第13話 粉吹き病
研究所に戻ると庭にフォーク博士は既におらず、リビングルームに入るといい匂いが漂ってくる……
「ティルー、ふぉーくはかせが紅亀のお肉でお料理をー」
「お、おおおおお!」
いやっほー。フォーク博士が復活したぜえ。変な箱なしでも大丈夫になるまで彼の研究に付き合うぜ。そして、変な箱を返品してお金も戻ったら元通りだ。
せっかくもらったレストラン資金だけど、こいつは王立研究所に返そう。持っていたらまたフォーク博士が変なことに使いそうだからな……
あー、王立研究所に「フォーク博士は研究をしたいのです」と言えば、ひょっとしたらモンスターを食材にする研究費の名目で研究費をもらえるかもしれないし。
いや、今はそんなことより目の前の料理だ。
テーブルには紅亀のヒレのステーキにおそらく紅亀の肉に野菜が入った透明な黄色っぽい色をしたスープ、バケットに入ったパン、そして紅亀のコーヒーだ。
見ているだけでよだれが。
「ティル君、私への気遣い感謝するよ。研究に熱が入るようにと紅亀の甲羅を採ってきてくれたんだろう?」
料理を終えたフォーク博士が両手を手ぬぐいで拭きながら姿を現す。
「ええ、フォーク博士の研究が少しでも
「そうかねそうかね。心配させてすまなかったな、ティル君。もう大丈夫だ。君もすぐにでも研究を始めたくてウズウズしているところだと思うが、肉を放置してはもったいないと思ってね」
なるほど、それで料理を作ってくれたのか。たぶん、クトーがせがんだことも大きな理由かもしれないけど……確かに甲羅はともかく肉は放置すると腐っちゃうしフォーク博士も食べられるものを腐ってダメにしてしまうのはよろしくないと思ったんだろ。
「あ、そうそうティル君。紅亀の肉は全て調理しておいたから、保存の魔法を頼めるかね?」
「分かりました!」
フォーク博士の思わぬ嬉しい発言に、応える俺の言葉に力が入る。
紅亀の肉料理だー。おおお。二日間くらい楽しめそうだ。フォーク博士、その勿体ない精神は素敵です! やったぜ!
じゃあ食べますかと思って着席したフォーク博士とクトーへ順に目をやる。
あれ、一人足らないな。
「クトー、アシェットは?」
「んー、見てないのー」
「自室かなあ……呼んでくるから、先に食べてくれ。フォーク博士、アシェットの様子を見てきますね」
「うむ」
俺は二人に告げると、目の前の食事に後ろ髪を引かれながらもアシェットの部屋へと向かう。
――コンコン、アシェットの部屋の扉を叩き、俺は彼女の名前を呼ぶが返事がない。
おかしいな。
「アシェットー、フォーク博士が夕飯を作ってくれたぞお」
扉の外から部屋の中へ聞こえるよう大き目の声で呼びかけてみるが、返事がない。
アシェットがフォーク博士の料理で反応しないなんてただ事じゃねえぞ! いや、ひょっとしたら部屋にはいないのか?
「アシェット、入るぞ」
ガチャリと扉が開く音と共に俺はアシェットの部屋に入る。彼女の部屋は彼女の見た目とは裏腹に、部屋全体がなんというかピンク色のメルヘンチックな部屋なのだ。
口に出すと頭を潰されるから決して彼女の見た目と部屋のギャップに触れてはいけない。まあ、それはいい。
天蓋付のピンクのレースで覆われたベットに目をやると、アシェットが真っ赤な顔で寝転んでいた。
部屋にいたのはいいが、これはただ事じゃないぞ。彼女の息遣いは荒く、額に手を当ててみるとものすごく熱いじゃないか!
「アシェット、大丈夫か?」
「は……はい。大丈夫です」
応答してくれたのはいいが、とても大丈夫には見えん。と、とりあえず冷たい水と額を冷やすための手ぬぐいを持ってこよう。
急いで準備を整えた俺は再びアシェットの前に来ると、絞った手ぬぐいを彼女の額に当てる。
「あ、ありがとうございます」
普段の凛とした冷徹な声ではなく、弱々しい声でアシェットは俺にお礼を言った。
ただの風邪ならいいんだけど……しばらく様子を見ていた俺は手ぬぐいを再び冷やそうと、彼女の額に乗った手ぬぐいを手に取る。
ん、細かい白っぽい粉が手ぬぐいに付着しているな。これは明らかに風邪の症状じゃないぞ。残念ながら俺には肌から粉が出るという病気が何なのか分からない。
クトーかフォーク博士なら分かるかな。
「アシェット、すぐにまた戻って来る」
俺はアシェットの火照った頬をそっと撫でると、手ぬぐいを持って研究室へと向かう。
「ふぉーくはかせー、すごーい。そんなことに気が付くなんてー」
「うむうむ」
研究室ではフォーク博士がバジリスクの鱗を前に何やら解説をしていて、クトーがピョンピョン飛び跳ねていた。
俺達は外が暗くなるまでは、なるべく誰か一人フォーク博士の近くにいるようにしている。というのは、彼は思い立つと突然モンスターを捕獲しようと飛び出してしまうことがあるからだ。
本人は自信満々なんだけど、フォーク博士はとにかく弱い。捕獲難易度が一ならなんとか、二だと俺の補助魔法「
勝手に飛び出して死なれたら困る。そんなわけで、俺達はフォーク博士を見張るためにそばにいるってわけなんだ。
俺がアシェットにかかりきりになっていたから、クトーが博士についててくれたってわけなんだよ。
「クトー。ありがとうな」と俺は心の中で独白すると、二人に白い粉が付着した手ぬぐいを見せる。
クトーは何のことか分からないという感じで首をコテンと傾げるが、フォーク博士は眉間にしわを寄せて顎に手を当てる。
「ティル君、人体実験はいかんぞ! 私の研究モラルに反する」
ちょっと何言ってんだよ、この人おお。意味が分からん。
「フォーク博士……それってどういう?」
「む、私を疑っているのかね? 私はそのようなことは断じてしないとも! 君も知っているだろう、私はこれまで一度たりとも人体実験などしたことないと」
「は、はあ……」
「私はモンスターの仕組みを研究しているのだ」
「い、いえ、そういうことではなくてですね。フォーク博士、アシェットが高熱で苦しんでまして、どんな病気なのか分からないかなと」
「むむ? アシェットが感染したのかね? 君が?」
「いえ、ですから! 誰がとかではなくてですね。病気にかかっちゃったみたいだから」
「それを先に言いたまえ。アシェット君は人為的ではなく、自然感染したのだな。『粉吹き病』に」
やっと通じた。そしてフォーク博士が何を勘違いしていたのかやっとわかったよ。フォーク博士は俺も自分と同じくらい研究大好きだと思ってるから、病気に感染させて実験を行うと勘違いしたってわけか。
俺が「違う」と言ったから、フォーク博士は「自分は人体実験などしない」とかえってきて……なんという研究脳……
しかし、「粉吹き病」か。なるほど、確かに白い粉が肌から出て来ていた。そして高熱……大丈夫なのかなアシェット……
「フォーク博士、『粉吹き病』にはどう対処すれば?」
「獣人や人間ならまず死ぬことはあるまい。しかし、アシェット君はエルフだったか……」
「はい。彼女は確かハーフエルフだったかと」
「エルフにとっては割に深刻な病なのだよ。エルフは高熱に弱い種族だからね」
フォーク博士ええ。そんな何でもないといった風に片眼鏡をクイッとやっるけど、早急になんとかしないとマズいんじゃ……
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