第4話 冒険者ギルド

 研究所は王国の王都にあるだけに、門から続く整備された石畳の大通りが中央に走り、網の目のようにレンガ造りの道が張り巡らされている。

 大通りの終点は王城へ続く立派な門となっており、いかつい門番が立っている。

 俺は研究所から大通りに出て少し歩くと、石造りの平屋の建物の前で立ち止まる。建物には「冒険者ギルド」という看板が掲げられており、中は昼過ぎということもあり閑散としていた。

 ギルドの中は依頼を張り付けるボードが立ち並んだ区画と飲食ができる区画、そして依頼を受け付けたりする受付カウンターの区画に分かれている。俺は真っすぐに受付カウンターに向かい、受付の若い女の子に声をかける。

 

「討伐したいモンスターがいるんだけど、目撃情報か討伐依頼が出てないかな?」

「お調べしますので、少々お待ちください」


 受付の赤毛の女の子はカウンターの上に書類を広げると、前かがみになって一枚一枚めくっていく。

 あ、その位置は服の隙間から胸の谷間が見え……い、いかん。俺は彼女に気が付かれる前に目線を胸から逸らす。もしこれがアシェットなら目ざとく気が付いてアイアンクロ―を喰らっていたな。

 危ない危ない。いや、アシェットだったら、胸元が開いた服を着ていても見えないか。何故なのかってことは彼女の名誉のために黙っておくか……もし口にしたらアイアンクロ―だけじゃなく、膝蹴りのおまけもついてくるだろうなあ……

 なんてことを考えていたら、おっぱいの谷間……じゃない、受付の赤毛の女の子は俺に目を向ける。

 

「討伐依頼は出ていませんね。目撃情報は王都東の森で見たという報告があがってます」

「おお、それはよかった。情報料を支払うから、詳しい情報を教えてもらえるかな?」


 んー、討伐依頼だったらお金も入ってよかったんだけど、目撃情報があるだけでもまだマシだな。

 

「ティルさん、あなたの目的はゲイザーの討伐でよろしかったですか?」

「うん」

「ゲイザーの捕獲難易度は六です。討伐に向かう事のできる冒険者なのかこちらで判断させていただく必要があります。あなたのことは存じ上げてますが、規則ですので冒険者カードを見せていただけますか?」

「どうぞ」


 俺はフォーク博士の助手になってから、気持ちでは冒険者稼業は引退したつもりだけど、生活費やフォーク博士の捕獲熱につきあって討伐依頼をたまにこなしているんだ。

 まあそんなわけで、今でもこの赤毛の女の子や他の冒険者ギルドのスタッフとは顔なじみなわけだけど規則は規則。毎回冒険者カードを提示する必要がある。

 冒険者カードは冒険者の実力を示す簡易的な履歴書みたいなもので、名前、種族、特技、冒険者ランクが記載されている。特に重要なのは冒険者ランクで、モンスターの捕獲難易度が推奨冒険者ランクより低かったら冒険者ギルドが討伐を行わせない決まりになっている。

 これは冒険者の無謀な挑戦を抑制するための制度で、冒険者ランクと捕獲難易度を導入してから冒険者の死亡率は若干下がったと聞いている。

 

 俺は懐から手のひらサイズの冒険者カードを取り出すと、カウンターの上に置く。

 

「ティルさんの冒険者ランクはSと確認いたしました。捕獲可能なランクですので、ゲイザーの情報をお伝えできます」

「ありがとう。いくらになる?」

「三ドールです」

「了解」


 俺はカウンターの上に三ドール置くと、受付の女の子から書類を受け取る。よおし、急いで研究所に戻ろうじゃないか。

 冒険者ギルドを訪問する役目はもっぱら俺がこなしている。クトーはともかくアシェットに任せてもいいんだけど、彼女は冒険者ギルドに登録して日が浅いんだ。

 冒険者ランクが高い者は実力があることが確かなんだけど、ランクの低い者の実力が低いとは限らない。まあ、ギルドがランクを判断するのは、どれだけ難しい依頼をこなしてきたかなんだよな。

 アシェットは俺と分野が違うけど、総合的に見て俺より高い実力を持っているかもしれない。でも、彼女は冒険者ギルドの依頼をほとんどこなしていないから、彼女のランクは下から三つ目のDに過ぎない。

 俺? 俺は十年以上冒険者をやってたから、どのような依頼であっても受けることができる。そんなわけで、俺が冒険者ギルドに顔を出しているというわけ。



◇◇◇◇◇



――翌朝

 フォーク博士が飛び出して行かないか少し心配だったけど、彼はこれまで夜に出て行ったことはないから日が暮れるまでは少しソワソワしていたけど、夜になったら俺の気分も落ち着いてぐっすり眠ることはできた。

 ゲイザーがいるのは王都東の森林だから、朝から出て夕方には戻って来れるだろ。俺は紺色のシャツの上から革鎧を着て、腰に剣を佩く。足元は頑丈なブーツで革の手袋も装着した。

 うん、これで大丈夫だろ。問題はモンスターじゃなく、博士の動きだから身軽な方がいい。

 

 自室からダイニングルームに移動すると、アシェットとクトーが荷物のチェックをしていた。

 クトーは空色の布を胸に巻きつけ、腰には毛皮を巻き付けていた。露出部分が多いけど、まあ彼女ならこれで問題無いと思う。犬耳族って種族はみんなクトーみたいな恰好でどこにでも行くからな。

 一方、アシェットは体にピッタリとフィットした赤色のワンピースのような民族衣装とスリットはそのままに、胸を覆う革鎧を装備していた。

 冒険に出るということで、足にはひざ下くらいまでの厚手のブーツに太ももくらいまである黒色のハイソックス……足元といえば……

 彼女の足元には……やっぱり持っていくのか……彼女の身の丈ほどもあるトゲトゲの鉄球がついた長柄の武器――モールが置かれている。

 

 アシェットはこの巨大なモールを「片手」で振るうのだ……スレンダーな体型で俺くらいの身長なのに、あれを軽々と振り回す。森林だと邪魔じゃないかなあ……

 

「アシェット、クトー、準備はできた?」

「うんー」

「荷物の確認をしてます」


 アシェットは無表情のままペタン座りをして、大き目のリュックをゴソゴソとやっている。いや、それはいいんだけど、スリットが彼女の太ももに食い込み、股を開いた座り方だから見えそうだ……

 や、やばい。気が付かれた!

 

 アシェットは凍るような視線で俺を睨むと、スッと立ち上がり顔がつきそうなくらいに俺へ肉迫する。ち、近いって……

 俺が彼女の近さと彼女の髪から漂ういい匂いにドキッとしている間に、頭を掴まれる。

 

「い、痛いってアシェット! わざとじゃないんだってば!」


 俺の頭を掴んだ手に力を込めるアシェット。彼女の力は身の丈ほどもあるトゲトゲの鉄球が先端についた武器を軽々と振るうほど……本気でやられると俺の頭が潰れたトマトのようになるかもしれ……ってそんなこと考えている余裕があるかああ。

 痛い、痛いってアシェット! つ、潰れる。俺の頭があうあ。

 

「まあ、このくらいでいいでしょう」


 俺の頭蓋骨がメリメリと音を立て始めた時、アシェットはようやく手を離してくれた。

 

「朝から元気だね。君たちは!」


 俺が頭を抱えてうずくまっていると、後ろから陽気な博士の声がしたので、振り返ってみると……

 博士はいつもの白衣のままだった。いや、分かってたけどね。博士が冒険の準備なんてしないってことは。

 

「フォーク博士、行先は森林なので、手袋位した方が……草木で手を切っちゃうかもしれないですよ」

「なあに、問題ないとも。ははははは!」


 一応、釘を刺したつもりだったけど聞いちゃいねえ。まあ、革鎧を着ていたとしてもあまり変わらないからいいか。

 

「では出発しようじゃないか! ゲイザーを捕獲しに。なあに、ピクニックみたいなものだよ! ははははは!」


 フォーク博士は胸を逸らし耳につく嫌らしい高笑いをしているけど、何も突っ込む気になれない……頭がまだズキズキ痛むし……


「おー、いこうー! ふぉーくはかせー」


 クトーがフォーク博士の隣に並び、彼の真似をして胸を逸らしたけど、勢いよくやりすぎて後ろに倒れそうになるが抜群の身体能力でこらえると、頭を振るって犬耳をピコピコ揺らした。

 俺はクトーの姿に少しほほえましい気持ちになると、ゆっくりと立ち上がり荷物の入ったリュックを背負った。

 じゃあ、一丁行きますかね! 

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