第16話『子供っぽい副部長』
4月12日、水曜日。
今日も僕は伊織と一緒に学校に登校する。僕達が付き合い始めてから2日も経っているので、周りの生徒も落ち着き始めていた。
「おはよう、沖田、神岡」
「おはよう、伊織、沖田君」
既に教室には緒方と瀬戸さんがいた。何か2人で話していたようだけれど、少しは仲が良くなったのかな? 伊織をチラッと見ると、僕と同じようなことを考えているのかニヤついている。
「おはよう、緒方、瀬戸さん」
「おはよう、彩音、緒方君。2人で何を話していたの?」
「沖田君がどこか部活に入ったのかなって。実は、昨日、部活の休憩中に沖田君と部活のことで話してね」
「それで、瀬戸が俺のところに訊きにきたんだ。まあ、本人に訊けば一発で分かるけれど、どこかに入部したのか予測し合うのも面白いかと思って」
それも本当だと思うけど、瀬戸さんと話したいからっていうのもありそうだ。
「ちなみに、僕が部活に入ったとしたらどこだと思う?」
「文芸部かな。お前、小学生のときからジャンルを問わず本が好きだから」
「あたしは被服部。あのワンピース姿がとっても似合っていたし、自分で服を作って着てみるのかなって」
「……どっちも違うよ」
小説やラノベが好きなので緒方の答えは頷けるけれど、瀬戸さんの答えは……何とも言えないな。僕があのワンピースを着て女装に目覚めたと思われているらしい。
「伊織と同じく僕も茶道部に入部したんだよ」
「へえ、茶道部か」
「茶道部に入ったんだ。ふふっ、きっと決め手は伊織への愛情だね。伊織、沖田君に愛されてるね」
「……じ、自慢の彼氏だよ」
伊織、顔を赤くしながらニヤニヤしているよ。伊織と一緒に部活をしたい気持ちもあるから、瀬戸さんの言葉に否定するつもりはない。
仮入部期間である今週の間、1年生の僕と伊織は自由参加だけれど、今日も放課後になったら、伊織と一緒に茶道室へ行くことに決めた。
あっという間に放課後。
今日は水曜日なので、本来の茶道部の活動日ではないけれど、今週は仮入部期間中ということで毎日活動している。
茶道室に入ると、既に浅利部長と
「お疲れ様です、浅利部長、三好副部長」
「こんにちは! 千佳先輩! 朱里先輩!」
伊織、出会って間もない先輩を下の名前で呼ぶとは。伊織が気さくなのか、僕が堅すぎるだけなのか。
「こんにちは、千尋君、伊織さん」
「やーやー! 今日もおつかれ! 今週は1年生は自由参加なのに、毎日来てくれるなんてとっても偉いね! 千尋君! 伊織ちゃん!」
浅利部長と三好副部長が同学年に見えないのは、見た目だけじゃなくて態度や言動も関係ありそうだ。三好副部長の胸が伊織よりも大きいことが信じられない。
「千尋君。君は今、あたしについて失礼なことを考えちゃっていたよね」
「……何にも考えていませんよ」
浅利部長と同級生だとは思えないくらいに幼くて、可愛いと思っていたから。それは失礼なことじゃないと勝手に思っている。
「なるほど。きっと、千佳と同級生なのが信じられないって考えているんだろうけど、そこは深く訊かないでおこうかな。それが先輩の優しさなのだよ」
三好副部長は眩しい笑みを浮かべている。スバリ言い当ててしまうということは、浅利部長と同い年には見られない自覚があるんだ。
「しかし、千尋君は堅いんじゃ? 入部したばかりで緊張しているのは分かるけど、伊織ちゃんみたいに下の名前で呼んでもらってかまわないのだよ?」
「……それぞれ呼びやすい呼び方があるじゃないですか。そう思いません? 浅利部長」
「どうしてそこで私に?」
「浅利部長は誰に対しても敬語を使っているので」
僕がそう言うと、浅利部長は「確かに!」と言わんばかりのはっとした表情になる。
「そういうことですか。私も千尋君と同じように、この話し方が一番自然で心地よいからです。ですから、初対面の方には堅い人だと思われることは多いですね」
「それでも、千佳はずっと笑顔だからすぐに距離が縮まるよね」
「ですねぇ。よほど失礼な話し方でなければ大丈夫かと。そして、笑顔はとても大切だと思いますね」
浅利部長は僕達に笑顔を見せてくれるけれど……何だろう。彼女に後光が差しているように思える。茶道室の女神様に見えてきたよ。
「千尋は、部活に入るのはこれが初めてらしいですし、きっと緊張しているんですよ。千尋の呼びやすいように呼ばせてあげてください」
「私は別にかまいませんよ」
「あたしは単にからかっただけだからさ! 千尋君が呼びやすいなら副部長でかまわないって。それに、副部長って呼ばれると大人になったような気がするじゃん!」
三好副部長は仁王立ちしてそれなりに大きな胸を張る。今のことでより浅利部長が大人らしく見えたというか。あと、三好副部長は僕のことをからかっていたのかよ。
「そんな副部長から1年生の2人にお願いがあります。2人にはお茶菓子を買ってきてもらおうと思います!」
どうして、三好副部長はドヤ顔で伊織と僕にお願いをするのか。先輩らしい態度を取ることができて嬉しいからかな。
「朱里先輩、お茶菓子というのは金平糖みたいなお菓子ですか?」
「そうだよ。ちなみに、金平糖やおせんべいとか乾いたお菓子のことを、干菓子って言うんだ。ここにある干菓子の在庫が切れかかっていてね」
「あぁ……確かにお菓子が残り少なくなっていますね」
浅利部長は箪笥の扉を開けてそう言う。なるほど、お抹茶のときにいただくお菓子はあそこに保管されているのか。
「まさかとは思いますが、食べていませんよね? 朱里ちゃん」
「そんなわけないじゃん。練習やお茶会のときにしか食べないよ」
「そうですよね。ただ、朱里ちゃんはお菓子が大好きですから、こっそりと食べているかもしれないと思いまして」
「学校でお菓子は食べるけれど、それは自分で買ったものだから」
えっへん、と再び仁王立ちしているけれど、言っている内容が内容なだけに、副部長という風格が全く感じられない。
「どうしたの、朱里ちゃん。1年生部員を前に仁王立ちなんてしちゃって。先輩風を吹かせているの?」
気付けば、天宮先生が茶道室に来ていた。
「これには色々とありまして。それよりも、ここにある干菓子が残り少なくなっているので、千尋君と伊織さんに買ってきてもらおうという話になっていまして。ただ、2人だけだとどういうお菓子を買えばいいのか分からないと思うので、私も一緒に行こうと思います」
「それがいいね。いい機会だから、沖田君と伊織ちゃんには干菓子について勉強してきてもらおうかな。千佳ちゃん、よろしくね。こっちの方は誰か見学しに来たら、副部長の朱里ちゃんと2年生の子と私で対応するから」
「あたし達に任せておいて!」
「分かりました。では、よろしくお願いします」
ということは、今日の茶道部の活動は二手に分かれるのか。干菓子を買ってくる班と、ここで見学しに来た人の対応をする班。
「……このくらいあれば今日は大丈夫だと思う。午後5時半くらいまでに戻ってきてね。あと、領収書を忘れないでね」
「はい。では、千尋君、伊織さん、干菓子を買いに一緒に行きましょう」
「分かりました」
「楽しみだね、千尋」
「……そ、そうだね」
一応、必要なものを調達するという部活動の一環なんだけどな。買い出しという名目でも学校の外に出るのはワクワクするか。
僕は伊織と浅利部長と一緒に買い出しに行くのであった。
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