第17話 オートミールがあるとも

 帰る途中では特にこれといったモンスターにも出会わずに、俺達は研究所に辿りつく。その頃にはすっかり日が暮れていたけど、フォーク博士に約束した二日より一日はやく任務を完了させて俺としてはやり切った感はある。

 といってもこれからが本番だ。

 

「フォーク博士、戻りました!」


 俺はセルヴィーと一緒に研究所のリビングルームへ行くと、ちょうどクトーとフォーク博士が夕飯をとっている最中だった。


「ティルー、おかえりー。その人はだあれ?」

 

 俺とセルヴィーに気が付いたクトーがパンを片手に持ちながら犬耳をピコピコ揺らして尋ねてくる。

 

「はじめまして、私はセルヴィー。この街でお店をやっているのよ」


 セルヴィーは膝を屈めてクトーの目線に合わせると、彼女にしては優しい声色でクトーに自己紹介をした。

 

「おお、そちらはあの時の商人君ではないか。先日は素晴らしい商品を売ってくれてありがとう」


 フォーク博士は椅子から立ち上がり、軽く頭を下げセルヴィーへ挨拶を行う。

 

「い、いえ、気に入っていただけたのなら嬉しいですわ……」


 こら、セルヴィー……彼女もあの巨大な箱をガラクタって思ってないか? 「すばらしいもの」と博士に言われて顔が引きつってるじゃねえかよ。

 

「フォーク博士、アシェットの様子はいかがですか? バジリスクと『暴帝龍』の唾液は持って帰ってきました!」

「ティル君、アシェット君は高熱にうなされているものの、今のところ命に別状はない。だが、食材がきたとなれば急ぎ調理に取り掛かろうじゃないか!」


 よかった。アシェットに大事はないようだ。


「フォーク博士、では早速、バジリスクの肉と鱗を運び込みますね。唾液はこの壺に」


 俺は懐からミスリルで出来た壺を取り出すと机の上に置き、踵を返そうとしたらフォーク博士が俺に待ったをかける。

 

「いや、君とセルヴィー君はまず食事をとりたまえ。相当急いでここまで戻って来たのだろう? 何も食べてないんじゃないかね?」

「た、確かにそうですが……」

「全く、君がここで急いだところでそう時間は変わらんよ。クトー君、バジリスクの肉と鱗を運び込もうじゃないか」

「りょーかいーふぉーくはかせー」


 俺の言葉が終わらぬうちに、フォーク博士とクトーはスタスタとリビングルームを出て行った。確かに博士の言う通り、今の内に食事をとっておいた方がいいか。

 この後博士の手伝いをすることになるかもしれないし……彼の料理は非常に繊細だから俺の集中力が疲労で鈍ると大変だからな……

 

「ティル、フォーク博士の言う通りね。食べて少しでも疲れを癒しましょうよ」

「そうだな」


 俺はキッチンに行くと、保存の魔法をかけておいた紅亀のヒレのステーキと紅亀の肉に野菜が入った透明な黄色っぽい色をしたスープを温め、パンが入ったバケットを手にテーブルへ戻る。

 もちろん、紅亀のコーヒーもできたてを持って来たぞ。

 

「ティル、見たこともない飲み物だけど……この黒いの……」

「ああ、それはコーヒーを参考にフォーク博士が作ってくれた紅亀の甲羅を使ったコーヒーだよ。飲むと疲労や肩こり、目の疲れが取れるというとんでもない飲み物だ」

「えええええ、ポーションじゃあるまいし……」

「まあ、試しに飲んでみろよ。すごいから!」


 俺は湯気を立てるコーヒーにフウッと息を吹きかけた後、ゆっくりと口に含む。苦味が喉に染みわたる……しかしのど越しが普通のコーヒーと違って爽やかなんだよな。

 あー、生き返るー。一口飲むたびに、体に溜まった疲れが抜けていき、目も冴えて来たぞ!

 

「す、すごい……それに、おいしい!」

「だろ?」


 さて、あの時食べそこなった紅亀の肉をやっと食べられるぞお。

 まずはスープだな……俺はスプーンを手にスープの入った器を持ち上げ口をつけようとすると、セルヴィーが横から口を出してきた。

 

「ティル、この肉ってなんの肉なの?」

「紅亀のヒレ肉だけど?」

「えええ、紅亀の肉って……泥臭いし、辛くて食べられたものじゃないんだけど……」

「まあ、食べてみろって、てか俺の食べるのを邪魔しないでくれ、今は一刻もはやく食べたいんだ!」


 俺はまだ何か言いたそうなセルヴィーを無視して、今度こそ紅亀のスープに口をつける。おおおお、良い出汁が出ているじゃねえか。

 濃厚だが後味が非常にあっさりしている。鶏のガラで採った出汁のようにあっさりしているが、牛肉を数時間煮込んだかのような濃厚な深い味も出ているなんとも不思議な出汁だな。

 それに、かすかな塩味が含まれている。

 

 一言で言うと、とんでもなくおいしい!

 スープだけでこれほどうまいとは……俺は戦々恐々としながらヒレ肉にフォークを突き刺し、口に運ぶ。

 や、柔らかい! 紅亀のヒレ肉は筋肉質でとても硬く、セルヴィーの言うように泥臭い上に非常に辛い。これは、紅亀に含まれる多量のアンモニアのせいだと言われているのだけど、フォーク博士の調理した紅亀のヒレ肉は臭みが一切なく、口の中で溶けるほどに柔らかいのだ!

 辛みなどまるでなく、脂が少ない牛肉といえばいいのか、あっさりしていていくらでも腹に入ってしまう。

 

「おいしい! こんな紅亀のヒレ肉を食べたことが無いわ!」

「うん、おいしい! さすがフォーク博士だぜ!」

「あなたが惚れ込むのも分かる気がするわ……ところで、ティル」


 俺が必死で食べていると、またしてもセルヴィーが話しかけて来る。何なんだよと思って彼女の方を見ると、半眼で俺をじっと見ているではないか。

 

「何だよ……その目は……」

「アシェットちゃんって女の子でしょ?」

「あ、ああ。そうだけど?」

「可愛いの?」

「あ……あ、ああ、まあ」

「そう、可愛いのね。全く、可愛い女の子のために頑張っちゃったのね。ティルもまだまだ若いのね」

「そ、そんなんじゃねええ!」


 セルヴィーは「あらあら」と言った風に嫌らしい笑みを浮かべると、「お熱いことね」とか言いながら、紅亀のヒレ肉を切り分けている。

 俺は憮然とした顔で残りの肉を口にガンガン入れて嚙みしめる。ああ、うめええ。セルヴィーによって荒んだ気持ちになったが、この肉のおかげでそんな気持ちもすぐに吹き飛んでしまう。

 やはり、フォーク博士の料理は最高だ! 紅亀コーヒーにしたって、疲労回復の効果が無かったとしても普通のコーヒーより断然美味い。彼はやはり天才だよ。料理の腕に関しては……他は知らん。

 

 俺が食べ終わる頃にフォーク博士とクトーはバジリスクの肉と鱗をキッチンに運び終えたようで、俺とセルヴィーもキッチンに向かう。

 

「フォーク博士、セルヴィーに調理しているところを見せても構いませんか?」


 俺は白衣の袖をまくって、懐からナイフを取り出したフォーク博士に尋ねる。

 

「ああ、別に構わないとも。こんなのを見たがるなんてセルヴィー君も変わっているね」


 いや、変わっているのはフォーク博士だからな! 研究者って自分の研究を余り見られたくないって人が多いから聞いてみたんだけど、そうだった。フォーク博士にとって「料理」はそれほど重きを置いていない。

 むしろ、誰でもできるものだと思っている……実際はそうじゃないんだけどな。

 

「じゃあ、調理を始める。ティル君、サポートを頼むよ」

「はい!」


 フォーク博士の指示に従って、俺は大鍋、フラスコ、ビーカーといつものセットを棚から出し水を入れる。

 さあ、神業を見させてもらおう。

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