第9話 王立研究所

――翌朝

 ゲイザーの焼きプリンを持った俺達四人は、王立研究所へ訪れると奥の部屋へ通される。

 俺達が部屋に入るとすでに五名ほどの王立研究所のスタッフが席に着いて俺達を待っていてくれた。

 

「ご足労いただき、ありがとうございます」


 俺達の姿を見止めた昨日俺の相手をしてくれた王立研究所の若いスタッフが、頭を下げる。

 

「こちらこそ、昨日の今日でありがとうございます。改めまして、俺は助手のティルです。こちらはフォーク博士です」

「研究者のフォーク・ウィンドです。以後お見知りおきを」


 俺は隣に立つフォーク博士を若いスタッフに紹介する。ひょっとしたら二人は顔見知りかなあと思ったけど、そんなことはなかったようだ。

 そういえば、フォーク博士が王立研究所に顔を出したことってあったっけ? まあいいや。とりあえず、二人は初対面で握手を交わしているし、フォーク博士も外行きの丁寧な態度をしてくれてるから安心したよ。

 来る前は、フォーク博士がここでいつもの「ほうほうほう」とか奇声を発して、その場で追い出されたりしないかなあとか思ってたからさ。

 

 王立研究所のお偉いさんである所長が来るまでに毒見をしておいて欲しいとお願いされたので、フォーク博士を除く俺達三人は喜んで毒見をさせていただいた。

 あー、何度食べてもおいしい! 王立研究所へプリンを渡すのが嫌になってくる……食べ終わった俺はアシェットとクトーの様子を見てみると……アシェットは空になった容器を睨みつけ、クトーは容器を舐めまわしていた。


「クトー、お外で舐めるのははしたないからダメだ」


 俺が注意してもクトーは気にした様子もなく、ペロペロと舌を出して満面の笑みを浮かべている。

 犬耳がピコピコ動いて、八重歯を見せた彼女を見ているとなんだか微笑ましい気持ちになってきて、まあクトーだしいいかーと思い直した。

 

「やはり……舐めるのは……はしたないですよね……」


 ピクピクまぶたを震わせて、アシェットがボソリと呟く。

 俺が思わず彼女へと目をやると、キッっと睨まれたので慌てて顔を前に戻す。

 

「どうやら大丈夫そうですね。おっと、所長がお見えになったようです」


 さきほどの王立研究所のスタッフが安堵したように俺へ声をかけた時、奥の扉が開き人が二人、入室してくる。

 

 うわあ。二人とも……個性的だ……一人は肩口くらいまでの白髪を左右でクリンと巻かれた髪型に丈のあってないピチピチの赤と金色の道化師風の衣装を纏っている四十代半ばほどの小柄な男。

 彼は髭も生やしていて、長く伸びた細い口髭がクリンと髪と同じように巻いていた。

 

 もう一人もキテル。もう一人は牛のような角が二本生えた赤髪ロングの二十代半ばほどの女子で、ホルスタインのような巨乳に黒と白のホルスタインがらのフード着きの上着に膝くらいまでのふわっとしたスカートを着ている。

 しかし……あの何も考えて無さそうな顔といい、「ふんふんもー」とか緊張感なく鼻歌を歌いながらこちらに来る態度といい……なるべくならお会いしたくない感じの人物だ。

 

「お待たせふも。うっしーはうっしーというふも。こちらのケビン教授の助手をしているふも」


 ホルスタインのような胸をした赤毛の女――うっしーはイラっとする口調で自己紹介を行う。

 

「ぼくちんはケビン・ラングラーでしゅ。王立大学の教授とここの所長をしているでしゅ。よろちく」


 うわああ。教授の方も口調があああ。なんだよこのコンビ。教授う、頭を軽く下げながら、クルンクルンの髭を指ではじかないでくれ。笑ってしまうだろ。


「これはこれは、高名なケビン教授。あ会いできて光栄ですぞ。私は研究者のフォーク・ウィンドです。本日はありがとうございます」


 フォーク博士は変な二人組を前に恐縮したような感じで、丁寧にお辞儀をするとぼくちん……じゃない、ケビンと握手を交わす。

 そんなこんなで、もう帰りたくなってきたが王立研究所スタッフと教授らによる試食会が開催された……

 

 

◇◇◇◇◇



「おいちいいいいいいい!」

「ふんもおおおおおおお!」


 ケビンとうっしーがプリンを一口食べた後、あまりのおいしさからか絶叫する。

 見た目は変だったけど、味覚は普通だったんだな……少し安心したが、うるせえええ。食べるたびに同じ叫び声をあげるんじゃねえ。

 

「ティル殿、これほど美味なプリンを私は食べたことがありません」


 あの丁寧な王立研究所のスタッフも感嘆したように俺へ声をかける。

 

「そうなんです。あの目玉のゲイザーがこれほどおいしいプリンになるなんて驚きですよね」


 フォーク博士の料理が褒められて嬉しいおれも上機嫌で彼へ応じる。

 

「ぼくちん、感動したでしゅ。ゲイザーは生臭い匂いがきつく、思い切って舐めてみたこともあるんでしゅが、泥水より酷い味でちた。それがこれほど甘い香りでおいちいいいいいなんてええええ!」


 食べ終わったケビンは感慨深げに両手で口ひげをいじりながら思いのたけを口にしていた。

 これだけ褒められればフォーク博士も自分の料理に自信を持ってくれるかなあ。

 

 俺はふとフォーク博士の様子を伺うと、彼は顔をひそめて額に手の甲を当てていた。


「フォーク博士……」


 俺がフォーク博士の耳元で囁くと、彼はハッとしたように顔をあげる。

 

「どうでしたかな? ゲイザーのプリンは?」


 フォーク博士は気を取り直してケビンへ問いかけると、彼は再び「おいちいいいい!」と叫んだ後、コホンと咳を一つしてから口を開く。

 

「フォーク博士! これほどの成果を持って来るとは……ぼくちん、うれちいいいいいいい! すぐにでも『資金』を出すでしゅ。大幅増でっしゅうううううう!」

「あ、ありがとうございます」


 フォーク博士は冷や汗を流しながら、微妙な顔でお礼を述べるのだった。

 

 

◇◇◇◇◇



 研究所に戻った俺達はお腹も減って来たことだし、お昼でもと行きたいところだったがフォーク博士はすぐに研究室へ引きこもってしまった。

 あ、あーそうだった。バシリスクの鱗に付着した砂粒の数を調べるんだったよな……うん、昨日それを我慢してプリンを作ったんだものな……

 

 となれば、フォーク博士を手伝わねば。彼の研究熱が空っぽになると真っ白になって無気力になってしまう。そうなれば、料理も作ってくれなくなるんだ。

 

「アシェット、クトー、どうやら今日はもうフォーク博士の料理は食べられないみたいだな……」


 俺は肩を竦めて、ソファーにくつろぐ二人に告げると彼女らも残念そうに声をあげる。

 

「仕方ありませんね。何か買ってきます。ティル」

「ん?」

「なるべく早く、終わらせるように。一息つけばまたフォーク博士が料理を……」

「分かってる! 砂粒とかすぐに終わらせてやる!」

「がんばれー、ティル―」


 アシェットの煽りに乗ってしまって、クトーに「おう」とか応えてしまったけど……砂粒なんて誰でも数えられるよな?


「手伝ってくれてもいいんだぞ……」

「クトー、すぐに出ましょうか。お腹が空きましたし」


 あ、また俺の話は終わってないんだー。ちきしょう。逃げやがったな……

 でもまあ、今回は二回もプリンが食せたんだ。次の料理のためにも頑張りますかー!

 

 俺は自分の頬を軽く叩くと気合を入れて、研究室へと向かう。

 王立研究所で見せたフォーク博士の微妙な感じも気になってるし、その辺もさりげなく聞いてみようっと。

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