第38話『初夜バス』
お風呂に入ろうと伊織から誘われたこともあり、僕は必要なものを持って彼女と一緒に脱衣所へと向かう。
心が女でも体は男なので、これまでは女性よりも男性の裸を見ることの方が多かった。だから、これから女性と一緒に入浴することにとても緊張する。
伊織とは背を向けた状態で服を脱ぐ。
「へえ、千尋の背中ってとても綺麗なんだね」
「ひゃあっ!」
伊織が背中を触ってきたからかとてもくすぐったくて、思わず後ろに振り返る。そこにはタオルを巻いた姿の伊織がいた。
僕も伊織と同じ女の子の心を持っているのに、伊織を見ると凄くドキドキしてくる。変なことをしてしまわないようにあまり見ないでおこう。
「胸元もお腹も脚も綺麗だね。程良く筋肉がついているみたいだし」
伊織は僕の胸元やお腹や脚を触ってくる。ほんと……瀬戸さんが言ったように伊織ってスキンシップが激しいな。
「伊織。早くお風呂に入ろうよ。ちょっと寒くなってきたから」
「ふふっ、そうだね」
伊織と一緒に浴室に入る。
ここに引っ越してきて日が浅いからか、浴室の中もとても綺麗だ。あと、心なしかいい匂いがする。
「じゃあ、千尋。さっそく髪と体を洗おうか。ううん、むしろ洗わせて! 真澄との決着を手伝ってくれたお礼に」
その言葉は本当だろうけど、さっきのボディタッチからして、僕の髪や体を触りたいのが一番の目的なのでは。
「気持ちは嬉しいけれど、伊織に悪いというか……」
「……いやなの?」
「ううっ……」
ちょっと悲しげな表情をして、鏡越しで伊織に見つめられてしまう。
嫌なわけがない。ただ、今でさえ凄くドキドキしているのに、髪や体を洗ってもらったらどうなってしまうか分からない。
「……できるだけ優しくするから、お願い」
伊織は僕を後ろから抱きしめてくる。結婚しようっていう約束をしたからか、これまで以上にデレデレしているような気がするぞ。あと、伊織の吐息か鼻息なのか、背中にかかってくすぐったい。
ドキドキはするけれど、伊織の気持ちはできるだけ受け入れたい。ここは覚悟を決めるとするか。
「じゃあ、髪と背中をお願いするよ」
「分かった!」
そう言って、伊織は僕の髪を洗い始める。
誰かに髪を洗ってもらうなんて、幼稚園のときに母親に洗ってもらって以来だな。今日は一日外に出ていたから、こうしていると段々と眠くなってくる。
「髪の洗い方はこういう感じで大丈夫かな」
「うん、とても気持ちいいよ」
「ふふっ、良かった。それにしても、千尋って女の子みたいに髪がサラサラだよね。授業中に髪を触っていたときにも思ったんだけど」
「……触っていたんだね」
そういえば、風が穏やかな日に窓を開けていたとき、後ろ髪がやけになびくなぁと思ったことが何度かあった。それは伊織が触っていたからだったのか。僕の匂いが好きだって前に言っていたけど、もしかしたら髪を触ったときに嗅がれていたのかも。
「じゃあ、泡を落とすから目を瞑ってて」
シャワーでシャンプーの泡を落としてもらう。あぁ、お湯が程良く温かくてまた眠気が。
「ふふっ、眠くなってきちゃったの? 私に寄り掛かっちゃって」
「ご、ごめん!」
後頭部に柔らかい感触があると思ったら、これって伊織の胸? それよりも、意識が飛んでいたのか?
「今日は一日、色々とあったもんね。ほら、髪を拭くから寄りかからないでね。髪を拭いたら、背中を流すから」
「うん」
その後、伊織に髪を拭いてもらい、背中を流してもらう。
さすがに、体の前面を伊織に洗ってもらうのは恥ずかしかったので自分でやることに。そのときはさすがに大事な部分も隠してはおけないので、伊織にはどこか別の所を見ていてほしいと頼んだ。
髪と体を洗い終えると、僕は湯船に浸かることに。
「あぁ、気持ちいい。ごめんね、一番風呂をいただいちゃって」
「全然かまわないよ。千尋ってお風呂は長い方?」
「うん。いつも最後に入るから、湯船には長めに浸かるかな。たまに半身浴で1時間以上入るときもあるよ」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、私が洗っている間も湯船に浸かっていても大丈夫だね」
「うん。ゆっくりと浸からせてもらうよ」
伊織が髪や体を洗っている間、僕はぼうっと天井を眺めていたり、目を瞑ったりしていた。湯船が温かくて、僕のすぐ近くに伊織がいると思うととても幸せだ。ただ、実際に裸の伊織を見たら命に関わりそうなので、妄想するだけに留めておくか。
「千尋」
「……おっ」
「どうしたの、ぼうっとしちゃって。のぼせちゃった? それとも、私で何か妄想をしていたのかな?」
「え、ええと……」
ていうか、僕のすぐ横にタオルを巻いた伊織がいる。けれど、彼女から香るシャンプーやボディーソープの甘い匂いのせいでドキドキしてしまう。
「ふふっ、まあいいや。初めて一緒にお風呂に入ったら、色々と考えちゃうよね」
髪と体を洗い終えたのか、伊織も湯船の中に入ってくる。2人だけだからなのかタオルを巻いたままだ。
「いつもよりちょっと狭いけど、いつもよりだいぶ温かいな」
「……そっか」
「こうして千尋と一緒にお風呂に入る日が来るなんてね。幸せだなぁ。……やっぱり、こうしていると恥ずかしい?」
「恥ずかしいのもあるけれど、ドキドキしちゃうんだ。どうにかなっちゃいそうで」
タオルを巻いていても、伊織が艶やかであることには変わりないから。
「ふふっ、千尋はかわいいな。そっか。興奮しすぎてどうにかなっちゃうか。そんな風に想ってくれるのは嬉しいよ。それに、千尋が相手だったら、どうにかなっちゃってもいいんだけどな」
「伊織……」
伊織の方からどうにかなっちゃってもいいと言われたら、本当に理性が飛んでしまいそうだ。
ただ、伊織とはさっき結婚を約束したんだし、色々なことをしてもいい関係……なんだよな。
「でも、千尋がそう言うなら……」
そう言って、伊織は僕をぎゅっと抱きしめてきた。タオルを巻いていても、凄くドキッとして。
「こうすれば、私の裸は見える心配はないでしょう?」
伊織は顔を赤くしつつも、僕のことを見つめながら笑顔で言って、キスしてくれる。こうしていてもドキドキしてしまうけれど、彼女の笑顔がすぐ目の前にあるからか幸せな気持ちの方が勝る。
「こうして抱きしめ合っていると、千尋の体を見るよりも興奮するけれど、とても温かい気持ちになるね。お風呂が温かくて、千尋の体も温まっているかな?」
「……僕も同じだよ。伊織からシャンプーやボディーソープのいい匂いがして、柔らかいからかまったりとした気分になれるよ」
「いい匂いがして、柔らかい……か。そっか。そっか……あははっ」
伊織は顔を真っ赤にしながら笑う。視線をちらつかせているあたり、どうやら伊織も色々考えているようだ。
大好きな伊織を抱きしめてじっとしていると、時間の流れがどうなっているのか分からなくなる。ただ、はっきりしているのは、こうした時間を今回だけじゃなくて、この先ずっと彼女と一緒に過ごしていきたいという想いだった。
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