第14話 料理があれば問題ない

「ふぉーくはかせー、アシェットはだいじょうぶなのー?」


 俺とフォーク博士の話を聞いていたクトーは、不安そうに耳がペタンとなりながらフォーク博士の白衣を引っ張る。

 

「オートミールを食せば問題あるまい。すぐによくなる」


 え? フォーク博士……「粉吹き病」ってポーションでも治療しないし、治療薬はないって確かセルヴィーが言っていたような気がするんだけど。

 食べたら治療するって、そういえばフォーク博士の作った「紅亀コーヒー」は飲むだけで疲労回復、首と目の痛みが吹き飛んだ。そうだよ、フォーク博士は食事に付与エンチャント魔法や治療魔法の効果を発揮させるというとんでもないことをやってしまう人だったよ!

 これがどれだけ前代未聞なのかってことを本人だけ分かっていないから目も当てられない。治療薬が無く、体力の回復につとめるしかなかった「粉吹き病」を「オートミール?」を食べれば即座に完治するっておかしいって。

 

 しかし、今はフォーク博士がここにいてくれて幸運だ。ハーフエルフとはいえアシェットにはエルフの血も混じっているから、「粉吹き病」で万が一は無いとは言い切れないものな。フォーク博士いわく、エルフは高熱に弱いらしいから……

 さっきベッドで寝ていたアシェットはとても苦しそうだった……俺はさきほどの真っ赤に火照った彼女の顔を思い浮かべると、手をギュっと握りしめる。

 

「すごーい、ふぉーくはかせー」

「なあに、ただの食事だよ。すぐに調理したいが、残念ながら食材が足りないのだ」


 あー、食事ですぐに回復させることができるから人体実験とか言ってたのかさっき……食事で回復とか前代未聞のことができるのはフォーク博士だけだからな。

 そこんところを少しでも分かってくれたら、自分の料理の価値が理解出来ると思うんだけどなあ……

 

「フォーク博士、一体何が足りないんです?」

「おや、ティル君、君なら分かってると思っていたが」


 フォーク博士は俺の問いに「はて?」と不思議そうな顔をしながらも、机の上に置いてあるバジリスクの鱗を指し示す。

 

「バジリスクですか?」

「いいかね、ティル君。バジリスクの鱗だが――」


 フォーク博士は片眼鏡をクイっと指先であげると、顎に手をやり説明を始める。

 机の上に置かれた二つのバジリスクの鱗は、砂の色が微妙に違う。これは、一方はバジリスクが生きている時についた砂で、もう一方はバジリスクが絶命した後に付着した砂だという。

 バジリスクの能力というと石化の魔眼ばかりに目が行くが、表皮の鱗も注目に値する力を持っているとフォーク博士は述べる。どんな理屈かは未だ研究中らしいんだけど、バジリスクの鱗には何らかの「浄化」能力があるらしい。

 これを特殊な調理法で鱗の持つ「浄化」成分を抽出し、食べられる状態にできれば「粉吹き病」は完治するという。何故「粉吹き病」へ治療効果があるのかメカニズムは不明だが、俺はあまりそこに興味はない。

 フォーク博士は「何故か」について自らの分析を語ろうとしたところで、俺は口を開く。

 

「フォーク博士、バジリスクの鱗の効果については理解しました。後何が必要なのですか?」

「全く、せっかちだね、君は……」


 不満そうな顔をするフォーク博士に俺は一言……

 

「フォーク博士の分析も非常に興味深いんです」

「おお。そうかねそうかね!」


 喜色をあげるフォーク博士へ俺は言葉を続ける。

 

「しかし今は、一刻もはやくアシェットの病気を治療しなければ……エルフは高熱に弱いってフォーク博士が言ってましたし」

「そうだったね! これは私としたことが……研究はもちろん大事だが、アシェット君の生命は最優先すべきことだ。いいかね、ティル君」

「はい」

「必要な材料は『暴帝龍』の唾液、『バジリスク』の肉と鱗になる。後は牛乳くらいか」

「バジリスクはともかく……『暴帝龍』ですか……」

「うむ。なんなら私がすぐにでも採りに行こうじゃないか!」


 待て待て! フォーク博士。彼が行ったらモンスターと目があったとたんに踏み潰されてペシャンコになるって。

 しっかし……「暴帝龍」か。「翅刃の黒豹」に続き、なんでこうもとんでもなく強いモンスターの相手をしなきゃいけないんだあ。

 「暴帝龍」の捕獲難易度は「翅刃の黒豹」と同じで最高ランクの十。名前の通り、獰猛……いやあれは狂気と言った方がいいのか。身の丈十五メートルを越える巨体に固くどす黒い鱗の二足の足で走る龍。

 太い尻尾と、口元から常に滴り落ちる唾液。湯気のあがる体……巨体と異常な高代謝のため常に空腹で、動くものを見るとなんでも食らいつく。そのあまりの凶暴さと手の付けられない強さからついた名前が「暴帝龍」というわけだ。

 

 倒すとなれば、アシェット、クトーと俺の三人でも相当手間だと思う。一発奴の爪や尻尾がかすればアバラ骨が折れる程度じゃすまないくらいのダメージを受けるし……

 セルヴィーにも手伝ってもらってやっと五分ってところかなあ。ましてや、フォーク博士を連れて行って戦える相手では断じてない。

 

 今回は「唾液」の採取だから倒す必要はないとはいえ、それでも厄介過ぎる相手だぞ。

 ここは、俺一人で行くべきだ。いや、クトーにも着いて来てもらいたいところだけど、フォーク博士をアシェットと二人で残す方が不安だからな……大丈夫だ。フォーク博士を説得する自信はある!

 

「フォーク博士、博士に採取に向かってもらいたいところなんですけど、俺だとアシェットの看病ができないですよ……彼女に万が一のことがあっても何も対処できません」

「ああああ、そうだったな! 君は『粉吹き病』のことを何も知らないのだったね。私がこれから君に対処療法を教授することはできるが、想定外の事態が起こることを考慮すると……」

「そうなんです! フォーク博士! アシェットを看病できるのは博士だけなんですよ! 何か必要なものがあれば、クトーに買い物へ行かせてもらえますか?」

「うむ、そうするしかないか……仕方ない。ティル君、君一人で大丈夫かね?」

「任せてください。二日以内に戻ってきます!」

「うむ。了解した」


 よし、上手く言いくるめたぞ! もしフォーク博士の方が俺より強かったとしても、俺が行くべきだっただろう。「粉吹き病」のことに少しでも詳しい方がアシェットの看病をすべきだと思うしさ。

 もう日がすっかり暮れてしまったけど、冒険者ギルドにある酒場はまだまだこれからだろうし、情報収集くらいならできるか。夜のうちにバシリスクと暴帝龍がいる砂漠まで移動できれば移動しよう。

 

「クトー、フォーク博士を頼んだぞ」

「うんー。ティルー無理しちゃダメだよー」

「ああ、分かってる」


 俺はクトーの頭を撫でると、彼女は気持ち良さそうに目を細める。

 アシェット、待っていろよ。すぐ帰って来るからな。俺は冒険に出る準備を整えると、冒険者ギルドに向かう。

 

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