第1話『春よ恋』
4月7日、金曜日。
教室の窓から見える雲一つない青空のように、高校での新生活は特に問題なくスタートすることができていた。
今週はずっとオリエンテーション期間なので、授業はまだ始まっていない。クラス委員などの委員になることもなく、特に興味のある部活はないから……終礼が終わったらすぐに下校する。
今日も残りは終礼だけ。担任の先生は用事があるそうで、一旦、職員室に戻っている。
「沖田はどこの部活にも入らないのか? 金曜日だし、どこか見学でもすればいいんじゃないか?」
「僕は別にいいかなって。興味のある部活も今のところはないし。緒方は?」
「今は仮入部期間だけれど、俺はもちろんサッカー部。今日も行くよ。それに高校の目標はインターハイ出場だからな」
「そういえば、中学のときにそんなこと言ってたな。それにしても、クラス委員もやって、サッカー部にも入って……さっそく充実した高校生活を送っているよな」
「ははっ、どっちもやりたいからやっているんだよ」
「……高校に入学しても変わらないな、緒方は」
僕の小学校時代からの親友であり、初めて同じクラスになってから今年までずっと一緒だ。緒方と沖田という苗字の関係もあってか、新年度は必ずと言っていいほど俺の席の前は彼になる。
「どこの部活や委員会に属さないのは沖田らしいな」
「部活は興味ないし、委員会は……面倒だからね。もちろん、これまで通り、何かあったときにはお前のサポートをするよ」
「そのときはよろしく頼むぜ」
「ああ」
と言っても、緒方のサポートをする機会は1年のうちに数えるほどしかないけれど。
それにしても、僕とは違って運動部に入り、クラス委員まで率先して引き受けるんだから見た目も心もイケメンだ。男だったら唯一、付き合ってもいいかなって思ってる。そんなことは絶対にないけれど。
「でも、今年は沖田の手助けは必要ないかもしれない。女子のクラス委員……瀬戸は凄くしっかりしているみたいだから」
「ああ……瀬戸さんか」
僕らのいる1年3組の女子生徒だ。ワンサイドアップの茶髪がよく似合う美人で可愛らしい女の子。今も彼女は女子達に囲まれているけど、頼りがいのありそうなオーラが見える。背も高く、スタイルも良さそうなので女子からも憧れられるタイプかな。
あと、気のせいかもしれないけれど、瀬戸さんと彼女の周りにいる女子達がチラチラとこっちを見てきているような。
「……彼女と一緒なら何とかなるんじゃないか」
「そうかもな」
緒方、ちょっと嬉しそうな笑みを浮かべているな。彼女に気があるのかな。もし、委員長同士付き合ったら面白そうだ。美男美女カップルでお似合いだと思う。
「そういえば、女子から聞いた話によると、瀬戸は女子寮に住んでいるらしい。実家はここから結構遠いんだってさ」
「へえ……」
瀬戸彩音っていう名前、高校に入学するまで聞いたことがなかったけれど、上京してきた生徒だったのか。この白花高校は有名大学への進学率が高く、寮もあるから、彼女のように高校入学を機に上京してくる生徒もそれなりにいるらしい。
「ねえ、沖田君。今日も一緒に帰ろうよ。2人きりで」
「うん、分かった。神岡さん」
「……ありがとう」
高校に入学するまで聞いたことがない名前といえば、
ただ、僕の自宅から1分も歩かないところに彼女の家があり、それが分かってからは彼女と一緒に登下校をしている。彼女はここ白花市にまだ慣れていないから。
出席番号順の関係もあって、神岡さんは僕の後ろの席。中学までは出席番号は男子、女子の順だったけれど、白花高校では男女混合なのだ。
「今日も2人は一緒に帰るのか。仲いいな」
「べ、別にそんなことないよ、緒方君」
顔を赤くして窓の方に顔を向ける神岡さん。その際に、彼女のセミロングの黒髪がひらりと揺れ、シャンプーの甘い匂いをほのかに感じた。
「……で、実際のところはどうなんだ?」
緒方は穏やかに笑いながら問いかけてくる。
「どうなんだ、って言われても。家も席もご近所さんなクラスメイトとしか……」
そうとしか言いようがない。
あとは、神岡さんが気さくで可愛らしい女の子で良かったな……と。変人だったら、どう接すればいいのかちょっと悩んでいたかもしれない。
「なあに、今日も伊織は沖田君と一緒に帰るの?」
気付けば、瀬戸さんが俺達のところにやってきていた。入学して数日ほどだけど、瀬戸さんと神岡さんはかなり仲がいいなと思う。
「ご近所さんだからね。近所付き合いは大事なことだと思うの。それに、クラスメイトの男子が側にいると心強いからね」
「ふふっ、そうなんだ。でも、沖田君はかっこよくて美しいから、男女問わず目を付けられちゃうかもね」
「……そんなことないと思うけどな」
体は男で心は女だから、今の瀬戸さんの言葉が冗談には聞こえない。自分ではかっこいいかどうかも、美しいかどうかもさっぱり分からないよ。
「今ね、沖田君と緒方君のどっちがかっこいいかって話していたんだよ。2人がツートップなのは間違いないけれど、一番はどっちなのかって」
「高校でもその話をされるんだな、沖田」
「……そうだったっけ? そういうことにはあまり興味ないから忘れてたよ」
ただ、思い返すと、緒方とはずっと同じクラスだから、毎年そんな話を一度はされたな。
「結論が出ないから、沖田君と緒方君の2人が付き合えば一番いいって話になったんだ」
「ははっ、それも中学までの間にも何度か聞いたよな、沖田」
「……勝手に緒方と僕をくっつけないでほしいよ」
男同士の恋愛が好きな女子もいるみたいだし。実際の人間で妄想してもらってもかまわないけれど、できればそれを本人達に言わないでくれると有り難い。
「妄想はいいと思うけれど、実際に話すのは2人に……め、迷惑なんじゃないかなって思っちゃうんだな!」
神岡さんは頬を赤くして、普段よりも少し大きめの声でそう言った。僕の思っていることを代弁してくれるなんて、神岡さんはとてもいい女の子だ。
「ふふっ、確かにそうね。特に伊織にとっては。もう、伊織ったら……だからって顔を赤くしながら大声出しちゃって」
「あううっ……」
神岡さんは恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして、そのまま机に突っ伏してしまう。そんな彼女のことを瀬戸さんは優しい笑顔をしながら見ている。
「はーい、みんなお待たせ! さっさと終礼をしちゃいましょう!」
担任の
天宮先生の言うとおり、さっさと終礼が終わると、僕は約束通り、神岡さんと一緒に下校することになった。
「今週も終わったね、沖田君」
「そうだな。授業がなかったから楽だったね」
「……うん。来週からは大変になるかもね」
「ははっ、まあ……不安になっても仕方ないよ。それに、神岡さんだって入試に合格して入学したんだから、きっと大丈夫だと思うよ」
「沖田君がそう言ってくれると、大丈夫かもって思えるよ」
「それは良かった」
結局は気持ちの持ちようだし、それに……意外と何とかなるものだと思う。分からなかったら友達や先生に訊けばいいし。
「そういえば、沖田君はどこにも部活は入らないの? 彩音は女子テニス部で、緒方君はサッカー部。私は……茶道部に入ろうかなって思ってるけど」
「……僕はどこにも入らない。放課後は自分の時間を過ごすつもりだよ」
個人的に、環境が変わったばかりで部活や委員会までこなせる自信がない。放課後は自由に過ごしたいというのが一番の本音だ。高校生活に慣れたら、バイトするのもいいかなと思っているけど。
「……そっか。そう言われると、一緒に茶道部に入ろうって誘えない……ね」
「えっ?」
神岡さんはすっと立ち止まり、終礼前のときのように顔を真っ赤にする。ただ、あのときと比べて、真っ赤な顔に笑みが浮かんでいた。
「……でも、沖田君と一緒にいたいの」
「神岡、さん……?」
神岡さんは真剣な表情になり、僕をじっと見つめて、
「沖田君のことが好きです。私と……付き合ってくれませんか」
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