第8話 ご褒美のお色気は罠だった

「フォーク博士、今戻りました!」


 俺が研究所に戻ると、キッチンから甘ーい香りが漂ってきているじゃないか。

 フォーク博士がゲイザーの調理に入ったのかな? 俺はその匂いに釣られるようにリビングルームへ行くとアシェットとクトーが今か今かとフォーク博士の料理を待ち構えていた。

 クトーに至っては口からダラダラよだれが。

 

「フォーク博士はプリンを?」

「はい。くれぐれもフォーク博士の邪魔をしないように。もし、粗相をすれば……」


 俺の問いかけに応えたアシェットは右手を広げて俺の前に突き出すと頭を掴む仕草をする。や、やめてくれ、その動作を見ただけで頭痛が……

 あ、アシェットに王立研究所へ行ってきたことを伝えておこうかな。

 

「『王立研究所』と話をつけてきたよ。明日、ゲイザーの料理を実食してもらうことになった」

「なるほど……それでフォーク博士が研究を途中で中断して料理を……いい仕事をしましたね。ティル」

「だろー。もう一つあるんだ。『王立研究所』は俺達に『毒見』を依頼してきた」

「つまり、これから行う味見と明日の毒見で二度……フォーク博士のプリンが食せると?」

「そうだぜ!」

「なかなかやりますね。ティル。いいですよ……ご褒美です」


 アシェットはそう言うと、椅子に腰かけ右の膝をお腹に向けて動かし始めた。彼女が着ている体にピッタリフィットしたワンピースのような民族衣装には、太ももの付け根までスリットが入っている。

 座って膝をあげるってことは……黒いハイソックスでむっちりとなった艶めかしい太ももがスリットの隙間からひょっこりと顔を出し、膝がお腹に近くなっていくにつれ中のパンツが見えるか見えないかまで。うおお。

 

 これがご褒美ってことだよな? 俺はマジマジと彼女のスリットから見える太ももと絶対領域を凝視していると、頭を掴まれた。

 えええ、待って! 自分から見せておいてなんで頭を? ま、まさか。

 

 俺は抗議するようにアシェットの顔へ目線を向けると、彼女は頬を少し染めて緑の目をスウッと細める。

 次の瞬間、彼女の手が俺の頭をギリギリと締め付ける。い、痛い、痛いってえええ。やっぱり、アイアンクロ―じゃねえかよお。

 

「ご褒美じゃないのかよお! 痛い、痛いいいい!」

「そのつもりだったのですが、あまりに嫌らしい目線でしたので……」


 理不尽だ。スリットの隙間を見せておいて嫌らしく無い目線になるわけないだろうがあ。

 

「おお、ティル君、戻っていたのかね?」


 そこへフォーク博士が顔を出す。彼と入れ違いによだれを拭ったクトーがキッチンへパタパタと駆けて行く。

 フォーク博士の声と共に、地獄のアイアンクロ―が俺の頭から離れ俺はふらつきながらも彼へ応じる。

 

「はい。先ほど戻りました。『王立研究所』はゲイザーの料理を実食したいと言ってました」

「おお、そうかね。研究費の足しになればよいのだがね。して、いつかね?」

「明日です」

「おお! エクセレントおお! でかしたぞ。ティル君! 研究費が!」


 フォーク博士は上機嫌で片眼鏡をクイッと指先であげて胸を逸らし高笑いをあげた。い、いや、明日料理を持って行ってすぐに研究費が出るわけじゃないと思うんだけど……

 ま、まあフォーク博士の料理なら研究費を出すに値することは確実だが、研究費がいつ支払われるのかは分からない。

 

「ふぉーくはかせー、みんなのぶんをもってきたよお」


 クトーが茶色の尻尾をフリフリと振りながら、陶器で出来た手のひらサイズの器を四つ乗せてキッチンから戻ってきた。

 

「うむ。試食は必要だろうからたくさん作っておいたぞ。さあ、ゲイザーのプリンを食そうじゃないか」

「いやっほー!」

「フォーク博士、ありがとうございます!」


 フォーク博士が大仰に両手を広げて、テーブルへ俺達を促すと、俺とアシェットは口々に歓声をあげる。

 俺は着席すると、テーブルに置かれた手のひらサイズの陶器の器を眺める。中には一見すると焼きプリンが入っている。色は真っ白で、中央にカラメルのような茶色の液体がかかっているんだが、これの素材はあの巨大目玉であるゲイザーなんだ。

 ゲイザーはフォーク博士の見事な調理の腕にかかると、甘い匂いを発し始め、厳密な温度管理を施して焼き上げることで焼きプリンのようになる。

 

 俺は器を手に取り、焼きプリンから漂う芳香に目じりが緩む。これを見て誰も元はゲイザーだと思わないだろう。あの気持ちの悪い大目玉がこれになるんだからな。

 フォーク博士から「プリン」と言われてゲイザーを初めて捕獲しに行った時は、目玉とプリンが結びつかなかったけど、今ならゲイザーを見ただけでプリンが想像できるようになった。

 といっても、調理方法を博士から聞いているとはいえ俺だとゲイザーのプリンは調理できない。これは博士の神業のような腕があって初めて可能となる料理なのだよ。

 

 考え事はこれくらいにして、食べよう!

 

「いただきまーす!」


 俺は手を合わせスプーンで焼きプリンをすくうと、口の中へ運ぶ。

 あまーい。甘いんだけど、後をひかない甘さでいくらでも食べれるぞおお。お店で売っているどんな高級な焼きプリンでもこの後を引かない甘さは実現できないだろう。

 食感も極上だ。フワフワの感触だけど、舌に乗せると溶けていくような滑らかさ。最高だぜ! 

 

「おいしいー」

「フォーク博士、おいしいです」


 クトーとアシェットも満足そうな声を出す。クトーはおいしさから満面の笑みなのはいつものこととして、あのアシェットが微笑んでいるだなんてめったに見られないぞ。それほどこのプリンは美味ってことだ。

 

「うむ。まあまあだな。店で買った方が早いのだが、『王立研究所』に持っていかねばならないからね」


 フォーク博士はブツブツと呟いているけど、お店で買う普通の焼きプリンとゲイザーを使った焼きプリンを一緒にしないで欲しい!

 彼はプリンが好物なんだけど、天と地ほどの違いがある味を同一に考えているんだよなあ……よくこんな味音痴でこれほど美味な料理を作れるものだよ。

 まあ、俺は超絶な博士の料理が食せればそれでいい!

 

「フォーク博士、出来上がったプリンに保存の魔法をかけておきましょうか?」

「そうだね。持っていくのは明日の朝だから、それがいい」

「了解です!」


 ゲイザーの焼きプリンを完食した俺はキッチンに行くと既に出来上がっていた十を超える焼きプリンへ保存の魔術をかけていく。

 つまみ食いを抑えるのに必死だったが……なんとかやりきったぞ。

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