第6話『魔法にかかったような』

 ――素敵なお友達と一緒なんだね!


 担任の天宮先生が僕達の方に歩み寄ってきた。学校ではスーツ姿だけれど、今は長袖のTシャツにロングスカートというラフな恰好。だからなのか、落ち着きのある大学生のように見える。


「詩織先生もお買い物ですか?」

「うん。私は本屋とかアニメショップに行くつもりなんだけどね。ここのお店にお客さんがたくさんいるのが見えたから、何かあるのかなと思って来てみたの。そうしたら、お友達と一緒にいる伊織ちゃんを見つけてね」

「そうだったんですか」

「それにしても、そのワンピース姿可愛いわね! お友達と一緒の服を買うの? ……って、あれ? こちらの背の高いボーイッシュな彼女……どこかで見たことがあるような。うちのクラスの沖田君に雰囲気が似ている気がするけれど」


 さすがは担任だけあって、今のワンピース姿でも僕なんじゃないかと疑っている。


「……驚かないでくださいね、詩織先生。こちら、その沖田千尋君なんです」

「ええええええっ!」

「あと、千尋と私……昨日から恋人として付き合うことになりました」

「えっ!」


 僕達が付き合うことよりも、伊織と一緒にいるワンピース姿の人物が僕だったことの方が驚いていたように思えるのだが。気のせいかな。そう思っておこう。


「沖田君に女装という趣味があったなんて。しかも、かなりクオリティが高い」


 女装ねぇ。体単位で考えれば女装だけれど、心は女なので女装と言えるかどうか。何にせよ、変に思われていないだけいいか。


「いえいえ、これは千尋の趣味ではなく、店員さんが似合うんじゃないかとオススメしてくれまして。せっかくだから、一度ペアで着てみようってことになったんです」

「そういうことだったのね。確かに、沖田君ってイケメンだけど、美しいもんね。綺麗でボーイッシュな見た目の女性もいるから、店員さんも似合うと思ったんだろうね」


 天宮先生まで僕を美しいと思っていたのか。僕自身、美しいと思ったことは一度もないんだけれどな。他の男子と比べて腕や脚の毛がかなり薄くて、肌が白いのは認めるけれど。


「じゃあ、沖田君の趣味じゃなくて特技なんだ」

「そうなりますね」


 本人を抜きにして、女装が僕の特技であると勝手に結論づけないでほしい。レディースの服に興味を持っているけれど。


「綺麗で可愛いね、沖田君」

「どうもありがとうございます」

「うん、話してみると沖田君だ。もし、沖田君が女の子だったら私……恋しちゃっていたかも」


 頬をほんのりと赤くし、輝いた目で僕を見る天宮先生。


「伊織っていう恋人の前で何を言っているんですか。あと、あなたは教師でしょう」

「ふふっ、ごめんね。でも、沖田君は男の子だからそんなことを言ったんだよ。あと、実は私……レズビアンなの。大学は女子大だったからパラダイスだったな。大学時代は女の子と付き合っていたんだよ。就職を機に離ればなれになって、しばらくして別れたけれど」

「へ、へえ……そうなんですね。世の中、同性が好きな方もいますよね。それは素敵な恋の一つだと思います」


 性別関係なく、どんな人に対して好意を抱く権利はある。ただ、結婚になると、血縁など法律で禁じられている場合もあるけれど。


「先生にそんな経験があったんですね」


 伊織、あまり元気がなさそうだけど、大丈夫かな。


「昔話をしちゃったね。もちろん、今は教師としてしっかりと生徒に向き合っていくから。手を出したりすることは……しないから。たぶん」


 さっき、僕が女の子だったら恋をしちゃっていたかもしれないと言っていたけれど。天宮先生とは出会って間もないけれど、今は先生を信じることにしよう。


「ごめんね、デート中だったんだよね」

「いえいえ、気にしないでください。それに、千尋と付き合っていることは、詩織先生にもいずれは知られると思ったので」

「ふふっ、そっか。じゃあ、私はこれで。教師として言うなら、高校生らしい節度をもった交際をしてね」

「はーい」


 天宮先生はそう言うと、お店を後にした。きっと、本屋やアニメショップに向かうのだろう。もしかしたら、また後で再会するかもしれないな。


「まさか、詩織先生と会っちゃうなんて。もし、この姿を先生に見られたのが嫌だったら謝るけれど……」

「ううん、気にしないでいいよ。先生も可愛いって言ってくれたから」


 それよりも、天宮先生がレズビアンだったことの印象が強いけれど。


「さっ、そろそろ着替えよう。これ以上、色々な人に見られるのは恥ずかしい」

「そうだね」


 伊織は僕の手を引いて一緒に試着室に入ってしまう。試着室の中には伊織が今日着てきたワンピースが置かれていた。


「ご、ごめん! 千尋が女の子みたいだから、つい手を引いちゃった」

「ううん、気にしないで……って、伊織?」


 伊織は僕のことをぎゅっと抱きしめてきた。互いにワンピースということもあって、昨日よりも温もりが伝わっている。


「……ねえ、千尋」

「うん?」

「さっき、詩織先生がレズビアンで、もし千尋が女の子だったら恋をしていたかもしれないって言っていたから、心がざわついちゃったの」

「そっか」


 後日、天宮先生に僕の方から注意しておこう。


「でも、千尋は女の子同士で恋愛してもいいって言っていて。そうしたら、千尋が女の子みたいに思えてきちゃって。お揃いのワンピースを着て、カチューシャを付けている千尋が可愛いからかな」

「きっとそうだと思うよ」


 それに加えて、体の中に女性の心があるからなんだと思う。ワンピースを着て、カチューシャを付けたことで一時的に本当の女の子になった気がしたんだ。


「何だか、今の千尋を見てもっと好きになったよ。ねえ、千尋。今の可愛い千尋にキスしてもいいかな?」

「いいよ。でも、ここは試着室だから一度だけだよ」

「うん」


 伊織の方からキスをしてきた。

 心なしか、昨日のキスよりもちょっと甘く感じられた。ワンピース姿になって、伊織と2人きりだから、女の子としてキスをしているような感じがするからかな。


「ありがとう、千尋」

「うん」

「何でだろうね。キスしたら、女の子みたいな甘い匂いがしたんだ」

「まさか、そんなことがね……」


 笑顔で言われてドキッとした。女性だと感付いているんじゃないかという痛みと、心にある自分を見てくれているのかという快感が混ざっていた。こんな感覚は初めてだ。


「きっと、同じワンピースを一緒に着て、私と2人きりで試着室にいるからなんだろうね。だから、魔法にかかったのかも……なんてね」


 ふふっ、と伊織は無邪気に笑う。

 案外、伊織の言っていることは当たっているかもしれない。ワンピースを着て女の子になったような気がしたから、その影響で女性らしい匂いを出しているのかも。


「そういえば、ここ、さっき私が着替えたところだね。早く着替えないと他のお客さんに迷惑掛けちゃうね」

「そうだね。じゃあ、僕は隣の試着室に戻って着替えてくるから」

「分かった。私、このワンピース買うね。千尋は?」

「……買わないよ。伊織との写真があれば十分だから。後で送ってくれるかな」

「ふふっ、そっか。了解です!」


 伊織はいつもの可愛らしい笑顔を見せてくれる。

 僕は隣の試着室に戻る。

 ワンピース姿の自分だけの写真は撮っていなかったので、鏡に映った自分の姿をスマホで撮影した。ちょっと変な感じになっちゃったけれど、鏡に映っている自分だしそれはご愛嬌。

 自分の服に着替え、試着室を出たところで僕は店員さんにワンピースとカチューシャを返した。そのときに素晴らしい姿を見させてもらったと感謝されてしまった。

 伊織がワンピースを買い、僕らは洋服屋さんを後にしたのであった。

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