第40話『サンデート』
4月23日、日曜日。
ゆっくりと目を覚ますと、見慣れない天井が見える。伊織の家に泊まるのは初めてだからか、旅先での目覚めのような感覚だ。
薄暗い中、壁に掛かっている時計を見ると、時刻が午前9時近くになっていた。
昨日は樋口さんと決着を付けるために黒川市まで行ったし、家に帰ってからは伊織とたくさんイチャイチャしたから、この時間まで寝ちゃったんだろうな。ただ、そのおかげかとてもいい目覚めだ。
「んっ……」
伊織は僕の腕を抱きしめながらぐっすりと眠っている。なので、伊織からは優しい温もりが伝わってくる。あと、彼女の寝息がくすぐったい。
「千尋、女の子になってるね」
えへへっ、と伊織は笑っている。どうやら、夢の中に出てくる僕は体も女の子になっているのか。
そういえば、最近見た夢の中での僕も、体が女の子になっていたな。そのときも伊織は僕の体に触れていたっけ。
「まったく、夢の中でもスキンシップが激しいんだから、伊織は」
思わず突っ込んでしまった。
ただ、昨日の夜……伊織とあんなにたくさんイチャイチャしたから、伊織がそういう夢を見てしまうのは当然なのかな。
「んっ……」
伊織はゆっくりと目を覚ました。僕と眼が合うとニッコリと笑って、
「おはよう、千尋」
静かにそう言った。その姿があまりにも可愛くて、僕は伊織にキスした。裸の伊織とキスをしたら、昨日の夜のことを鮮明に思い出してしまい、体が熱くなっていく。
「やっぱり、千尋は千尋だね」
伊織は僕の胸を触ってくる。
「そんなことを言うのは、夢の中に出てきた千尋の体が女の子になってね。そんな千尋と色んなことをしたんだ」
「そうだったんだね」
「きっと、昨日の夜に千尋と最後までしたから、その影響なんだろうね。ふふっ、千尋の体が女の子だったら、どういう風にしていたのかな」
伊織は楽しそうに話す。僕がもし体も女の子だったらっていう好奇心が、その夢を見させたんだと思う。
「もちろん、今の千尋が大好きだよ」
「それはどうも」
「あっ、もしかして……男の体のままがいいって言ったのは、私と最後までしたから?」
「……それも理由の1つではあるかな」
正直に言ってしまったけれど、伊織に厭らしい人間だと思われないかどうか心配だ。
もちろん、この男の体が好きだというのが一番の理由だ。あとは、伊織が好きだと自覚してから、伊織との子供ができたら嬉しいと思っているし。
「ふふっ、そっか。正直でよろしい。もちろん、千尋の気持ちが第一だけれど、私もこれまで通りでいてくれると嬉しいかな」
「そう思うのは、昨日の夜にたくさんしたから?」
「そ、そうだよ」
頬をほんのりと赤くし、照れくさそうにする伊織。
「ははっ、僕と同じだ。それでも、気持ちが重なっていて嬉しいよ」
「私も。でも、女の子の体になった千尋もきっと素敵だと思うよ。それに、どんな体になっても、千尋が好きだっていう気持ちは変わらないからね」
「……ありがとう」
伊織と少しの間見つめ合った後、彼女とキスをする。今一度、気持ちを確かめ合ったからか、いつもよりも優しく感じられる。
――プルルッ。
うん? スマートフォンが鳴っているのかな。
テーブルの方を見てみると、僕のスマートフォンが鳴っていた。確認してみると、発信者は『緒方京介』になっていた。
「緒方からか。……おはよう、沖田だけど」
『おはよう、緒方だ。今、大丈夫か?』
「うん。つい10分くらい前に起きたところだよ」
『そうか。朝からすまないな。実は……昨日の夜、瀬戸のことをデートに誘ったんだけれどさ、どこに行こうかずっと悩んでいて』
「デート……って、お前……瀬戸さんと付き合うことになったのか?」
「えっ、彩音って緒方君と付き合い始めたの?」
どうやら、伊織は瀬戸さんと付き合う、という僕の言葉に反応したようだ。今の反応だと瀬戸さんから伊織にメッセージは送られていないのか。
『瀬戸とは付き合ってないよ。まあ、今日のデート次第では彼女に告白したいと思ってる。それよりも、神岡の声が聞こえたような気がしたんだけど』
「ああ。実は昨日……伊織の家に泊まったんだよ」
『そうか。それなら、神岡からの意見も聞きたい。俺、デートの経験が全然ないし、瀬戸と親友の神岡なら、彼女が喜びそうな場所を知っているかもしれない』
「なるほど。伊織、瀬戸さんとのデートのことで緒方に助言してくれないかな」
僕はスピーカーホンにしてスマートフォンを枕の上に置く。
「緒方君、彩音にデートを誘ったんだ」
『ああ。今の話を聞いていたかもしれないけど、デートというデートを全然したことがなくてさ。何か瀬戸の好きなことを教えてくれると嬉しい』
「そっか、なるほどね。彩音は服も好きだし、甘いものも好きだし、本も好きだし、アニメも好きだし……あと、意外にゲーム好きなんだよ。彩音と一緒に受験勉強をしていたとき、たまに気分転換でゲームやってたし」
『へえ、それは意外だな。俺と沖田も小学生のときにはよくやったよな?』
「そ、そうだね」
でも、緒方はかなり上手だったから、負けることが多かったな。僕もゲームは好きだからそれでも結構楽しかったけど。
それにしても、瀬戸さんもゲームが好きだったとは。伊織もやっていたって話だから、いつかは4人でやりたいな。
「話は戻るけど、私は駅前のショッピングモールがいいと思うな。きっと、彩音もあまり行っていないと思うし、あそこなら色々なお店が揃っているでしょ? 私も千尋とデートしたとき、凄く楽しかったから」
『なるほど。確かにあそこなら色んな店があるし、引っ越してきたばかりの瀬戸もあまり行っていないだろうな』
「うん。私も彩音と遊びに行ったときは、適当に歩いて良さそうだったり、興味があったりするお店に入ってみるって感じだったし」
『そっか、分かった。神岡のおかげで瀬戸と行ってみたい店も思い浮かんだし、ショッピングモールに行ってみるよ。2人とも、ありがとう』
「うん、緒方君、頑張ってね」
「瀬戸さんと一緒に楽しんできて」
『ああ。じゃあ、またな』
そう言って、緒方の方から通話を切った。
伊織に絶交宣言をされたあたりから、緒方は瀬戸さんの側にいることが多くなったし、昨日も2人で楽しそうに話していたときもあった。だから、瀬戸さんも緒方からのデートの誘いを受けたのかも。
「ねえねえ、千尋。私達もショッピングモールに行ってみる?」
「……2人の様子をこっそりと見に行きたいだけでしょ?」
「バレちゃったか」
あははっ、と伊織は楽しそうに笑っている。
「伊織の気持ちも分かるけれど、緒方だったら上手くやると思うよ。告白できるかどうかは別にして、瀬戸さんと一緒に楽しい時間を過ごすんじゃないかな」
「それは言えてるかも。じゃあ、私達は家でゆっくりしよっか。お家デート。うちの両親は夕方に帰ってくるみたいから、それまでにまた千尋としたいなぁ」
「……イチャイチャするのが好きになった?」
「……うん」
伊織は笑顔で頷いた。こんなにも伊織がイチャイチャ好きだったんて。出会った頃には想像もつかなかった。こういう姿を僕以外には見せてほしくないな。
「じゃあ、今日はお家で色々なことをしようか」
「うん!」
今日はお家デートということで、家からは出ずに伊織と2人きりでとても気持ち良く、とても楽しい時間を過ごすのであった。
夕方に僕は緒方から、伊織は瀬戸さんからメッセージが届いた。
どちらも内容は共通していて、今日のデートは楽しかったそうで。そして、緒方の方から瀬戸さんに告白し、2人は付き合うことになったとのこと。
緒方とは長年の付き合いだし、彼が瀬戸さんを好きだと知っていたのでとても嬉しくなったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます