第2話 研究費が差し止められた!

「だいたい予想がつくんだけど……研究費の差し止めとか?」

「そうです」


 うわあ。正直、研究費が支給されなくなってもそんなに変わらないけど、博士のモチベーションが強烈に落ちてしまうかもしれない……あれでも自分の研究に自信満々だからなあ。

 研究をやめるのは一向にかまわない……というか、やめてくれた方が嬉しいんだけど、研究費差し止めのショックで真っ白になって料理を作ってくれなくなると問題だ。

 うーん、どうしたもんかなあ……俺が頭を捻っていると後ろからとても嬉しそうな声が俺達を呼ぶ。

 

「ティルー、アシェットー。ふぉーくはかせのお食事ができたよー」


 お、おお。俺はアシェットと目を見合わせると、彼女は眉一つ動かさずにコクリと頷きを返す。

 博士の作ったご飯となれば、何よりも優先して食べなければ。彼女も俺と同じ気持ちなのだろう。俺が動くのを待たずにさっさと出来上がった料理を皿に乗せて、ダイニングテーブルへ並べ始めているじゃないか。

 

 俺はダイニングテーブルにある椅子を引くとそこに座り、目の前に置かれた料理に目を向ける。

 あの紫色と緑の斑模様の毒々しかったポイズンフロッグの後ろ脚は、真っ白な鶏肉のささ身のような色合いになっており、上からクリーム色のソースがかけられていた。

 ポイズンフロッグのソテー、ホワイトソースを添えてって感じかな? いやあ、匂いも泥臭いものは一切なく、芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。

 

 俺が博士の作った料理を凝視していると、アシェットがテーブルの中央に丸パンの入ったバケットを静かに置く。続いてフォーク博士とクトーが着席すると、いよいよお待ちかねのお食事タイムになった!

 

 俺は手を合わせると、すぐにフォークにポイズンフロッグの身を突き刺す。うおお、肉はとんでもなく柔らかいくてスッとフォークが肉に通る。

 そのまま、フォークを口元に運び肉を口に含むと、噛む。

 

――う、うまい。うまいぞおお。


「おいしー」

「おいしいです。博士」

 

 クトーとアシェットも満足そうに声を揃える。クトーはもう幸せ―といった風に満面の笑みを浮かべ、普段めったに動かないアシェットの眉尻が少し下がる。

 

「そうかね。まあ、普通だと思うのだがね」


 フォーク博士は二人の言葉にも動じた様子はなく、むしゃむしゃとポイズンフロッグの肉を口に運ぶ。

 彼はいつもこうなんだよな。これほど旨い食事なのに、自身では何とも思ってないようなんだ。博士だって常に自炊しているわけじゃないし、お酒を飲みに行ったり外食したり、外でお弁当を買って帰ってきたリ……自分が作った料理以外のものを食べている。

 だったら味の違いが分かると思うんだけど……この博士……全く分かっていないのだ。味音痴なのかと思ったこともあるけど、味音痴にこれほど美味な食事は作れないだろうと俺は思いなおしたもんだよ。

 

 でもやっぱり疑問に思った俺は、博士に外で食べる食事と自身の手料理との味の違いについて尋ねたことはあったんだけど、彼の答えは「どちらも同じ」だった。それ以来俺はフォーク博士に味について尋ねることはやめた……彼がいろいろおかしいのは何も味のことだけじゃないしなあ。

 そんなもんだと割り切った方がいいと判断したわけだ。

 俺が博士に味のことを突っ込んで聞いたのにはもちろん訳がある。彼がどのような味覚を持っているのか分かれば、より博士の料理がおいしくなるかもって思ったからだよ。

 つまり、俺やアシェットが味付けについてアドバイスできればって思ったってわけだ……

 

 食事を食べ終わった俺が水を飲んでいると、同じく食べ終わったアシェットが怜悧な顔に表情一つ浮かべず、こちらをじっと見つめている。

 俺が自分を指さすと、彼女は無言で首を縦に振った。

 

 研究費のことを……お、俺に話せっていうのかよ。

 

「アシェット?」

「頼みましたよ」


 取りつく島もねえ。アシェットは机の下から俺へ「王立研究所」からの手紙が入った封筒を手渡して来た。

 どうすりゃいいってんだよお。し、仕方ない。

 

「フォーク博士……これを」


 俺はフォーク博士に目を向けると、「王立研究所」と記載された封筒をテーブルの上にそっと置く。

 

「ほう、ようやく研究費が!」


 フォーク博士は疑うことをまるでせず、研究費がようやく支給されたと喜色をあげる。

 い、いや。それね。うん。

 

 俺がバツの悪い顔でいそいそとフォーク博士が封筒の封を切る様子を眺めていると、彼は勢いよく封筒から手紙を取り出して中をあらためる。

 

――研究費を差し止めします。


 とだけ、手紙には書かれていた。

 

「な、なんということだああああ! 私の研究を何だと思っているのだ。あやつらはああ!」


 フォーク博士は両手で頭を抱えると、ブンブンと頭を上下に振って白髪の混じったオールバックを振り乱す。

 余りに勢いよく頭を振るものだから、片眼鏡がスポーンと飛んでしまったが、俺がうまくキャッチする。この眼鏡だって安いもんじゃあないんだぞ!

 

 そこへ、アシェットが冷たい目線を博士に向けると表情を一切動かさず口だけを開く。

 

「博士、失礼ですが……何か成果をあげたのでしょうか?」

「アシエット、そらもういろいろ成果をあげたぞ!」


 フォーク博士は頭を振るのをやめて、胸をそらし自信満々に言い放つ。


「例えば?」

「そうだな……ねずみの毛は何本生えているのかとか」

「……そんなの誰も知りたくありません」


 森林鼠の毛か……森林鼠は体長八十センチくらいある大柄なネズミで、博士の興味本位で突然毛の数を数えることになってだな……

 博士が途中で何本か分からなくなってしまって、俺が全部数えたんだ……思い出したくねええ。


「い、いや、バシリスクの目を見たら何故石化するのかとか……」

「それって、解明したのですか?」

「い、いや、あーあと五年もあれば……」

 

 さっき潰してしまったバシリスクの目か。あの様子だと五年たっても何も分からんと思うぞ。

 だ、ダメだ。これまで博士の研究成果で研究費が支払われてたいたこと自体奇跡だよな……あー、博士が真っ白になって口から息を吐いている。


――バン! 机を叩く音がして博士と俺が目を向けると、無表情のままのアシェットが机の上に両手を置いて立ち上がっていた。

 そのままの姿勢で、真っ白になっている博士へ容赦なくアシェットが一言。

 

「おいしいです。博士」

「そ、そうかね。それはよかった」

 

 突然先ほどの料理について「おいしい」と言ったアシェットは更に言葉を続ける。

 

「博士、言うべきかずっと迷っていたんですが、研究費が出る手段はあります」

「な、何だって!」

「それは……」

「それは?」

「博士の料理を食べてもらうことです」

「え……」

「いいですか、博士! 私はこれまでここ以外でポイズンフロッグを調理できた例を見たことがありません。しかも、これほど美味だなんて」


 俺も同意見だ。博士の料理を王立研究所の職員が食べたら度肝を抜くと思う。フォーク博士の料理は他に追随する者がいない比類なきものだと俺は確信している!

 フォーク博士はアシェットの言葉に動揺した様子でワナワナと呟く。

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