第29話『彼女はどこに』
僕がカミングアウトした内容を漏らしたのは、瀬戸彩音。
やっぱりという想いはあるけれど、実際にそのことを緒方から聞いたとき、とてもショックを受けた。だからといって、このまま黙って家で引きこもっているわけにはいかない。自分で動かないと。
伊織のことも気になるけれど、まずは瀬戸さんから色々と話を聞こう。
今は午後4時過ぎ。もう放課後だけれど、親友の伊織から絶交宣言をされた直後だと、瀬戸さんは部活動に参加できないだろう。。
ただ、僕だけで瀬戸さんと話そうとしても、逃げられたり、話すことを拒否されたりする可能性もある。ここはやっぱり、彼女と同じクラス委員に協力を仰ごう。
『沖田か。やっぱり、すぐに電話がかかってきたな。瀬戸と直接会って話を聞きたいんだろう?』
「うん、そうだよ。僕の考えていることが分かるとはさすがだね」
『なあに、10年来の親友だからな。俺も今日は部活を休んで瀬戸と話をしたいと思って、瀬戸がどこに行ったのか探しているんだ』
「……緒方ならそうすると思っていたよ」
僕だって緒方がどうするかは彼に電話を掛けるときには分かっていた。見た目はクールだけれど、困っている知り合いを放っておけない熱い性格であると僕が一番知っている。今回の場合は、その困っている人が気になっている人でもあるし。
『好きな人のことだからな。とりあえず、女子テニス部に行ったら、1年の部員が瀬戸から体調不良で今日は休むってメッセージをもらったそうだ』
「ということは、寮に帰っているのかな」
『そうであってほしいな。そこら辺は俺が調べるから、お前はとりあえず学校の正門前まで来てくれ』
「分かった」
緒方と2人なら何とかなるかもしれない。
少しでも早く行った方がいいと思い、僕は私服姿で学校へと向かう。
その間に、浅利部長と三好副部長に伊織はどうかとメッセージを送ると、浅利部長から、伊織は茶道室には来たものの元気がなくずっと俯いたままだと返信が来た。
伊織が元気ないのはきっと、瀬戸さんが僕のカミングアウト内容を漏らしたのを知ったショックと、そんな彼女に絶交すると言ってしまったことが原因だと思う。
白花高校の校舎が見え始めたところで、緒方から『瀬戸さんが学校から出て行くところを見た生徒がいる』とメッセージを受け取る。待ち合わせは校門前となった。
緒方が指定してきた待ち合わせ場所である校門前に到着すると、既に彼が立っていた。
「緒方」
「沖田か。……ここまで走ってきてくれたんだな」
「まあね。なるべく早く瀬戸さんと話しがしたいと思って」
「なるほどな。そういえば、私服姿の沖田を見るのは久しぶりだな。よく似合ってるぞ」
「……それは嬉しいけれど、前はそんなことは言わなかったような」
「沖田の心が女性だと知ったからな。以前とあまり変わらずに付き合っていこうとは思っているけれど、いいなと思うことは積極的に言葉にしようと思っただけさ」
緒方は爽やかな笑みを浮かべながら言った。僕の服が似合っているなんて以前はあまり言わなかったけれど、そういうことも自然と言えるんだから凄いな、こいつは。
「それで、気分の方はどうだ、沖田」
「ほぼ2日、家でゆっくり休んだから、昨日の朝に比べたらマシって感じかな。昨日の夕方は茶道部の先輩方が家に来てくれたし」
「そっか、それなら良かった。これまでに話したとおり、お前が家に帰ってから色々と状況が変わってきた。大きく変わったのは30分くらい前からだけど」
「瀬戸さんが僕のカミングアウトを漏らした張本人だと自ら言ったからだよね」
「ああ。終礼間際に、俺と神岡のところにやってきて、沖田のことを自分が漏らしたって告白してきたんだ。中学時代に神岡をいじめていた奴と沖田が重なって見えたからしい。そうしたら、神岡は物凄い剣幕で『瀬戸こそが自分をいじめていた奴と同じだ』って言い放って、そのまま絶交するって宣言したんだ」
「……そうか」
心は女性なのに、普通の男性のように伊織に接していた。それを瀬戸さんは僕が伊織のことを騙していたと受け取り、伊織をいじめていた女子と重なったんだろう。
ただ、それが理由でも僕のカミングアウトの内容を漏らしたことは、伊織にはどうしても許せなかったんだと思う。漏らした人がこれまで何度も助けられ、僕との恋仲を応援してくれた親友の瀬戸さんだったから尚更ショックだったのだろう。だから、絶交という言葉を言ってしまったのだと思う。
「落ち着け、としか言えなかった自分が情けなく思うよ」
珍しく、緒方は切なげな笑みを浮かべる。
「話を広めたのが瀬戸だって話は、俺から天宮先生に伝えておいた。ただ、瀬戸は神岡から絶交するって言われてひどく落ち込んでいるようだから、彼女から話を聞くのは明日以降にしてほしいって言っておいたよ。先生は茶道部の顧問でもあるから、今は神岡の側にいるんじゃないかな。それで、先生と話していたら、瀬戸がいなくなっていたんだ」
「そうか。……先生にはそっとしてほしいって言っておきながら、自分では動くんだな。しかも、僕も動くと予想していた」
「……まあ、先生なら話しづらくてもク、ラスメイト同士なら話せることは思うし、彼女が何も言わなくても側にいれば少しは変わるんじゃないかと思って」
「……そうか。緒方らしいな」
緒方の持つ優しさと、瀬戸への好意からもたらされた言葉だろう。
「ここで話していても何も状況は変わらない。緒方、瀬戸さんが学校から出たそうだけど、心当たりはあるのか?」
「やっぱり、まずは彼女の家だろう」
「そうだな。確か女子寮だったよな」
「ああ。場所は分かっているから、さっそく行ってみることにしよう」
「うん。でも、僕らが行っても大丈夫かな?」
僕の心が女性なのは校内に知れ渡っているけれど、今も男子生徒として通っているからなぁ。
「大丈夫だって。何か言われたら理由をちゃんと言えばいいさ」
「……そうだね」
僕と緒方は女子寮へと向かう。学校の寮ということだけあって、学校からは徒歩数分の所にあった。
「随分と立派な寮だね」
「ああ。こういった住まいがあるなら、遠方から進学する生徒もいるのは納得だな」
伊織が白花高校に受験すると分かれば、瀬戸さんも一緒に受験しようと考えるか。
建物に入ると、オートロックになっている。どうやら、奥に入るには中から鍵を開けてもらわなければならないようだ。
「瀬戸の部屋番号も彼女の友人から聞いた。沖田はちょっと離れたところにいてくれ」
「うん」
緒方はそう言うと、1人でインターホンのところに行く。瀬戸さんが既に家に帰っているといいけれど。
『……はい』
おっ、瀬戸さん……家に帰っていたんだ。まずは一安心。
「帰っていたか。緒方だ。天宮先生から届け物をしてほしいって言われたから、部屋に行ってもいいかな? ポストには入らないんだ」
『……緒方君なら、いいよ』
瀬戸さん、緒方には少し心を許しているのかな。
それにしても、緒方は上手いこと嘘をついたな。担任教師から届け物を頼まれたって言われたら、招き入れてもいいと思うか。もちろん、来訪者が緒方だからなのもあるだろうが。
寮の入り口の扉が開いたので、僕は緒方の後をついていく形で女子寮の中に入る。
「ええと……ここだ。103号室」
「瀬戸って描かれている表札があるね」
「よし、じゃあ行くか」
「うん」
何だか緊張するな。僕の姿を見たとき、瀬戸さんはどんな表情を見せるのか。どんな感情を抱くのか。
緒方がインターホンを鳴らすと、程なくして家の扉がゆっくりと開いた。中からはTシャツにロングスカート姿の瀬戸さんが姿を現す。
「ごめんね、緒方君。わざわざここまで来てもら……って、お、沖田君!」
僕の顔を見た瞬間、僅かな笑みもすっと消える。
「……お、緒方の姿を見かけたんでついてきちゃった。……っていうのは嘘で、瀬戸さんに色々と話を聞きたくて彼と一緒にここに来たんだ」
「じゃあ、先生から頼まれた届け物っていうのも……」
「すまないな、瀬戸。あれも嘘だ」
ガッ、と緒方は足を前に出して、玄関が閉まらないようにする。嘘を付かれたと分かって瀬戸さんに扉を閉められると思ったのかな。
「1人でいるのもいいかもしれないけど、誰かに思いを吐き出すのもいいと思うぞ。それに、沖田には言わなきゃいけないことがたくさんあるんじゃないか?」
緒方から大まかな内容は聞いているけれど、やっぱり瀬戸さん本人から色々と話を聞きたい。
「……とりあえず、中に入って」
そう言うと、瀬戸さんは緒方と僕を家の中に上がらせてくれる。その際、緒方は僕の耳元で「やったな」と呟いた。きっと、彼の場合は好きな人の家に行けたことが嬉しいという意味もありそうだ。
「何か飲む?」
「俺は別にいいよ、沖田は?」
「僕もいいかな」
寮の部屋ってあまり広くないイメージがあるけど、ここは結構広くて綺麗だな。伊織の部屋と同じくらいか。建物自体が立派だもんな。
ベッドの横に小さなテーブルが置いてあるので、僕らはそれを囲むようにして座った。
「寮っていうから、2人部屋とかのイメージがあるけれど、普通のワンルームマンションみたいだな」
「うん。この寮は1人部屋でね。プライベートな時間も大切だから、こういった部屋で良かったかな」
そういった話を聞くと、嘘をついてまでここに来たことに罪悪感が。
「……ねえ、2人とも」
「うん?」
「どうした、瀬戸」
「……そろそろ本題に入ろうよ」
もう少し雑談をしようと思ったけど、意外と早く本題に入れそうだ。しかも、瀬戸さんから切り出してくるのは意外だった。
「分かった。緒方と一緒にここに来たのは、カミングアウトの内容を漏らしたことと伊織に絶交すると言われたことについて訊くためなんだ」
おそらく、それらのことは中学時代に受けた伊織のいじめが関わっているはずだ。
「そうだよね……」
ストレートに本題を言ってしまったのがまずかったのか、瀬戸さんの眼からは涙がこぼれてしまう。
「ごめんね、沖田君。カミングアウトしたことをあたしが広めたんだよ。伊織のことを守りたかったから……」
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