第15話『女々に斜陽』

 僕の予想通り、伊織と浅利先輩の他にいた3人の女子生徒は、茶道部に入部している2年生と3年生の部員だった。どの先輩も優しそうな方だったので安心した。

 仮入部期間が終わったら、伊織と僕の歓迎会を開くことに決まった。浅利先輩曰く、とても楽しみにしてほしいとのこと。

 その後、天宮先生が持ってきてくれた入部届に必要事項を書き込み、彼女に提出したことで僕は正式に茶道部に入部した。


「千尋、茶道部にようこそ!」

「……うん。というか、伊織だって今朝、先生に入部届を提出したばかりじゃないか」


 僕にドヤ顔を見せる伊織。どうやら、僕よりも早く入部届を提出したから、伊織は僕の先輩だと思っているようだ。



 午後5時半。

 僕と伊織は一足先に茶道部を後にする。


「まさか、千尋も茶道部に入るなんてね、意外だったな」

「そう? 僕、昨日はそんなにつまらなそうにしてた?」

「ううん、そんな風には見えなかったよ。千佳先輩の点てた抹茶も美味しそうに飲んでいたように見えたし。ただ、前にどこの部活にも入るつもりはないって言っていたから。実は、今日もいくつか部活を見学するときも意外だなって思ったんだよ」

「そっか……」


 部活に入るつもりはないって言ったのが、伊織に告白された直前に言ったから、今でも強く記憶に残っているのだろう。


「ちなみに、どんな部活の見学をしたの?」

「ええと、文芸部、写真部、被服部、昼寝同好会……とか」

「……最後のやつって本当にあるの?」

「うん。見つけたときはビックリしたけど、僕は寝るのが好きだからね。休日はたまに昼寝してるよ」

「そういえば、私の家でお家デートをしたときも、私のベッドでぐっすりと眠っていたもんね」

「……あれは、伊織の匂いが心地よかったから」


 からかわれたので、仕返しにそんなことを言ってみたら、予想通り、伊織は顔を真っ赤にして照れた表情を浮かべている。


「はいはいそうですか! 恋人として嬉しいですよ! それで、どうして茶道部に入ろうと思ったんですか!」


 照れ隠しなのか大きめの声で言ってくる。それがとても可愛らしくて微笑ましい。


「実は、外でコーヒーを飲みながら休憩していたときに、瀬戸さんと会ってさ。僕、これまで部活には一度も入っていなかったから、彼女に相談したんだよ」

「へえ、彩音に相談したんだ。ちょっと嫉妬しちゃうなぁ」


 伊織は不機嫌そうに頬を膨らませる。

 自分にも相談してほしかったのだろうか。それとも、瀬戸さんの言葉が決め手となって茶道部に入部することを決めたと思っているのかな。


「考えを整理するという意味では、瀬戸さんに相談したおかげだけれど、茶道部に入ろうって決めたのは温かい雰囲気と、抹茶にもちょっと興味あったからね。それに、部活は初めてだから、楽しく活動できるところが良くて。伊織が一緒にいるなら、きっと楽しくできるだろうって思ってさ」

「……そうなんだね。ごめん、勘違いしてた」

「気にしないで。勘違いは誰にでもあることだから」


 そう言った瞬間、胸がとても痛くなった。

 勘違い。

 伊織は僕のことを普通の男性だと思っている。寝顔やワンピース姿は可愛いと言っていたけれど。せいぜい、中性的な要素があるとしか思っていないだろう。体は男で、心は女だから……男で合っているし、勘違いしているとも言える。


「どうしたの? 千尋」

「……いや、茶道部に入部したと思った途端に、僕はやっていけるのかなって不安になってさ」

「大丈夫だよ、私も一緒なんだから。私だって茶道は初心者なんだし。むしろ、私よりも抹茶を美味しく飲んでいただけ、千尋の方が何歩も前進しているんじゃない?」

「……そうかな」


 適当に言った嘘だったのに、伊織にこんなことを言われると自然と元気が出るな。抹茶も美味しいと思ったし、僕と同じく初心者の伊織と一緒にやる。彼女と茶道の勉強をしていこう。


「ちょっと千尋。こっちに来て」

「えっ?」


 急に伊織に腕を引っ張られたので、僕は彼女の言う通りにする。


「どうしたの? 伊織」

「しっ、静かにして。……あそこ」


 どうやら、伊織の指さすところに、今の行動を取った理由がありそうだ。

 彼女の指さす方を見てみると、そこには至近距離で見つめ合っている2人の女子生徒がいた。2人とも知らないな。夕陽に照らされて何だかいい雰囲気だ。漫画にありそう。


「ねえ、キスしようよ」

「したいけれど、ここだと誰かに……」

「……大丈夫だって。いざとなれば、抱きしめて誤魔化せばいいし」

「……もう」


 そんなやりとりの後、2人はキスをした。とても幸せそうだ。確かに周りには生徒や先生はいないけれど、僕と伊織がバッチリと見てしまっている。とりあえず、2人が去るまではここでじっとしていた方がいいな。


「よく見つけたね、伊織」

「……至近距離で見つめ合っていたら、キスするかもしれないと思って。私達に見られたことに気付いたら、気まずくなりそうだからね」

「そっか」


 それを一瞬のうちに判断できて、僕に的確な指示を与えることができるんだから、伊織もたいしたものだと思う。

 2人の女子生徒は今もなおキスをしている。たまに声を漏らしていることからして、さっきよりも気持ちが高ぶっていると思われる。

 そんな女子生徒達の様子を見て、僕の体も女の子だったら、ああいう風にキスをしていたのかなと思った。あと、彼女達が羨ましいと思えて。


「女の子同士の恋愛か……」


 はあっ、と伊織は小さなため息をつくと、悲しげな表情を浮かべていた。てっきり、キスの現場を見たので顔を真っ赤にするかと思ったんだけどな。

 そういえば、僕と初めてキスをしたとき、以前にキスをするほどの仲の人がいたって伊織は言っていたな。もしかしたら、その人は女性で、その人とのことを思い出しているのかもしれない。そう思うと、また胸が締め付けられる。


「……伊織」

「うん?」

「僕達もキスをしようか?」

「……あの2人も言っていたじゃない。誰かに見られるかもしれないし……んっ」


 軽く唇に触れる程度だけれど、伊織にキスをした。やっぱり、伊織の唇に触れるとドキドキして、温かい気持ちになるな。

 唇を離すと、伊織は顔を真っ赤にしたり、怒ったりするかと思ったりするかと思いきや、ちょっと呆れた感じで笑顔を見せた。


「……意外と大胆なんだね、千尋」


 ふふっ、と小さな声で笑った。良かった、伊織に笑顔が戻って。

 気付けば、例の2人の女子生徒の姿がなくなっていた。僕達がここにいたことに気付いたっていう理由じゃなければいいけれど。


「もう、千尋ったら。そんなに我慢できなかったの?」

「今日はまだ一度もキスしていなかったから。それに、こういうところでキスをするとドキドキしない? 一回、してみたかったんだ」

「……色々な意味でドキドキしたよ。でも、千尋がそういうことを考えるなんて意外だな。でも、嬉しかったよ。学校でのファーストキス、ありがとね。じゃあ、帰ろっか」

「うん」


 いつも通り、僕は伊織と手を繋いで一緒に下校する。

 それにしても、さっきの伊織の表情……気になるな。以前、付き合っていた人が女性だった可能性は結構高そうだ。伊織曰く、その人とは関係は断ち切ったみたいだけれど、まだ日が浅いなら、ああいう表情をしてもおかしくないだろう。

 僕や瀬戸さん、緒方などと一緒にいて、時間が解決してくれるといいな。伊織の温もりを感じながらそう願うのであった。

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