第10話 結果発表ー

 研究室に入ると、バジリスクの鱗を二つ並べた教授は身をかがめて、鱗を凝視しながらウンウンと唸っていた。

 

「フォーク博士?」


 俺が呼びかけると彼は名残惜しそうに鱗から目を離し、こちらに向きなおる。

 

「おお、ティル君。君には昨日我慢させてしまったからね。王立研究所の件も終わったし、思う存分やろうじゃないか!」

「は、はい……」


 何やらいい具合に勘違いしているけど、俺は別にやりたくてやろうとしたわけじゃあ……あー、博士に料理を作ってもらうという目的を達成するためには必要なことだから、やりたいと言えばそうなるのか。

 んー、複雑な気持ちになるぜ。

 

 フォーク博士が時折、砂粒の質が違うとか色が違うとか横から興奮した様子で叫んでいるが、俺は黙々と砂粒の数をかぞえる。数えるうう。

 ずっと前かがみになっているから首が痛くなってきた……目もシバシバしてきた……とか思っていたらフォーク博士から「休憩にしよう」と言ってくれたのでありがたくそれに乗っかる俺。

 

 フラスコに加熱の魔法をかけ湯を沸かすと、フォーク博士が黒っぽい粉末の入った瓶を棚から取り出しマグカップにスプーン一杯分放り込んだ。

 なんだろ? あれ?

 

「フォーク博士、それ、見たことないんですけどいつの間に」

「あ、ああ。これかね? 頭が冴える飲み物と聞いてね。コーヒーというものを知っているかね?」

「んー、南国で飲まれる飲み物とか……二回ほど飲んだ事がありますよ。苦いけどリフレッシュにいいかなと思いました。でも……値段が高いですよね」

「うむ。それを真似して作ってみたのだよ。『頭が冴える』って聞いたからね」

「お、おお、何から作ったんです?」

「これかね? これは紅亀の甲羅を使っているのだよ」

「おおおー」


 コーヒーかあ。南国の飲み物らしく、王都でもたまに見かけるけど一杯分で三十ドールもする超高級品だ。五ドールもあれば食事ができちゃうのに……飲み物一杯で三十ドールだぜ。

 興味本位で飲んだことはあるけど、そこまで高い金を払うなら、ビールの方がいいかなと思ったんだよな。

 しかし、思わぬところでフォーク博士の手料理が! 飲み物だけどな。

 

 お湯をマグカップに注ぐと、紅亀の甲羅で出来た黒っぽい粉末はすぐ溶けて、お湯が透明な赤色の液体に変わる。コーヒーの色は真っ黒だったけど……そう思いながら口をつける。

 おお、味は確かにコーヒーだ。苦味とほのかな酸味がある。しかし、俺の飲んだコーヒーは後味が悪くて、飲んだ後に水を飲むほどだった。でも紅亀の甲羅の粉末は後口が良く、不思議なことだが味はコーヒーなのに舌に雑味が全く残らない!

 相変わらず博士の作る食べ物はすげええ。

 

 紅亀コーヒーを飲み終えると、目と首の疲れが取れているじゃないか。なんということだ。食事に疲労回復の効果があるなんて!

 フォーク博士……こんな食事前代未聞だよ! 本当に勿体ない……

 

「フォーク博士! 目と首の疲れが取れたんですけど!」

「うむ。『頭が冴える』からな。コーヒーは。リフレッシュ効果ももちろんあるとも」

「しかしですね、フォーク博士、飲み物で疲労回復の効果があるなんて聞いたことないですよ。ポーションじゃあるまいし」

「そうかね。まあ、ついでだよ、ティル君。ポイントは『頭が冴える』ことだからね。ははははは!」


 ダメだこら……まるで分かっっちゃいねえ。疲労回復の効果を持つ魔法は存在せず、ポーションが唯一それを担う。しかし、ポーションはとても高くて疲労回復にわざわざ買おうって人は少ない。

 傷を癒すポーションもあるけど、傷なら魔法で癒すことができるし、高価なポーションをと考える人が少ない。だから、ポーションの売れ行きは芳しくない、そのため作り手は利益を出すためにポーションの値段を高くするしかなくて……「売れない」「高くなる」の悪循環になっているんだよな……

 

 ところが、この紅亀コーヒー。紅亀の甲羅は安いものじゃないけど、捕獲にも行けるしコーヒー一杯分ならほんの僅かだから、普通にコーヒーを買うより安いだろう。

 そんな格安のお値段でポーションと同じ疲労回復効果がある。しかも味も良いときたもんだ……こいつはバカ売れするって!

 

 とか博士に熱く語っても徒労に終わりそうだけど……本当にお金に困ったら相談しよう。

 

 コーヒーを飲み終えた俺とフォーク博士は砂粒を数える作業を再開する。

 

「そういえば、フォーク博士、王立研究所では顔が優れませんでしたけど……」


 俺は手を止めずに気になっていたことをフォーク博士に聞いてみた。

 

「あ、ああそのことかね。教授たちの前であんな態度を……うううむむうう」


 あー、なんか触れちゃいけないところに触れてしまったか。フォーク博士は両手で頭を抱えてグワングワン頭を思いっきり振っている……白髪交じりの髪を振り乱しながら。

 

「い、いえ、そのことを言いたいのではなく、不本意に見えましたので何か思うところがあったのかなと思いまして」


 俺はスポーンと飛んできた片眼鏡をキャッチしながら、王立研究所スタッフの前で失礼だと指摘しているのではないことを説明する。あんな「おいちいいい」「ふもおお」とか言ってる奴らに失礼も何も無いだろう……

 博士が勝手にそう思っていただけだからさ。そもそも、あいつらフォーク博士の態度なんて微塵みじんも気にしちゃいなかったぞ。勝手に叫んでただけだしな。

 

「あ、ああ。そのことかね。プリンで『研究費』をもらうのが不本意だったのだよ。私は研究者だからね。割り切っていたとはいえ……顔に出てしまったのだよ」

「なるほど、そういうことだったんですか! 『資金』を出すと言ってましたので、次はフォーク博士の研究成果を見せましょうよ」


 無理だと思うがな……砂粒じゃあなあ。

 

「そうだな。研究費をいただければ研究もはかどるはずだ。よおしいい、ティル君!」

「……砂粒を数えますか……」

「うむ!」


 また砂粒を数えようとした時、研究室の扉が開きクトーが八重歯を見せながら元気よく声をかけてくる。

 

「ふぉーくはかせー、ティルー、お食事買ってきたよー」

「そういえばフォーク博士、もうすぐ日が暮れそうですね」


 朝に王立研究所でプリンを食べてから何も食べてなかったな……そういえば。

 

「ありがとう、クトー君。ティル君、せっかくだし食事にしようか」

「はい! フォーク博士!」


 リビングに移動してダイニングテーブルを見ると、布でできた小袋と封筒が置かれたいた。

 何だろこれ。俺は封筒を手にして何が書いてあるのか見ると――

 

――レストラン増築資金 王立研究所より


 と書かれていた。あ、ああ。そうだよな。資金って言ったものな。あの時……研究費じゃなくて資金。うん。確かにケビンはそう言った。

 

「フォーク博士、これを……」


 俺はフォーク博士へ王立研究所からの封筒を手渡すと、博士は封を切り中の手紙を改める。

 

「な、何と言う事だああああああああ!」


 頭を掻きむしって膝を付き絶叫するフォーク博士。あー、やっぱりそうなったかあ。

 中身を見なくても、「レストラン増築資金」だけで内容は分かるよ。

 

「フォーク博士、どうしました? 資金は出たんですか?」


 あえて分からないフリをして俺はフォーク博士に尋ねると、彼は膝をついたまま俺に手紙を手渡した。

 

「あ、えーと、『フォーク博士、貴殿の料理は素晴らしいでしゅ。これをレストラン設立の資金に当ててくだちい』か」

「レストラン……私の研究費はどこに……」


 あー、フォーク博士が白い煙を吐いている……モンスターを調理して食材にする研究費を目論んでいたんだけど、まさかこうなるとは……


「れすとらん作るのー? たのしそうー」


 クトーの無邪気な声が今は痛い……

 俺は真っ白になったフォーク博士をどうやって元に戻すか頭を捻るのだった。

  

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