第28話 分かっていたとも
しばらく沈黙が続き、フォーク博士は立ち上がると独白するように呟く。
「分かっていたとも……私がモンスターの捕獲において役に立っていなかったことは……」
俺達は三人ともフォーク博士に声をかけることができないでした。そのまま静かに見守っているとフォーク博士が更に言葉を続ける。
「そうさ……私は役に立てないのだ。ティル君、君の補助魔法が無い限りね」
「え……」
俺は思わず声が出てしまった。そういうことじゃあねえよお。俺が博士へ補助魔法を全力でかけたところで、初心者冒険者でも討伐できるゴブリンとようやく戦える程度になるくらいへっぽこなんだぞお。
「ティル君、君のおかげで目が覚めたよ。君がどれだけ私の冒険へ貢献していてくれていたのかを。感謝するよ、ティル君!」
「あ……はい……」
「これからは君がサポートを行える時のみ出かけることにしよう。うむうむ。君の言葉が無ければ危うく勘違いするところだった」
「フォーク博士。『暴帝龍』ですが俺に任せてくれませんか? その間にフォーク博士は庭の魔道具の調整を。それは博士にしかできません」
「おお、それがあったね。森林鼠の研究にあの魔道具はとても役に立つと、ケビン教授もおっしゃっていた。私は私にしかできない調整を行って欲しいということだね」
「はい! 『暴帝龍』なら俺でも大丈夫ですから」
なんとかなった……考え方のズレはまあ博士だからこれでいいだろう。俺のサポートが無い限りフラッと放浪しないでくれるなら、かなり安心して外に出ることが出来るぞ。
ずっと誰かが彼を監視する必要もなくなるし。
「ティルー、クトーは森林鼠を捕まえてくるー」
「私はケビン教授のところへ行ってきます」
話がまとまったと見たクトーとアシェットはそれぞれさっそく動き始めた。彼女らに続き、フォーク博士も白衣の袖の裾をまくり首を回しながら庭へと向かう。
お、俺はどうしようか。そんなもの決まっている。
――暴帝龍の討伐だ。博士が毒の対策に集中してくれると言った。だから俺は俺のやれることを全力でやるんだ!
ううむ、しかしよりによって暴帝龍……暴帝龍か……唾液を採取しに行った時にも思ったが、奴は「翅刃の黒豹」よりよほどやっかいな相手だろう。「翅刃の黒豹」は捕獲難易度十の最高クラスとはいえ、捉えきれない圧倒的なスピードさえ殺してしまえば何とかなる。
一方、暴帝龍は無尽蔵とも言える体力を備え、バジリスクといえども耐え切れないほどの圧倒的な
無事なのはミスリルや……俺は腰に佩く剣へ目を落とす。そう、この翅刃も強酸に耐えうる素材の一つになる。
まあ、真正面から戦う気はまるでない。こんなのとまともに戦ったら命がいくつあっても足りないから……
ともあれ、この剣で暴帝龍を斬りつけることを繰り返し、仕留めるのは変わらないけど。
よおし、俺は腰の剣を握りしめると、準備を整えるためセルヴィーの店へ向かう。
セルヴィーの店に入ると、セルヴィーが元気よく「いらっしゃいませー」と迎え入れてくれるが、俺の顔を見ると「なんだティルか」と言って椅子に腰かけた。
彼女は俺には目もくれず、爪を整えてることに熱中している……ま、まあいいんだけどさ……
「セルヴィー、騎乗竜を貸して欲しいんだけど」
「別に構わないけど、今度は何を倒しに行くの?」
「『暴帝龍』だよ」
「……正気? この前『暴帝龍』の唾液を採取するだけでも苦労したのに」
「馬鹿正直に戦うつもりはないよ。まずは奴を一日観察してから、どう攻めるのか考えるつもりだ」
「……全く、言い出したら聞かないのは嫌というほど知ってるから何も言わないけど……」
「後は旅装用のローブが欲しいかな」
「はいはい」
セルヴィーは顎で右奥を示すと、そこには目的の厚手のローブが吊ってあった。暴帝龍のいる砂漠は夜になるとかなり冷えるから、耐寒が必須になる。かといって、自身が着こむと昼間は灼熱なので邪魔になるからローブ一枚で済ませてしまうのが楽ってわけだ。
俺はローブを手に取り、カウンターの上に置くと懐からお金の入った布袋を取り出す。
「じゃあ、これで」
「騎乗竜はサービスでいいわ。その代わり……」
セルヴィーは椅子から立ち上がると、カウンターに手をつき身を乗り出す。彼女は急に真剣な顔になると、上目遣いで俺をねめつける。
「絶対、無事に帰って来なさいよ」
「もちろんだよ」
セルヴィーは元の姿勢に戻ると、トンと机の上に緑色の透明な液体が入った小瓶を置く。
「これは?」
「選別よ。傷を癒すポーションになるわ。あくまでお守りと思っておいてね。私に直接返しに来て」
「わかった! ありがとう、セルヴィー」
「ちょっと……そんな屈託の無い笑顔で言われると照れるわ……」
セルヴィーは頬を赤らめて、俺へシッシと手を振り顔を逸らす。
「行ってくる」
俺が踵を返すと、セルヴィーの声が聞こえた。
「気を付けてね」
「ああ」
俺は振り向かず、片手をグッと突き出し彼女の声に応じる。
◇◇◇◇◇
――翌日
旅装を整えた俺は砂漠に向かおうと自室を出ると、不意に頭を掴まれてしまう。
「ティル」
「あ、アシェット」
扉の前で待ち構えていたのかよ。俺の頭を掴んだのはアシェットで、というか俺の頭を掴むのは彼女以外にいないんだけどな……掴まれた時点で誰か分かるという……
まあそれはいい、今俺の目の前には凛とした顔で旅の装いを完了させたアシェットが緑色の目で冷たく俺へ視線を送っているということだ。
「まさか一人で行こうなんて思ってませんか?」
「あ、うん……偵察もするし……数日かかりだからさ……夜ものじゅ、い、痛えええ!」
「ティル、クトーはしばらく森林鼠の捕獲で手が離せないとして……私はそんなに信用なりませんか?」
痛みに震えながらも、俺はアシェットの顔を見やると、彼女は涙目で口元を震わせているじゃないか。危険な山だし、俺が博士に
暴帝龍は危険極まりないからな……
「い、いや、そんなことはないよ……」
「私が弱いからなんですか?」
「アシェットは俺と並ぶほど強い。それは確かだよ」
「でしたら、何故、一人で行こうとするのです?」
「そ、それは……」
俺は口ごもってしまう。いつの間にかアシェットの手は俺の頭から離れ、彼女は目に涙を溜めて、ほんの僅かだけど眉をしかめていた。
「フォーク博士とのことで、ティル、あなたは前へ進んだと思ったんですが……」
「い、いや、俺はみんなを危険に晒したくなくて。だから俺一人で」
「一人より二人の方がより安全に事を進めることができるのではないですか? 私は何でも一人でやろうとするあなたが心配です……」
アシェットの手が伸び痛みを覚悟した俺だったが、彼女は俺の頭ではなく俺の背中に腕を回し胸に顔を埋めた。すぐに俺の服が湿り、彼女が泣いているのだと分かる。
彼女の言う通りだ……俺は頭を掴まれて締めあげられる以上のショックを受けていた。まるで硬い物で頭を殴られたような気持ちだよ……
俺はフォーク博士を説得し、森林鼠の研究を行ってくれるように頼んだ。そのためアシェットはケビンへ協力を要請し、フォーク博士は一緒に研究できることを喜んでいたよな。
俺がそう仕向けたんだ。でも肝心の俺はどうだ? 危ない目に合わせたくないとか言って一人でやってしまおうとしている。自分では一人で危険をしょい込み、人には協力しようと説いていた……
「ごめん、アシェット、何も分かっていなかったよ。俺には素晴らしい仲間がいたってこと、頼ろうとしなかったこと……」
「……はい」
「一緒に来てくれるか、アシェット。二人ならより確実にやれる」
「……もちろんです」
俺はアシェットの背中に手を回し、彼女を力いっぱい抱きしめる。彼女も俺に回した腕に力を込め抱き返してきた。
し、しかし……
「あ、アシェット……」
「……お仕置きです……」
俺の体がギリギリと締め付けられ悲鳴をあげていたが、アシェットは頬を少しだけ赤く染めて俺の耳へ息を吹きかけるようにそう呟いた。
いや、力を入れ過ぎただけだよね、これ……い、痛いいいいい。
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