第7話 デレ……ない

「決まらなかったら……防御に徹して『翅刃しょうばの黒豹』があきらめるのを待つかな……」

「凌げる自信はあったのですか?」

「あ……うん……」


 思いっきり目が泳ぐ俺……「翅刃しょうばの黒豹」の動きは五感を強化した状態の俺でも目で追うのがやっとだった。奴があきらめるまでに一か八かの瞬間が何度くることか……

 想像しただけでゾッとする。


「いいですか、ティル」

「は、はい……」


 アシェットの顔が更に迫って来るから俺は思わず後ずさる。彼女は無表情で凍てつくような緑色の瞳でじっと俺の目を睨むから、迫力が半端ねえ。

 

「あなたが倒れると困ります」

「え、ええと」


 少しだけ頬を朱色に染めて彼女はそう言い放った。ん、俺がいてくれないと困るとかデレた?

 とか俺が考えている隙に彼女の手が俺の頭を掴む。

 

「ティル、あなたがいないと食材の入手が困難になります。ギルドとの繋がりやあなたの保存の魔法は希少ですから」


 アシェットは手に力を込め、ギリギリと俺の頭を締めあげる。い、痛いって! うおお。本気で痛い。俺の頭が悲鳴をあげ……い、意識が……

 俺の意識が朦朧としてきたところで彼女の手が離れると、俺はフラフラとその場に倒れ伏す。魔力を大量に使ったことと「翅刃しょうばの黒豹」と対峙した緊張感からの疲れのため、俺の意識はそのまま落ちていく……

 

「アシェット―、ティルはねちゃったー?」

「ええ。無理をしたみたいですから休ませないと。彼は言っても聞きませんから……」


 薄れゆく意識の中で、俺はクトーとアシェットの声を聞いた気がした……

 


◇◇◇◇◇


 

 目が覚めると自室のベットで寝かされていた俺は眠気の残る体を揺すり、伸びをする。ん、上半身には何も着ていない、下半身はトランクス一枚じゃないか。

 脱いだ記憶はないんだけど……と思って左右を見渡すと、椅子の上に綺麗に折りたたまれた俺の服があり、革鎧と武器は壁に立てかけられリュックはその横に置いてあった。

 

 ん? まさかフォーク博士が? いや、彼に限って……クトーじゃないだろうし……アシェットだろうなあ。ベッドに寝かせるために俺の服を脱がせてくれたのか……気を失っていたのがもったいねええ。

 どんな顔して服を脱がせたのか見てみたかった。少しは表情が……いや、無表情のまま淡々とやってそうだ。恥じらったりはしなさそう。うーん、それなら見なくてもいいかな。

 

 そんなことを考えながら、服を着てリビングルームへ移動すると鎧を脱いでスリットが入った民族衣装姿のアシェットと冒険に出た時と同じ姿のクトーがソファーに腰かけてくつろいでいた。

 

「アシェット、ありがとう」

「いえ、良く休めましたか?」

「あ、うん。フォーク博士はどこに?」

「研究室ですよ」

「りょーかい」


 研究室の扉を叩き、中に入るとフォーク博士が砂色の鱗を二つ並べて何やら興奮した様子だった。

 

「ほう、ほうほうほう! こ、これは……ふむふむううう」


 フォーク博士は片眼鏡をクイっと指先であげ、白髪交じりのオールバックに手をやり叫んでいる。

 あの砂色の鱗はバジリスクの鱗かな……目玉は潰れちゃったから今度は鱗を見てるみたいだけど、一体何であれだけ盛り上がってるんだろう?

 

「フォーク博士、何の研究ですか?」

「おお、ティル君! いいところに来た! 研究所に戻る途中どうしても気になったことがあってね。さっそく確かめているってわけなのだよ!」

「え、ええと。何をお手伝いすればいいんでしょうか?」

「見てみろ、ティル君! 右の鱗と左の鱗に付着している砂粒を見てみたまえ!」

「……」


 まさか、鱗についた砂粒の数をかぞえようとか言い出すんじゃないだろうな!

 俺が黙っていると、フォーク博士は気にした様子もなく、ここを見ろと言わんばかりに俺を手招きする。

 

「いいか、ティル君、右と左に付着した砂粒の数は明らかに違う」

「そ、そうですね……」


 確かに、フォーク博士の言う通り右の鱗には砂がほとんど付着してなくて、左の鱗はそれなりに砂粒が付着している。

 別にそう変わったことでもないと思うんだけど……

 

「それだけではない! 砂の色が若干違うのだよ!」

「は、はあ」

「まずは、砂粒の数を一緒に数えようじゃないか!」

「……」


 やっぱり数えるのかよおお。バジリスクの鱗のサイズは長いところで七十センチくらいある……表面についた微小な砂粒は一体どれくらいあるんだろうなあ……

 いかん、気が遠くなってきた……しかし、やらねばならぬ。フォーク博士の研究熱を満たさないと、彼のやる気がガクンと落ちてしまいせっかく捕獲したゲイザーが無駄になる。

 あ、ゲイザー……そのままにしてるけどそろそろ氷が解けるんじゃないか? それに、今回の料理は王立研究所に持っていく物だし、それで博士を説得できそうだよな?

 

「フォーク博士。砂粒を数えることは全然かまわないんですけど、研究費は……」

「お、おおおおお! そうだったあああ! 先に研究費を確保するのだったね。誠に残念だが、砂粒は後回しにしようじゃないか」

「ゲイザーの調理をしますか?」

「うむ、うむうむ。ティル君、保存の魔法を頼む。あと、王立研究所へゲイザーのプリンを持っていく話をしておいてくれないだろうか?」

「了解しました!」


 よおっし、砂粒回避だ! フォーク博士がゲイザーでプリンを作ってくれるそうだし、保存の魔法とか王立研究所へのお使いなんて軽いものだぜ。


「では、フォーク博士、ゲイザーに保存の魔法をかけてから急いで王立研究所に行ってきます!」

「君も砂粒を数えたかったところすまないね。私もあまり気が乗らないが、これも研究費の為と思ってくれると嬉しい」

「はい!」


 思わず満面の笑みで応じてしまった。ここは少し残念そうな顔をすべきだったけど、嬉しかったんだかから仕方ないじゃないか。

 俺は研究室を後にして、キッチンに向かう。

 

 

◇◇◇◇◇



 巨大目玉のゲイザーに保存の魔法をかけた俺は、上機嫌で研究所を出ると王立研究所へ足を運ぶ。

 王立研究所でフォーク博士の研究成果であるゲイザーの料理を見せると言うと、彼らは二つ返事で明日の朝に王立研究所へ来るようにと伝えてきた。

 俺の相手をしてくれた王立研究所のスタッフはゲイザーの料理と聞いて、「食べることができるのか」と信じられない様子だったけど、俺が以前に実食し何ともなかったことを伝えると、少しは安心してくれたみたいだ。

 

 「あの」フォーク博士が持ってくる初めての「まともな」研究成果とあって、そのスタッフはかなり驚いていた。「まさか、フォーク博士から研究成果という言葉を聞く日が来るとは……」といった感じに……まあ、俺だってフォーク博士の料理以外の研究については王立研究所のスタッフと全くの同意見だけどな。

 そんなこんなで、王立研究所のスタッフは食材が腐る可能性も考慮し、明日の朝一番に料理を持ってくるようにと言ってきたわけだ。ただし、研究成果の評価を行うに当たって条件が一つあった。

 それは、王立研究所の評価委員の目前でフォーク博士の作った「ゲイザーの料理」を誰かが食し、問題ないことを確認してから評価委員が実食するってことだった。

 一言で言うと、危険かもしれない料理だから毒見をしろってことなんだけど……俺とアシェットとクトーで毒見役を巡って血みどろの争いが起きそうだ……

 

 うん、フォーク博士には俺達三人の分も作ってとお願いしよう。うまくすれば、今晩試食して、明日は毒見で二度も博士の作った「プリン」が食べられる!

 いやあ、王立研究所っていい仕事するよな。一気に好きになったぜ。

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