第14話『部迷い人』

 4月11日、火曜日。

 今日も初めての授業の教科があったので、その教科については先生の自己紹介でゆるく進み、2回目の授業の教科はさっそく本格的な内容となった。ようやく、学生生活が始まったんだなと思う。

 伊織は今朝、天宮先生に茶道部の入部届のプリントを提出したので、放課後になるとさっそく1人で茶道室へと向かった。

 僕は今日、他の部活を見学したいと思い、伊織と一緒に茶道室には行かず、別行動に。

 ちょっとでも気になる文化系の部活を覗いてみようと思って、文芸部、写真部、被服部、昼寝同好会……など色々なところに行ってみたけれど、特に入部したいほどの部活は見つからない。


「1日や2日で決めようっていうのが間違っているのかな……」


 緒方みたいに中学までやっていた部活もないし、伊織のように入りたいと強く思っている部活もないし。瀬戸さんも……女子テニス部にやる気のようだったし。

 一度、外の空気を吸って気分転換でもしようと思い、自動販売機で缶コーヒーを買って校舎外にあるベンチに座った。


「みんな、放課後まで頑張っているなぁ……」


 ここからはテニスコートが見えるけれど、テニス部は絶賛活動中のようだ。ラケットでボールを打つ音が鳴り響いている。あの中に瀬戸さんがいるんだろうな。

 僕は球技が得意じゃないし、体育で得意なのは走ることとラジオ体操くらいだ。だから、運動部に入ろうとは思えない。それに、運動部に入ったら、土日や長期休暇の大半が部活で潰れてしまう場合が多いので嫌なのだ。

 だから、部活は文化系の方にしようと思ったけれど……あまりいい部活が見つからないなぁ。


「どうしたの? 沖田君。こんなところで1人で黄昏れちゃって」


 気付けば、タオルを首にかけ、水筒を持った瀬戸さんが僕の目の前に立っていた。今日は体育があったけれど、男女別なので瀬戸さんの体操着姿を見るのはこれが初めてだ。

 そういえば、伊織の体操着姿も見たことないな。どんな感じなのだろうか。ちょっと気になる。


「瀬戸さんか、お疲れ様。陽が傾き始めているけれど、黄昏れているつもりはないよ」

「そっか。隣、座っていい?」

「うん、いいよ」


 瀬戸さんは僕の隣にそっと座る。そのときに彼女の汗の匂いが微かに感じられた。この状況を緒方が見たらどう思うだろうな。


「そういえば、沖田君はまだ部活に入るか迷っているんだっけ」

「……うん。昨日は伊織と一緒に茶道部に行って、今日は1人で色々なところに見学しに行ったんだけどね。茶道部と比べたら、いい部活が見つからなくてさ」

「そっか。体育のときに伊織が、茶道部に沖田君が入ってくれたら、もっと楽しくなるのになって言っていたよ。寂しそうにも見えた。でも、沖田君にもやりたいことがあるかもしれないから、他に入りたい部活があるならそこへ入ってほしいって」


 だから、僕が他の部活も見学するって言ったとき、伊織は笑って許してくれたのか。


「……ねえ、瀬戸さん」

「うん?」

「僕、実は……これまでに部活って一度も入ったことがないんだけど、瀬戸さんには女子テニス部に入部する決め手みたいなものってあったの? 特に運動部なんて休日まで活動するところが多いし、練習や上下関係も厳しそうだし。よく考えてから入部するイメージがあるんだ」


 これまでに部活の経験がないから、入部をする判断基準が知りたかった。瀬戸さんは先週から女子テニス部の活動に参加しているけれど、彼女をテニス部へと動かした理由とは何だったのかなって。参考にしたい。


「……沖田君って真面目なんだね、本当に」


 瀬戸さんはクスクスと笑う。


「部活に入ることに大それた理由なんて必要ないと思うよ。必要なのはそれを少しでもやってみたいか。それとも、好きか。そのどっちかがあればいいと思ってるよ」

「じゃあ、瀬戸さんが女子テニス部に入部したのも……」

「うん。きっかけは体育の授業でテニスをやって好きになったから。下手だったけど。テニスが好きだってことを両親に話したら、部活に入っていいって許してくれた。ただ、ひどく疲れたり、辛かったりしたら、しっかりと休むことを条件にね」

「へえ……いい御両親だね。運動部に入ると、よほどのことがない限り部活を優先しなきゃいけないイメージがあるけど」

「なるほどね。でも、中学のとき……私のいた女子テニス部は定期的に休むようになっていたよ」

「そうなんだね」


 どうやら、僕の想像とは違っていたようだ。中にはしっかりと休みを入れる部活もあるようだ。


「ちょっとでもやってみたかったり、好きだったり、興味があったりしたら部活に入っていいんじゃないかって思うよ、あたしは」

「……そうか」

「話が変わるけど、伊織が一緒にいないと寂しいと思える男の子と付き合うことができて良かったよ。寂しいってことは、それだけ好きだっていう証拠だと思うから」


 なるほど、そういう考え方もあるのか。確かに、僕も伊織が隣にいることが自然に思えてきていて。1人になると、伊織のことを考えることが多くなった。それにしても、


「瀬戸さんは友達想いなんだね。そこまで伊織のことを考えているなんて」


 新年度早々、伊織の恋愛相談を訊いて、普段から伊織のことを気に掛けているなんて。伊織が自分の想いを口にしていることからして、瀬戸さんを信頼しているみたいだし。さすがはクラス委員。


「……伊織は大切な友達だからね。気に掛けたくなっちゃうんだよ」


 瀬戸さんはどこか儚げな笑みを浮かべた。教室にいるときはいつも明るい笑顔を見せているのに。まだ、あいつは彼女のこういう一面を知らないんだろうな。


「それで、話を戻すけど、部活の方はどう? 考えはまとまりそう?」

「……瀬戸さんのおかげでまとまりそうだよ」


 茶道部の部員全員を見たわけじゃないけれど、茶道室のあの温かな雰囲気は好きだ。抹茶も美味しかったし、自分で点ててみたいという気持ちもある。多分、それが心にあるから、今日、どの部活を見てもあまり魅力的に思えなかったんだろうな。


「そっか、良かったよ。じゃあ、私はそろそろ練習に戻るね」

「うん。じゃあ、また明日」

「また明日ね」


 瀬戸さんは笑顔で手を振ると、テニスコートの方へと走り去っていった。

 さてと、僕も行くべきところに行くか。

 缶コーヒーを全て飲んで、僕はあるところへと向かう。


「……失礼します」

「ち、千尋? どうしてここに……」


 良かった、茶道室には伊織や浅利先輩、天宮先生がいた。あと、昨日とは違って彼女達以外にも3人の女子生徒がいるけれど。そういえば、浅利先輩以外の部員は女子生徒が3人だから、彼女達は茶道部の部員なのかもしれない。


「迎えに来てくれたの?」

「まあ、それもあるけれど……僕も茶道部に入ろうと思って」


 作法とかあまり分からないけれど、抹茶には興味がある。伊織や浅利先輩達が一緒ならきっとやっていけるだろう。


「ほんと? 本当に千尋も茶道部に入るの?」


 伊織は僕の目の前に立って、上目遣いで僕を見ながらそう訊いてくる。


「うん。茶道のいろはとか、知らないことばかりだけれど。やってみたいなって」

「そっか。嬉しいよ。千尋と一緒に部活ができるなんて」

「……僕もだよ」


 僕は伊織の頭を優しく撫でる。何だかこうしていると、恋人というよりも可愛らしい妹のようだ。


「分かった。じゃあ、入部届を持ってくるから待っててね」


 天宮先生は嬉しそうな表情を浮かべながら茶道室を後にする。

 気付けば、浅利先輩も僕の近くに立っており、美しい笑みを浮かべながら僕のことを見ている。


「伊織さん、そして……千尋君。茶道部へようこそ」

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