第12話 散財
アシェットは甲羅が長いところで三メートルもある紅亀を片手の手のひらで支えて研究所まで一人で運んでしまった。
というわけで、俺達は研究所に戻って来ると、研究室にフォーク博士の気配がなかった。あれ? どこに行ったんだろう?
俺は広い研究所の中をウロウロしながら、博士の自室、リビング、キッチンを見ていくけど彼はどこにもいない。
ん、外から声が聞こえるな、あの高笑いはフォーク博士に違いない。
俺は声の下方へと進んで行くと、そこは研究所の庭だった。研究所の庭はそれなりに広く馬車が三台ほど入るくらいなんだが……なんじゃあれは!
腕を組み満足そうに頷くフォーク博士と彼の隣で尻尾をパタパタ振りながら飛び跳ねるクトー。それはいい。彼らの見つめる先に俺の身長ほどある木製の箱が異彩を放っているではないか。
その箱は横幅も広く、俺が両手を広げても届かないくらいのサイズがある……長方形の箱の上辺には短い煙突?らしきものが二本伸びているけど何だあれは?
「フォーク博士、あれは?」
「おお、ティル君、戻ったのかね。こいつはすごいぞ」
フォーク博士は俺の背丈ほどある木の箱をポンポンと叩き片眼鏡をキラリと光らせる。
「いいかね、ティル君、あの煙突状の筒の上は穴が開いていてね」
「は、はい」
「あそこにヒヨコを投入するとだな、左右の扉のどちらかから出て来ると言うわけだ」
「は、はあ……」
「なんと! 穴にヒヨコを入れるだけで雌雄を判別してくれるという魔法の箱なのだよ!」
「……養鶏でもするんですか?」
「そんなわけはないだろう、ティル君。ははははは!」
「じゃ、じゃあ……一体何を?」
「研究設備はあるに越したことはないだろう。これを使って実験を行うこともあるだろう」
む、無駄過ぎる。突っ込みどころが多すぎて何から突っ込んだらいいのか……ヒヨコを煙突から入れるって言ってるけど、煙突は二本立ってるぞ。残り一つは何に使うんだろう?
下にある扉ってのも四つあるけど、残りの二つは何に使うんだ? い、いやもういい……こんなのあっても物置になるだけだろ。
「ふぉーくはかせー、すごーい!」
クトーは手を叩いてフォーク博士を褒めたたえる。す、すごいかこれ……?
フォーク博士はまんざらでもない様子で「うむうむ」と首を振っている。
「そうだろう。そうだろう」
「ふぉーくはかせー、これって魔法のアイテムー?」
「うむうむ。そうなのだ。これだけ大きな魔法のアイテムとなるとそうそう手に入らないぞ! ははははは!」
「おー、さすがふぉーくはかせー」
うん、フォーク博士の言う通り「魔法のアイテム」は値が張るのだけど、ん、まさか、フォーク博士……
「フォーク博士、王立研究所からもらった資金を?」
「うむ。あれでこれだけの一品を購入できるとは素晴らしいとは思わないかね?」
「……ど、どこで買ったんですか? これ?」
「ん、確か君の知り合いだからお安く売りますよとか言っていたな」
「あ、あいつかあ!」
あの守銭奴めえええ。フォーク博士に金銭感覚が無いことのをいいことにこんなものを売りつけやがって!
王立研究所からもらった資金って「レストランの増築」のためのお金だよな。この変な箱に全額使ってしまったって知れたら……どうせレストランなんて建築しないだろうと思いお金を放置していたのがまずかった。
「フォーク博士、ちょっと出かけてきます!」
俺はフォーク博士にそう告げると、研究所を飛び出しあの守銭奴の店へ向かう。
走ること五分。真っ白の漆喰と赤れんがが可愛らしい家が見えてきた。
――セルヴィーのお店
メルヘンな感じの扉には「セルヴィーのお店」と看板がかかっており、扉を開くと大きな鈴の音が鳴り響いた。
「いらっしゃいませー」
中に入ると、赤毛を右耳の上で縛った釣り目の二十代半ばほどの女の子が元気よく挨拶をしてくる。
彼女は白いレザーで出来た胸だけを覆う胸当ての上からオレンジ色の袖の無いジャケットを羽織り、足元が膨らみくるぶしの辺りでキュッと縛ったズボンを履いていた。
見るからに女性商人といった衣装だな。うん。いや、そんなことはどうでもいい。
「セルヴィー、フォーク博士に変な物を売っただろ?」
俺はカウンターに立つ赤毛のサイドテールの女の子に詰め寄る。
「あー、ティルか。笑顔を作って損しちゃったじゃない」
急に営業スマイルを崩し、ヤレヤレと肩を竦める赤毛の女の子――セルヴィー。
「『ティルかー』じゃない。あの箱を売ったのはセルヴィーじゃないのか?」
「そうだけど、あれだけ大きな魔法のアイテムを仕入れてくるってすごいでしょ、私?」
「い、いや、そうじゃなくてだな。フォーク博士が使ったお金……使うとマズいものだったんだって」
「えー、フォーク博士は喜んでくださっていたわよ。返品はまああんたと私の仲だからいいけど、フォーク博士は『うん』と言わないんじゃない?」
「……た、確かに……」
セルヴィーがあっさりと返品を受けると言ったのには少し驚いたけど、熱意を取り戻してくれたフォーク博士からあの変な箱を取り上げたらまた元に戻ってしまいそうだ。
うーん、王立研究所が何か言ってくるまで放置するか。その間にフォーク博士の熱意を他に振り向けて、セルヴィーに変な箱を返品すれば大丈夫だ。これで行こう。
「ありがとう。セルヴィー、ちゃんと考えてから動けばよかった。また来るよ」
「ティル、冒険者には戻らないの?」
「ああ、俺はフォーク博士の料理に惚れ込んでいるんだ。モンスターの捕獲には行くけど、冒険者に戻るつもりは今のところないなー」
「そっかー」
「セルヴィーも冒険者に戻るつもりはないのか?」
「お店を持つために冒険者をやっていたし、夢が叶ったからもう戻るつもりはないわね」
俺とセルヴィーは冒険者時代にパーティを組んでいたこともある。彼女は優れた弓の腕と炎の魔法が得意だった。懐かしいなあ……今となってはお互いに引退した身だけどな。
その時、お店の扉を開く鈴の音が鳴り、三十代半ばくらいの髭もじゃの男が入って来た。
「いらっしゃいませー」
「すいません。『粉吹き病』に効くポーションってありますか?」
「『粉吹き病』はポーションじゃ治療しません。しっかり食事をとって安静にするしかありません……」
「そうですか……娘が高熱で……ここなら何かあると思ったんですが……」
「何もかもを癒すというエリクサーでしたらあるいは……ですが、幸運にもエリクサーがあったとしてもとても仕入れ可能な価格ではありません。ごめんなさい」
「分かりました……」
セルヴィーと男はそんな会話を交わすと、男はトボトボと店を出て行った。
「セルヴィー、『粉吹き病』って?」
「最近、流行してるみたいなの。ちゃんとお食事とって寝ていれば大事には至らないことが多いけど」
「あのおじさんも大変だな……」
「幼児とか老人なら命に係わるから。まあ、あのおじさんは『人間』だったから子供も人間だろうし大丈夫じゃない?」
「そ、そうか。それならよかったよ」
いくら見知らぬ他人って言っても、娘が病気で亡くなるとか聞くと後味が悪すぎる。大丈夫そうならよかったよかった。
突発的にセルヴィーのお店に来てしまったけど、俺も博士を浅慮だとか言えないよな……そんなことを考えながら俺は研究所へと戻るのだった。
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