは消え入りそうな声でおやっさんに応えると、目を伏せてうつむいてしまった。


「あー、ティル。俺からもお前に渡すもんがあったんだが、この革を柄に巻くことにするぜ」


 おやっさんはそう言って、カウンターの上に片手剣をそっと置く。こ、これは……青みがかった透明で向こうが透き通るような刀身に、光をよく反射する刃……これって翅刃じゃないの?


「おやっさん、これって……」

「おう、お前さんから昨日預かった翅刃の残りだ。持っていけと言いたかったが、夕方に取りに来い。お嬢ちゃんと一緒に来てもいいぞ。なにしろその革は……」

「だー。分かりましたから、取りに来ますって。おやっさん、ありがとうございます! アシェットもありがとう!」


 本当だったら感動して吸い込まれるように翅刃の片手剣へ魅入られているところだったが、今はアシェットのことが気になり、からかってくるおやっさんへ気が気でなく……それどころじゃねえ。

 俺は慌ててアシェットの手を取ると「また来ます」と言い残して鍛冶屋を後にした。

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