第33話 エピローグ

 研究所に戻ってリビングルームに入ると、香ばしい肉が焦げる匂いと湯気から漂う煮込み料理のかぐわしい香りが混じり、俺の腹を激しく刺激する!

 ダイニングテーブルにケビン教授を含む研究所のメンバーが全員集合していて、既に食べ始めているようだった。俺が帰ってきたことに気が付いたアシェットがスッと立ち上がり、俺に目を向ける。

 

「ティル、おかえりなさい」

「ただいま」


 アシェットの言葉で他のみんなも気が付いたようで俺へ座るように促す。

 

「どうだったかね? ティル君」


 フォーク博士は食事の手を止め、片眼鏡をキラリと輝かせながら俺に問いかけた。


「無事魔族に解毒剤を渡すことができました。七日後に結果が分かると思います」

「おお、素晴らしいいいい!」

「ティル君、仕事がはやいでしゅうううう!」


 フォーク博士の叫び声にケビンまで乗っかってくるものだから、うるさくて仕方がねえ。


「ティル……どうぞ」

「ありがとう、アシェット」


 アシェットが俺の前に深皿と食器を置いてくれた。二人がまだ興奮冷めやらぬようだったから俺は、フォーク博士の絶品料理に口をつけることにしたのだ。

 いやあ、もうさっきから口の中のよだれは止まらないし、腹も「はやく食べてえ」と悲鳴をあげているからな。

 まずはっと……俺はフォークでから揚げを突き刺すとそのまま口へ。

 

 うおおお、すげええこれ。森林鼠の肉に違いないんだけどなんだこのジューシーさ! 肉汁が溢れ、容易に噛みきれるちょうどいい硬さだ。森林鼠は脂身が少なく筋張った硬い肉で正直おいしくない。

 しかしこのから揚げは次元が違う! 鶏の肉と同じくらいの柔らかさで、中から溢れる肉のうまみは鶏肉以上だぞお。

 続いて、ホワイトソースでグツグツ煮込んだ鍋料理に手を付ける。こいつも絶品だ! 森林鼠のはずなんだけど、最高級の鶏肉を食べた以上の味わい。何でこうなるんだろ……まあいい……うまければなんでもいいぞお!

 

「ティル君、食事をしながら聞いてくれたまえ」

「は、はい」

「森林鼠の料理だがね、ええと、何だ……」


 フォーク博士はどうも歯切れが悪い、一体どうしたって言うんだろう?

 俺が首を傾けていると、ケビン教授が助け船を出してくれる。

 

「ティル君、フォーク博士は、明日の昼にここにあるような鼠料理を街の人へ振る舞おうと考えているんでしゅ」

「え、それっていい事じゃないんですか?」


 だって、こんだけおいしい森林鼠料理だぞ。誰も嫌がる人なんていないさ。

 でもフォーク博士の顔はすぐれない。眉間にしわを寄せて何やら考え込んでいる様子……

 

「ぼくちんが提言したことなんでしゅが、『シアン』が浄化されたかどうかは、多数の実戦的な試験が必要なんでしゅ」

「あ、そういうことですか。理解しました」


 なるほど。解毒剤の効果を測定するため、多数の人たちに毒抜きした森林鼠を食べてもらって、健康に問題がないことを確認したいってわけか。

 ある種の人体実験にあたることへ踏み切っていいものなのか悩んでるってわけかあ。あー、でもフォーク博士の料理なら猛毒生物であるポイズンフロッグでさえ、おいしく食べられるようになるんだぞ。

 シアンは激しい腹痛を起こす程度の毒だし、少量ならまず命にかかわらないと思うんだけどなあ。

 そんなことを考えながらも俺の手はフォーク博士の料理を次々に口へ運ぶ。彼の料理はおいしい、とにかくおいしいんだ!


「フォーク博士、研究所の前で料理を並べて『森林鼠』だと分かるように配ったらどうですか? ちゃんと『森林鼠』の毒についても説明すれば問題ないかと思うんですが……」

「それだ! ティル君!」

「ティル君! それでしゅうう! ぼくちんとフォーク博士から料理を手渡す前に説明するでち」

「いいアイデアですな! そうしましょう。ケビン教授!」

「でしゅでしゅ! フォーク博士!」


 二人は納得した様子でガッツポーズをしているけど、盛り上がり過ぎだって……

 

――翌日

 フォーク博士は、朝からせわしなく森林鼠のから揚げとシチュー煮込みを調理し、俺達三人が研究所前の道へ机を並べそこに料理も持ってきた。

 その後、俺とアシェットは街の商店街まで出向き、森林鼠の料理実験を行うことを喧伝した後、研究所に戻って来る。ケビンは朝から王立研究所へ戻り、そこのスタッフを連れて来るそうだ。

 

 公開実験開始からしばらくは全く人が来なかったんだけど、王立研究所のスタッフが大挙して料理を口にすると「おいしい!」を連発して群衆の目を引いた。

 その結果、ポツポツと一般の人も食べてくれるようになってきたから、もうあとはこっちのものだ。あっという間に人だかりができて、夕方になる前に準備した料理は全て無くなったのだ。

 

「どうやら、大丈夫そうだね」


 片付けを行いながら、フォーク博士は胸を逸らし大仰に首を振る。

 

「念のため明日に王立研究所のスタッフへ体調に変化がないか聞いてみるでしゅ。まず問題ないと思うんでしゅが」

「昨日森林鼠を食べた俺達は、全員平気ですものね」


 ケビンと俺がフォーク博士の言葉に続く。

 

 そんなこんなで公開実験こと試食会は、大盛況のうちに幕を閉じた。俺達の心配と裏腹に街では森林鼠の料理が噂になり、研究所に森林鼠の料理を食べさせてくれと申し入れる街の人が訪れるほどになった。

 フォーク博士は困惑した様子だったが、ありあまる森林鼠の有効活用だとケビンの説得もあり、月に一回、森林鼠の料理を提供することを約束する。

 解毒剤は「森林鼠に含有するシアンの無効化について」という研究成果として王立研究所に認められ、フォーク博士へ研究費が提供されることになった。

 

 気になっていた魔族のことなんだけど、こちらも想定通りうまくいったみたいで、彼らはせめてものお礼として、凶悪なモンスターが王都に近づかないようパトロールを行ってくれることを約束してくれる。

 今回の魔族から始まった件は全ていい方向に解決を見たわけで、いろいろ動いた甲斐があったなあと俺は喜びを嚙みしめたのだった。

 

 第一回森林鼠を提供する会が明後日に控えているから、俺は森林鼠を捕獲しに森へ向かおうとしているところだ。

 よっし、俺は靴紐を結びリュックサックを片手に持つと、アシェットの部屋へ向かう。あの時以来俺は協力できる人手があれば、一人で動くのではなく誰かと行動を共にするようにしたんだ。

 みんなで一丸となってこの研究所を盛り立てて行きたいと思っている。まあ、昨日までは森林鼠の体毛が何本あるかとかフォーク博士と研究室でやっていたわけだけど……

 

 俺はアシェットの部屋の扉を開ける……


「あ、ご、ごめん」


 ノックをするのを忘れてたあ。部屋の中にいたアシェットは、ベッドに腰かけていつものワンピース風の民族衣装を頭から通そうとしているところだった。

 つまり……下着しかつけていねえ。今日のブラジャーとパンツは花柄ピンクだ。


「その声はティルですか、いいですよ、入ってきて」

「え……いいの……」


 俺は戸惑いながらもそのままアシェットの部屋に入ると、彼女は頭に通そうとしていた民族衣装をベッドの脇へと置く。

 思わず凝視してしまう俺……これは頭を掴まれるかなあと思いながらも、俺の目は彼女のぺったんこの胸じゃなく、太ももに挟まれたパンツに釘付けになってしまう。


「ティル、あなたのおかげでみんなうまく行きました。フォーク博士の研究資金、魔族のこと……だから、これはご褒美です」

「い、いや。今回のことはアシェットがいてくれなかったら、上手く行かなかったよ」


 俺は本心からそう思う。アシェットがさとしてくれなかったら、フォーク博士は動かなかっただろうし、俺は暴帝龍にやられていたかもしれない。


「ティル……ありがとう」

「え……」


 アシェットはいつものかしこまった口調ではなく、いや、そんなことより……彼女が見せた屈託のない笑顔に俺は見とれてしまう。

 笑うとこんなに可愛らしいんだな、アシェット。

 俺は彼女の満面の笑みに引かれるように彼女へ口づけをすると、彼女も俺の背を抱きしめて唇を押し返してきた。

 俺の腕の中に納まる華奢な彼女の体の温かさが感じられ、俺は彼女を強く抱きしめる。ああ、俺はやっぱりアシェットのことが……俺の手が彼女の胸へ触れ、舌で彼女の口へ割って入ろうとした時……

 

――頭をガシッと掴まれた。


「い、痛い、痛いいいいいい!」

「……調子に乗り過ぎです」


 ようやくアシェットが頭を離してくれたが、俺は痛みにのたうち回り、四つん這いになって頭を両手で抑える。

 

「でも……私はそんなあなたが……」


 アシェットが何かを呟くと、俺の手を握り立たせてくれた。

 俺が痛みに苦しんでいる間に彼女は民族衣装を着ていて、旅の装いは万端になっている。


「じゃあ、行こうか」

「はい!」

 

 俺はアシェットと手を繋いだまま、彼女の部屋を出た。よおし、森林鼠をたくさん捕獲してくるかあ。

 

 おしまい


ここまでお読みいただきありがとうございました!また次回作でお会いしましょうー。

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博士の絶品モンスター飯〜ツンツンヒロインがデレるまで〜 うみ @Umi12345

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