第29話 寒いからはやく

 アシェットと一緒に外に出ると、一匹の騎乗竜とそれに乗った赤毛を右耳の上で結んだ釣り目の女の子が待ち構えていた。

 

「あら、お邪魔だったかしら?」

「セルヴィー」

「あんたが心配で来てみたら……お熱いことねえ。心配して損したわ」


 からかうセルヴィーへ俺は彼女も心配させていたことに気が付き頭をかく。こんなにも俺のことを気にかけてくれる人がいるのに、俺は何をしていたんだ……


「セルヴィー、来てくれてありがとう。一緒に来てくれるか?」

「……もちろんよ。素材は山分けだからね!」


 俺のストレートな物言いに面食らったのかセルヴィーは顔を赤らめると、憎まれ口を叩きながらも了承してくれた。

 俺は黒い血と唾液以外いらないから、残りは全部セルヴィーに持って帰ってもらおう。暴帝龍の鱗はきっと高く売れるはずだから。

 

「セルヴィーさんとティル……」


 俺の後ろでアシェットが何か呟いていたけど、声が小さすぎて俺の耳に届くことは無かった。


◇◇◇◇◇


 王都西の砂漠に向かい、礫が広がる地帯まで来ると一息入れてすぐに暴帝龍を発見することが出来た。先日暴帝龍と会っていたから、ここまでは思った通りと言ったところかな。

 当初の予定と異なり、アシェットとセルヴィーが一緒に来てくれたから作戦の幅はかなり広がる。

 

 俺達は暴帝龍といつでも肉迫できる距離に騎乗竜から降りると、その日はたき火をしながら休むことに決めた。

 たき火の上に鍋を吊るし食事ができあがるのを待ちながら、俺達三人は火を囲み暖を取っている。砂漠の夜は急激に冷えるから、早め早めに行動をしておかないと凍えたり熱さで倒れたりするから注意が必要だ。

 

 お団子頭のアシェットは、寒くなってきたというのに裾へスリットが大きく入った民族衣装のままで膝を抱え込むように座っていたから、艶めかしい太ももがチラチラ見えて……

 一方、セルヴィーは足元が膨らみくるぶしの辺りでキュッと縛ったいつもの商人女性風ズボンに、上は袖の無いオレンジ色の硬い革鎧を着ている。

 

「ティル、目線がやらしー」

「……!」


 気が付かれた! アシェットにはまだ気が付かれてなかったのに……セルヴィーが余計なことを言うからアシェットに頭を掴まれてしまったじゃないか!


「ち、違うんだ、アシェット、もう寒くなってきたからローブをかけてやろうと思ってだな」

「……まあいいでしょう。そういうことにしておいてあげます」


 俺は残念に思いながらもアシェットに持ってきたローブをかけてやる。あ、彼女はローブを持ってきてるんだろうか……確認すりゃよかった。

 

「ティル、『暴帝龍』とどう戦うつもりだったの?」


 やっとアシェットの手から逃れ、痛みのため頭を抱えようとした俺へセルヴィーが問いかけてきた。

 

「あ、ああ。寝込みを襲おうと思ってさ、『影足シャドウ・フット』と『蜃気楼ミラージュ』を使って近寄って、一発目は尻尾を集中的に攻めて逃げる」

「なるほどね。尻尾が無くなるとやりやすくなるわね」

「寝込みを襲う……」


 アシェットが呟いているけど、その言葉に何が引っかかったんだ……確かに大切だ。暴帝龍をちゃんと観察し奴がぐっすり寝入ったかどうかは、この作戦の最も重要なことであり、根本になるからな。

 

「悪く無い手だわ、最初はそれでいいとして……」


 セルヴィーは呟きながら、アシェットの傍らに存在感を示すモールに目をやる。


「どうしましたか? セルヴィーさん」

「ティルの恋人……の、ええとアシェットで良かったわよね。あんた、そのデカいの振り回せるの?」

「……恋人……」


 あ、アシェットが両手に頬を当ててあっちの世界に行ってしまったじゃないか。セルヴィーもワザと名前を忘れたフリをしてからかうのはいいけど、程度をわきまえてくれよ……

 俺は肩を竦め、セルヴィーへ目を向ける。

 

「セルヴィー、アシェットはこの……モールっていうんだけど、こいつを片手で軽々と振るう」

「……え?」


 セルヴィーは目が点になり、唖然と口を開いたまま固まる。まあ、そうだよなあ。こんな細腕で、身の丈もある鉄の塊を振り回すんだ。

 誰だって初めてアシェットがモールを構える姿を見たらビックリしてしまう。

 

「アシェット、試しに持ってみてくれよ」

「……は、はい」


 再起動したアシェットが立ち上がると、指先でモールの柄を引っかける。すると、あれほど重たいモールがトゲトゲ部分を下にして逆さまに持ち上がり、彼女は柄を掴んでそれを振り上げた。


「……し、信じられないわ……その華奢な腕で……」

「……まあ、そういうわけだ……」


 俺は余りに軽々と振り回すアシェットの姿を見て、あのモールは見掛け倒しで中身は空洞なんじゃないかと疑ったことがある。試しに持たせてもらったら……両手を構えるのがやっとだったんだ。

 あんな指先だけで跳ね上がる重さじゃ断じてない。異次元の馬鹿力を持っているんだよ、アシェットは。

 

「それだけの膂力りょりょくがあるのなら、一つ作戦があるわ。尻尾を切ってからのね」

「ほうほう」


 セルヴィーの作戦を聞いた俺は用意周到な彼女へ思わず手を打つ。さすが道具屋をやっているだけあるぜ、セルヴィー。

 

「セルヴィー、それで行こう。まずは俺が尻尾を切ってからだな」

「そうね。失敗した時のサポートはするわ。これでね」


 セルヴィーは立てかけてある大型の弓を手に取り俺に示す。


「じゃあ、もう少ししたら『暴帝龍』を観察してくる。行けそうなら明日尻尾を切りに行く」

「そうしましょう。今日は観察に徹した方がいいわ。私も後ろでサポートするから安心して」

「アシェットもそれでいいか?」

「はい。ティルがよければ私は構いません」

「『ティルがよければ』だって、もうー、焼けるわあ」


 こらあ、セルヴィー、アシェットを刺激するなって。またあっちの世界に行ってしまったじゃねえかよお。

 よっし、暴帝龍を見に行ってくるか。

 

 俺が立ち上がると、セルヴィーとアシェットもそれに続き、暗闇の中で暴帝龍の観察を行う。どうやら奴は日が落ちるとすぐに熟睡するらしく、寝込みを襲うのは容易そうだと分かった。

 このままやっちまおうかと思ったけど、念のため明け方ごろもう一度観察して明日実行しようと思い直し、セルヴィーも俺の意見に同意したので何もせずに野営地に戻る。

 

「ティル、どうしたのですか?」

「ティル、見張りをしなくても騎乗竜がいるから大丈夫よ?」


 セルヴィー、そのニヤニヤとした笑みで俺を見るのを止めてくれるかな……分かってるだろ、俺が戸惑っていることくらいさあ。

 うん、そうなんだ。戻った俺達は就寝することにしたんだけど、寝るためのローブ……セルヴィーは自前の物を持ってきていたんだけど、アシェットは準備していなかった。

 忘れていたのかそうじゃないのかは分からないけど、今はそんなことどうでもいいのだ。

 問題はアシェットがほんの僅かだけ潤んだ瞳で俺を見上げてローブの端を指先で持ち、俺へ来るように促していることなんだよお。セルヴィーのいる前であんなことやこんなことはできないし、いやいなかったとしてもいつ何が襲ってくるか分からないところでそんなことはできん。

 悶々とした気持ちだけが残るじゃないか、それもセルヴィーにからかわれるというおまけつきで……

 

「ティル、寒いので早くしてください」


 たき火だけの灯りで見えるいつものお団子を外して長髪になったアシェットの顔が妙に艶めかしくて、俺はゴクリと喉を鳴らしながらもローブに入るのだった。

 ローブに入った俺へアシェットがしがみついてきて……ドキドキしながらも旅の疲れからすぐにウトウトして寝入ってしまう。

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