第30話 暴帝龍再び

――翌日夜

 俺は「影足シャドウ・フット」の魔法を自分にかけてから、体を横に倒して寝入っている暴帝龍の尻尾へと静かに歩み寄る。奴の目を誤魔化す「蜃気楼ミラージュ」は、逃走時に使うことにしたから今は使っていない。

 もし逃走時に自身の魔力に余裕があるようだったら、一撃だけ俺の身を守ってくれる「影人形シャドウ・サーバント」も使おうと思う。「影人形シャドウ・サーバント」は非常に便利な魔法なんだけど、消費魔力が大きくて多用できないのが難点だ。


 よっし、気が付かれずに暴帝龍の尻尾の付け根までたどり着くことが出来た。ここで俺は意識を集中させ魔法を囁くように唱える。

 

究極アルティメットそして……斬強化ブレード・エンチャント・極」


 俺は腰の翅刃しょうばの剣を抜き放つと、暴帝龍の様子を伺う……奴はまだ寝ているようだな。

 ここまでは極めて順調……俺は剣を振り上げ暴帝龍の尻尾の根元へ向けて振り下ろす!

 

 硬い鱗の抵抗を感じることもなくスッと剣が吸い込まれていくと同時に奴の絶叫があがる。強酸性のどす黒い鮮血が吹き上がるが、防御魔法をかけた俺の体を焼くことは無かった。

 口の中に入れば喉が焼かれるけど、血液なら吸い込む心配はないから大丈夫だ。

 「ここからが勝負だ」……俺は心の中で独白すると、両足で立ち上がろうとする暴帝龍の尻尾へ足をかけ右足でステップを踏み、一息に高く飛び上がった。

 無事尻尾の付け根に着地した俺は、そのまま両足で挟み込むようにして体を支え、剣を振るう。

 この位置は尻尾を振り回そうが、動き回ろうが俺へ当たる攻撃はない。もし俺が振り落とされたら、およそ五メートル下へ落下し踏みつけられて……と想像すると背筋が寒くなってしまった。

 俺は浮かんだ光景を振り払うように首を振ると、一心不乱に剣を尻尾へ突き刺す。

 

 しばらく剣で斬っていると俺を支える尻尾がグラついて来た。そろそろか……俺は静かに呪文を詠唱する。

 

蜃気楼ミラージュ


 残念ながら、斬強化ブレード・エンチャントを何度も使ってしまったから、影人形シャドウ・サーバントを使う余力が無かったんだ。

 でも大丈夫だ。セルヴィーを信じて俺は尻尾を落とす! 

 

 剣を大きく振りかぶると、俺は深く尻尾へそれを突き立て、そこから右へ力いっぱい振りぬく。

 すると、尻尾が半ばからちぎれはじめ俺は空中に投げ出される。

 これを予期していた俺は両足と剣を持っていない方の手を同時に地面に着けて着地すると、剣を振るいながら暴帝龍から距離をとるべくゴロリと転がり立ち上り、そのまま駆け出す。

 一方、暴帝龍は尻尾が切れた衝撃から俺の身体が吹き飛ばされそうなほどの咆哮をあげ、後ろを振り返った。

 

 奴が一歩踏み出した時、右方向から矢が奴の顔へ横撃するように飛来する。これに気を逸らされた奴は、俺ではなく矢が飛んできた方向に目を向けた。

 次に反対側から氷の塊が奴の顎へと襲い掛かり、ダメージを受けた様子は無かったものの、奴の気が今度は左側へと向かう。

 その間に俺は充分な距離を奴から取ることができ、逃走に成功したのだった。

 ナイスだ。セルヴィー、アシェット! 絶妙のタイミングだったぜ。

 

 俺達三人はあらかじめ決めておいた合流地点で集合すると、成功を喜び合い明日に備えて早めに就寝することにした。


「ティル……」

「ん?」


 アシェットが俺を呼ぶ声で意識を起こすと、閉じた瞼越しに登ったばかりの太陽の光が差し込み俺はゆっくりと目を開ける。

 すると、アシェットの肩が目に入った……うつ伏せになって寝ていたようで、胸や太もも、腰に柔らかい感触が……硬い乾燥したれきの地面に多少の緩衝材を置いただけで寝ていたからそこまで柔らかいのはおかしい。

 いや、分かっている。俺がアシェットの上に覆いかぶさっていたことは……

 

「ご、ごめん……」

「……ギュッとしてくれたら許してあげます」


 何だこの可愛い生き物は! いつも冷徹、無表情なアシェットからだと想像できない言葉に俺はドキっとしてしまう。言葉ににこそ感情は籠っていないが、言葉の破壊力が凄すぎた。

 俺は彼女の背中に腕を回すと抱きしめる。すると彼女は気持ちよさそうに目を細め俺の背をそっと撫でる。

 

「あらあら、朝から……」


 セルヴィーの嫌らしい声が聞こえた瞬間、アシェットが俺を突き飛ばすと綺麗に弧を描いて俺は吹き飛び――

――セルヴィーに衝突しそのまま彼女を押し倒してしまった。あ、頭が彼女の胸に……アシェットと違ってポヨンポヨンが少しは感じられ……


「い、痛ええ。どいつもこいつも俺の頭を何だと思ってんだよお」

「ティル、そのエロイ頭をもがないだけマシだと思いなさい」


 セルヴィーに思いっきり平手ではたかれた俺の頭が悲鳴をあげている……り、理不尽だ。

 

「と、ともかく……作戦通りに行こう」

「はいはい」

「分かりました」


 お昼前まで作業を頑張った俺達は、暴帝龍をいかに誘導するのか再度打ち合わせを行う。

 うん、作業というのは暴帝龍を嵌めるための罠を作っていたんだよ。いくら罠をつくってもハマってくれなきゃ意味がない。

 

「もっと手こずると思ったけど、案外すんなり罠を設置できたわね」

「ああ。アシェットのお陰でもある」

「そ、そうね……」


 俺とセルヴィーは凛と佇むアシェットに目をやり、げんなりとした顔になる。あのパワー……やばいよやっぱ……

 

◇◇◇◇◇


 暴帝龍へ慎重に近づいた俺達は、体を伏せて奴の様子を伺う。奴は落ち着かない様子で時折唸り声をあげながら、地面を揺らしゆっくりと歩いていた。


「セルヴィー、敏捷アジリットの効果時間はゆっくりと百を数えるくらいだ」

「分かったわ。じゃあ行くわよ!」


 音を立てないように立ち上がると、セルヴィーとお互いに目を合わせ頷く。

 

炎弾ファイア


 セルヴィーが集中も行わずに放った魔法は初級炎呪文だった。小さな炎の弾は真っすぐに暴帝龍に向かい奴の腹へ命中する。

 最高級の攻撃魔法でもほとんどダメージを受けない暴帝龍にとって、炎弾ファイアなど蚊が刺した程度の効果さえ示さない。しかし、奴が俺達に気が付くには十分だ。

 奴がこちらに向かってきたことを確認した俺達は炎弾を放ちながら一目散に目的地へ向けて走り出す。

 奴は巨体だけに一歩で進むことのできる距離が長く、俺達が全力疾走してやっと距離を保てるほどなのだ。だから、息を入れる暇もなく必死で走る。

 しかし、セルヴィーが足を小石にひっかけたみたいで少しつまづいてしまいよろけると、俺は彼女へ向けて叫ぶ。

 

「セルヴィー、先に走ってくれ! 少しだけ引き留める!」

「了解!」


 こうなることも想定に入れていた。ものすごい勢いで迫って来る暴帝龍のプレッシャーをヒシヒシと感じるが、ここは全てを振り払い集中!

 目をつぶり深く息をき、体の中にある魔力を心臓の位置へ集約するイメージ……行くぞ。

 

影人形シャドウ・サーバント


 力ある言葉と共に俺の体からゴッソリ魔力が抜かれ、一瞬頭がクラクラしたが、魔法は無事発動する。

 俺の体がブレ始め、呪文の名前の通り体に俺そっくりの形をした影がゆらゆらと揺らめく。

 目を開けると、もう暴帝龍は目前まで迫って来ていたが、落ち着いて踵を返し一気に速度をあげて駆ける。本来なら、尻尾の強烈な一撃を喰らっていたかもしれないが、奴に今尻尾は無い。

 手の爪か、体当たりか……もしくは口から吐くブレスか……前者二つは俺と接触しなければ不可能。後者は遠距離まで届くが立ち止まって息を吸い込む必要がある。

 

――しかし……俺は背中に風圧を感じ後ろを振り返ると、速度をあげたのか、奴の唾液が俺にかかるほどの距離にまで肉迫されていた……

 奴も掛け値なしの全力疾走ってところか。俺より速い! 奴は横向きに体勢を変えると巨体を俺へ投げ出してくる。

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