第31話 戻ったら何か……
ここは……こうだ!
俺は右足を軸にくるりと回転し後ろへ振り返ると、腰の翅刃の剣を奴に向けて腰を落とす。
次の瞬間、俺の体へ奴の巨体が当たるが、俺の剣も根元まで奴に突き刺さった! 生身なら俺の体はひしゃげて全身の骨がバラバラになっていたことだろう。
しかし、
足が止まればこっちのものだ。暴帝龍……少しの間、俺の剣を貸しておいてやるよ……俺は踵を返し目的地へ向けて走り始める。
その後は奴が速度を上げることも想定して長めの距離を取り、追いかけてくる奴が俺を見失わないように走る。
ちょうど
「セルヴィー、アシェット、お待たせ」
「さっきはありがとう、ティル」
俺とセルヴィーは拳を突き合わせるとお互いの健闘を称える。
「来たわよ!」
尻尾を切断され、太ももに剣を突き刺されて怒り心頭な暴帝龍は、真っすぐに俺を追いかけ、追いつこうとしていた。だが、そこは……
――俺と奴の距離が五メートルまで迫り、次の一歩を奴が踏み出し地を踏むと、地鳴りのような音を立てながら奴の足元が崩れ下半身が全て地面に呑み込まれる。
「やったぞ!
「はい!」
アシェットは高く飛び上がり、落とし穴にはまったことで混乱する暴帝龍の頭をモールでぶっ叩く!
頭が落ちたところで、横から更に一発。
それに対し、少しよろめきながらも暴帝龍は大きな咆哮をあげ、体からどす黒い霧を放出する。
あの黒い霧も想定済みだ。あれは、強酸性の霧……奴の怒りの熱により汗が発汗することで起こる現象と言われているんだが、人間がアレを吸い込むと肺が焼けてしまう。
「目を逸らせ! アシェット!」
俺はアシェットに向けて叫ぶと、セルヴィーが持ってきた魔道具を放り投げる。
それに合わせてセルヴィーも呪文を唱え始めた。
奴とアシェットの間に俺の投げた魔道具が落ちると、その瞬間、目が焼けるような閃光が辺りを包む。
「
続いてセルヴィーの魔法が発動し、奴の頭を中心に赤い炎が舞う。しかし、暴帝龍の鱗はまるで傷ついた様子はなかった。
「まるで効いた様子がねえな……」
「あんなに頑丈だなんてね……」
俺とセルヴィーはあっけにとられるが、最低限の目標は達成してホッと胸を撫でおろす。
そう、炎に焼かれた頭の辺りにある黒い霧は蒸発し、閃光によって目が焼かれた暴帝龍は大きく首を振り俺達への注意が完全に剃れていたのだ。
これで暴帝龍の頭へ踏み込めるようになったアシェットが、体を捻り、左足を軸にして勢いよくモールを
都合七発頭を殴ったところで、奴の首から力が抜け地に倒れ伏したのだった。しかし、まだ奴は絶命はしておらず、単に気絶しただけだろう。あれだけ脳を揺らせばさすがに奴だって耐えられなかったというわけだ。
動かなくなればいかな暴帝龍と言えども俺達の敵ではなく、首を落とし黒い血と唾液を集めた後、撤収することにした。残りの素材はセルヴィーが後で採りに来るとのことだ。
三日ぶりに研究所に戻った俺だったが……もうすぐ日が暮れるというのに妙に騒がしい。何だ?
俺はアシェットと顔を見合わせるが、彼女も覚えが無いといった風に首を傾げる。ともあれ……
「セルヴィー、ありがとう!」
俺は一緒に戦ってくれたセルヴィーへお礼を言うと、アシェットも同じく彼女へ頭を下げた。
「ううん、私も
「おお、それはありがたいけどお金は大丈夫か?」
「暴帝龍の鱗はミスリルと同じくらいの価格で取引されるのよ。どれだけ大儲けか……分け前は後からお金で渡すからね」
「いや、セルヴィーが……」
俺はここまで言いかけて、思いとどまる。彼女の気持ちもちゃんと考えないとだよな。独りよがりだったらダメだ。
「セルヴィー、黒い血と唾液の分の値段も計算できるかな?」
「うん」
「じゃあ、全部の素材を売った価格を半分にしないか? もちろんミスリルの容器の価格は天引きで」
「三等分でいいわよ」
「いや、そこは半分でな。セルヴィーの道具を使ったわけだしさ。騎乗竜も」
「あ、ああ、そういうことね。あんたは彼女と二人で一人ってわけね。あーやだやだ」
セルヴィーはサイドテールの髪を揺らし頭を振る。こんな感じで呟いていたけど、これは彼女なりの気遣いだと俺にはすぐに分かった。
俺の気持ちと自分の気持ちの妥協点が二等分だと彼女も納得したんだろう。言い方はかなり問題あるけどな……ほら、アシェットが、長い耳までほんのりと赤く染めて、扉のとってを掴んでへこませてるから……
セルヴィーと別れた俺達は研究所の玄関に入ると……鶏より一回り大きいくらいの緑色をした鼠が目に入る。それも四匹も。こ、これ森林鼠だよな。
そこへ、クトーがトテトテと森林鼠を追いかけながらこちらに歩いて来た。
「おー、おかえりー、アシェット、ティルー」
「クトー、これは一体……」
「んーとお、ふぉーくはかせとなんとかきょうじゅが、いっぱい鼠が欲しいって言うからあ」
「取って来たんだ……」
「うんー。いっぱいだよー」
物には限度ってもんがあるだろうがあ。なんだよ、研究所内にどれだけの森林鼠がいるっていうんだよお。庭に十匹くらいいれば済むだろ……
足りなきゃ取りに行けばいいだけだし、すぐ捕獲できるだろ……森林鼠だったら。
俺は頭を抱えながらリビングルームに足を運ぶと、ここにも森林鼠が数匹。
「クトー、フォーク博士はどこに?」
「お庭で遊んでるよー」
「そ、そうか……」
俺はぶっ通しで動かし体を休めたいところだったけど、フォーク博士に無事「黒い血」を持って帰ってきたと報告するため庭へ向かう。
アシェットにはもう休んでおいてくれと告げてきた……
庭に近づくにつれ、響き渡る声が大きくなってきた……声と言ってもこれは奇声だぜ。
「ケビン教授! こ、これは素晴らしいいいい!」
「フォーク博士! これからでしゅうううう!」
「そうですな!」
「そうでしゅうう!」
うわあ。何に興奮しているか分からないけど、フォーク博士とケビンがやたら盛り上がってるう。もうすぐ日が暮れそうだというのに、朝からずっと叫んでいるんだろうか。
「フォーク博士、ただいま戻りました」
「おお、ティル君! 首尾はどうだね?」
「はい。無事、『黒い血』を持って帰ってきました。ついでに唾液も」
「さすがティル君だ! 明日からそれを使った実験を行わせてもらうよ。疲れただろう、今日はぐっすり休むといい」
「ありがとうございます! お言葉に甘えて、今日はもう寝ます」
いろいろ言いたいことがあったが、疲労のため頭が回っていないから明日以降何があったのか聞くとしようか。
俺はあくびをしながら久しぶりに汗を流し、自室のベッドで就寝したのだった。
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