第3話 料理で急場を凌ぐのだ

「し、しかし、料理は……」

「研究費が欲しいんですよね?」


 博士の呟きに容赦なくアシェットが冷たい視線を浴びせながら尋ねると、博士は立ち上がり首を振る。

 

「う、うむ……しかしだな、アシェット、私は学者なのだよ。学者の研究成果が料理ってのはだね……」

「大丈夫ー、ふぉーくはかせのお食事はおいしいもんー」


 フォーク博士とアシエットの会話にクトーが割り込んできた。

 いいぞ、クトー。その邪気の無い笑顔で八重歯を見せつけろ。彼女の満面の笑みによってフォーク博士は困ったように机に手をつく。

 ここだ。ここで畳みかけないと。

 

「フォーク博士! まずは研究費を支給させないと研究ができません!」


 俺の説得にフォーク博士は曖昧に頷き、言葉を返す。

 

「う、うむ。確かに研究費が無ければ研究ができんな……」

「そうなんですよ! 博士! 研究だと時間がかかります。だから、一か八か『すぐに作ることのできる』料理を出してみてもいいんじゃないですか?」

「た、確かに。そうだな。それで研究費が出たとしたらもうけものか」

「そうです! 博士! それで研究費が出ればラッキーじゃないですか! やってみましょう!」

「そうだな。うむ。そうしよう。明日の研究のために」

「そうですね。明日の研究のために」


 よおし、フォーク博士がやる気になってくれたぞ! フォーク博士が把握してないから言うつもりもないが、支給されたとしてもあの少ない研究費じゃあ、生活費でさえ足らない。

 まあそんなことはどうでもいい。フォーク博士が料理を作ってくれるならな!

 「王立研究所」の連中が博士の料理に驚く姿が目に浮かぶぜ。それで出る研究費……彼らの期待が何に向くかなんて火を見るよりも明らかだ……ククク。

 

 俺はやる気になっているフォーク博士と固い握手を交わすと、彼にどんな料理を作るのか相談することにした。

 

「フォーク博士、どんな料理にしますか?」

「うむ、うーむ。うむむむ」


 俺の問いにフォーク博士は「うむうむ」を繰り返し、ウロウロ行ったり来たりし始めてしまった。彼は俺達がいつも「おいしい!」と繰り返していても、本人は「普通」だと思っているから、どんな料理がいいのか決めかねているのだろう。

 フォーク博士にとって「王立研究所」は自身の成果を見せるところだから、急場を凌ぐためって言っても少しでもいいものを……と考えるのは理解できる。

 俺も博士と一緒になって考えていると、水を一口飲んでからコップをコトリと机に置いたアシェットが一言。


「博士、それでしたら博士の好物を出されてはどうですか?」


 お、それだよ。アシェット。博士にも食べ物の好き嫌いはある。彼はお酒ならビールが好きだし、デザートなら……

 

「ほうほう。そうだな……プリン……いや、王立研究所にプリンなど……」


 そう、博士はプリンが大好きだ。味の良し悪しに関わらず、プリンならなんでも好んで食べる。

 

「ふぉーくはかせー。わたしもプリンだいすきー」

「プリンですか、博士の作るプリンは……とても美味です」


 迷うフォーク博士の言葉に二人はもう食べられる気になって歓声をあげる。俺も一度だけ博士の作るプリンを食べたことがある。しかし、あれは……プリンと言っていいのか分からないけど……

 王立研究所の職員を唸らせるに十分な料理だと思うぞ。プリン、プリン、あ、いかん。考えるとよだれが出てきた!

 

「学術的な物が良かったのだが……デザートとは……」


 まだ不満顔の博士だったが、一応納得したようで片眼鏡をクイッと指先であげるとこちらに向きなおる。

 

「諸君! プリンで行ってみるか」


 指先を天高く、もう一方の手は腰にやりフォーク博士は奇妙な決めポーズで俺達へそう宣言した。

 

「フォーク博士!」

「プリン、とても楽しみです」

「やったー!」


 俺、アシェット、クトーの三人は博士を見上げ盛大な拍手を送る。


「博士、食材はいかがなさいますか?」


 俺が問うと博士は顎に手をやり自信満々に応じる。

 

「決まっているじゃないか、ティル君。捕獲だよ、捕獲」

「そ、そうですよね……」


 やはり、捕獲かあ。冒険者ギルドに依頼をかけると言ってくれないかなと思っていたけど……いや、捕獲自体は問題ないんだよ。

 

「ふぉーくはかせー、何を捕獲するのー?」


 あ、クトーは博士のスペシャルプリンの材料が何か分かってなかったのか。

 

「うむ。ゲイザーだよ。クトー君」

「げいざーって、あの目玉のお化けかなー」

「そうだとも。なかなか手強い奴だがね、なあに問題ない。大船に乗った気持ちでいてくれたまえ」


 あー、やっぱ来るんだ博士……そう、博士の作るプリンの材料はゲイザーという直径一メートルほどある目玉のモンスターなんだ。

 冒険者ギルドが設定するこいつの捕獲難易度は十段階評価の六。推奨は中堅以上の冒険者五人で挑むこと。ちなみに冒険者ギルドの推奨する五人というのは相手が一匹の場合だ。

 俺達三人にとっては全く問題ない相手なんだけど……問題はフォーク博士その人である。

 彼はモンスターを捕獲に行くとなると、自分自身も行かなければ納得せず、料理をするテンションになってくれない。本人は自信満々で腕が立つと思っているんだけど……彼はへっぽこと言うには生ぬるい。

 俺が博士の身体能力を強化する魔法を目一杯かけてもなお、博士一人だと捕獲難易度二のモンスターでも倒すことができるか怪しい……いや、無理かなあ。

 

「フォーク博士、ゲイザーが出没してるか冒険者ギルドで聞いてきますんで、待っててもらえますか?」

「む、そうかね。すぐにでも出たいのだが」


 俺の言葉に博士はソワソワと今にも研究所から出て行きたそうにしている。でも、フォーク博士……捕獲に向っても、希望のモンスターが都合よくいるわけはないのだ。

 そうそう、フォーク博士はよく捕獲を思い立って勝手に出て行ってしまうことがある。気が付いたらすぐ俺達が追いかけて彼を保護しているんだけど……出ていくたびに口酸っぱく注意しても、気まぐれな博士の放浪癖はいくら言っても改善の兆しがない……


「クトー、アシェット、俺が今から冒険者ギルドに行ってくるから、博士を頼む」

「分かりました。しっかり見ておきます」

「ほおい」


 二人も俺の意図が分かっているから、神妙に頷きを返す。クトーは博士を離すまいと彼の白衣の裾を掴む。


「分かった、分かった。クトー君。勝手には出て行かないとも。ティル君の帰還を待とうじゃないか」

「ほんとー、ふぉーくはかせー」

「もちろんだとも」


 クトーとフォーク博士のやり取りを聞きながら、俺はアシェットにそっと耳元で囁く。

 

「アシェット、油断せずに見てて欲しい。博士はああ言っているけど、発作のように出て行ってしまうことがあるからな」

「重々承知してます。なるべく早く戻ってきてくださいね」


 アシェットは俺だけに聞こえるくらいの小さな声で言葉を返した。

 

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