エピローグ『僕が僕であること』
4月24日、月曜日。
今日も天気は快晴か。日差しがだいぶ強くなってきた。雲一つないこの青空のように今週は明るく、そして穏やかな1週間になるといいな。
今週が終われば、ゴールデンウィークに突入する。伊織と2人でどこかに行きたいと思っている。彼女と相談しながら予定を立てていくか。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
さてと、今週も授業や部活を頑張ろう。
玄関を出ると、家の門の所に制服姿の伊織がいた。僕のことを見つけると、すぐにニッコリと笑みを浮かべ僕に手を振ってきた。
「おはよう、千尋」
「うん。おはよう、伊織」
挨拶を交わすと、伊織は僕にキスをしてくる。いきなりだったからビックリした。でも、今のキスで今週も頑張れそうな気がして。
「えへへっ。これからは学校に行くときにキスをするのを日課にしよっか」
「それもいいかもね。道端でするのは恥ずかしいけれど」
「確かに。どこがいいかは試行錯誤しながら決めよう。じゃあ、学校へ行こっか」
「ああ」
僕と伊織は手を繋いで学校へと向かう。
こうして学校に行くのは今日が初めてじゃないけれど、土曜日にずっと一緒にいようと約束したからか、新鮮な気持ちでいっぱいだ。
「そういえば、千尋。今週が終わればゴールデンウィークだよね」
「ああ。2人でどこか遊びに行きたいって思っているんだけど」
「私もそう思っていたよ!」
正確には来週の月曜日と火曜日は学校があるけれど、月曜日はクラスの親睦を深めることが目的の日帰り旅行で、火曜日は白花駅近くの市民ホールでミュージカルを観劇する予定になっている。水曜日からは連休になるため、今週の授業が終わったら、次の授業は再来週の月曜日になる。
「連休中のことについては、今日の放課後に考えようか。今日は部活ないから」
「そうだね。ゴールデンウィークが楽しみだなぁ」
伊織、さっそく考えているのか楽しそうな表情を浮かべている。お互いの家が徒歩1分もかからないところにあるし、互いの家に一緒に泊まるのもありかもしれない。放課後になったら、それを提案するか。
僕らは学校に到着する。
カミングアウトの内容が広まってから日にちが浅いので、まだ僕のことをジロジロと見てくる生徒はいる。ただ、先週とは違って嫌悪感のありそうな生徒はいない。
「千尋、あそこ……彩音と緒方君じゃない?」
「あっ、本当だ」
1年3組の教室前ではおどおどとしている瀬戸さんと、そんな彼女の側で優しい笑みを浮かべながら立っている緒方の姿があった。
「あっ、おはよう、沖田、神岡」
「おはよう、緒方、瀬戸さん」
「おはよう、緒方君に彩音。2人ともどうしたの?」
「金土日と休んで、今日からは登校できるかもって彩音が言うから、俺と一緒にここまで来たんだ。だけど、やっぱり教室に入るのが恐いみたいで」
「ごめんね、京介」
「気にするな」
なるほど、緒方と一緒なら登校できるかもしれないと思ったけれど、教室に入るのはさすがに恐いのか。あと、付き合うことになったからか、緒方と瀬戸さんの呼び方が変わったな。
「なるほどね、分かった。彩音、私と一緒に教室に入ろうよ。じゃあ、深呼吸しようか」
「……うん。すー、はー」
「いいね、彩音。じゃあ、行くよ!」
そう言うと、伊織は瀬戸さんの手を引いて教室へと入っていく。
「みんな、おはよう! 彩音とはお休みの間に話し合って、仲直りしてまた親友になったんだ! 千尋のカミングアウトを漏らしたことについても話はついているもんね」
「ああ、そうだ。円満に解決したよ」
「そういうことでみんなよろしくね!」
僕のカミングアウトの内容を漏らしたこと。
伊織に絶交宣言をされたこと。
それらが瀬戸さんへの非難の原因なのだから、それは既に解決したとみんなに伝えればいいと伊織は考えたのか。
その想いの通りになったのか、クラスメイトからの非難の声が聞こえなくなった。最初こそはぎこちなく話していた瀬戸さんも、段々といつも通りの明るい笑みを浮かべ元気に喋るようになった。
「中学時代のときは彩音ちゃんが伊織ちゃんを助けたけど、今度は伊織ちゃんが彩音ちゃんを助けたのね。それは樋口さんとの決着を付けられた証なのかも」
天宮先生が僕達のところにやってきてそう言った。瀬戸さんのことがあってか、今日も先生は早めに教室に来たのかな。
「凄いな、神岡は。俺もいつかはそうなれるように彼氏として頑張らないと」
「……頑張れよ」
「あらあら、クラス委員同士で付き合うことになったのね。お似合いだと思うよ。土曜日も2人は楽しそうにしていたし」
ふふっ、と天宮先生は穏やかに笑う。もしかしたら、先生は土曜日に黒川市を観光している時点で、2人がこうなると見抜いていたのかも。
「そういえば、沖田は……これからどうするんだ?」
「これからって?」
「……男と女、どっちで生きていくとか」
「ああ、そのことか。今まで通り、体は男で心は女として生きていくよ。まあ、周りの生徒も体と心の性差を知っちゃったから、色々と考えるところは出てくるだろうけど。そのことで緒方達には迷惑をかけてしまうかもしれない」
そう説明すると、緒方達は笑顔を浮かべながら頷いた。
「分かった。男子生徒として俺もサポートしていくよ」
「ありがとう」
「じゃあ、次の職員会議で今、沖田君が言ったことを報告するわね。基本的にこれまで通りに学校生活を送っていきますって」
「はい、よろしくお願いします」
「先生もできるだけサポートしていくね」
僕はこれまでと変わらずに生きていくという選択をした。僕に対する周りの生徒の認識が変わってしまったから、それはとても難しいかもしれない。
それでも、大好きな伊織や親友の緒方、僕らを側で見守ってくれている瀬戸さんや先生達がいれば大丈夫だと信じるしかない。そう想いながら、今週の学校生活がスタートするのであった。
昼休み。
土曜日にデジカメで撮影し、現像した写真を見せるために、浅利部長と三好副部長が僕達のところに遊びに来た。
写真撮影が好きだということだけあって、浅利先輩が撮った写真はどれも素敵な場面を写していた。色々とあったあの1日のことを鮮明に思い出させてくれる。
「あっ、これ……あたしと京介のツーショットだ」
「ああ、可愛く撮れているな」
付き合い始めたことをきっかけに、急激に2人がラブラブになったのが伝わってくるけど、緒方と瀬戸さんだと爽やかな印象を抱くのはなぜだろうか。
「千佳先輩、写真撮るのが上手ですね」
「ふふっ、ありがとうございます」
「上手いよね。このクレープの写真があたしは好きかな。……そういえば、うちの学校、写真部もあるのに、千佳ちゃんは茶道部だけにしか入部していないよね」
「茶道は部活でもやりたくて。写真の方は本当にプライベートで、いいなと思った瞬間をデジカメやスマートフォンで撮影したいのです」
「あらあら、嬉しいことを言ってくれるのね、千佳ちゃん。先生はとても嬉しいわ」
いい写真ね、と天宮先生は楽しそうに写真を眺めている。というか、最近の先生は神出鬼没だな。
「写真好きの千佳先輩のお気に入りの写真ってどれなんですか?」
「この写真の中で特にお気に入りなのは……これですね」
たくさんある写真の中から、浅利部長が選んだのは僕と伊織が笑顔で手を繋いでいるツーショット写真だった。
「千尋とのツーショット写真ですね!」
「伊織、とても可愛いな」
「千尋こそかっこいいよ」
「ふふっ、お二人はとても素敵な方達です。それは出会ったときから思っていました。そんな2人をよく表していると思うのですよ。樋口さんとの一件を解決したことによって、まるで心の中に花が咲いているようで。そして、今のお二人はこの写真のとき以上に素敵な笑顔になっていますよ。きっと、お二人の心に咲く花は枯れてしまうことなく、美しく咲き続けることでしょう」
浅利部長は美しく、可愛らしい笑みを浮かべながらそう言った。
自分では気づかなかったけれど、僕……こんな風に笑っていたんだな。伊織やみんなと一緒にいて、こんなに笑うことができていたんだ。
この写真のとき以上の笑みを見せることができているのなら、きっと大丈夫だ。このまま生きていくという決断は間違っていないと思う。
「伊織」
「うん? どうしたの?」
「……伊織のことが大好きだなって改めて思ってさ」
「ふふっ、そっか。私はいつも千尋のことが大好きだって思ってるよ」
「ありがとう。ずっと側にいてね」
「もちろん! ずっと一緒だよ!」
伊織はみんなの前で僕にキスをしてきた。ちょっと恥ずかしいけれど、幸せな気持ちになれるからいいか。
僕が僕として生きること。
僕が最も好きで愛している伊織が、それを受け入れてくれたことが何よりも嬉しくて。伊織と一緒だったら、どんなことが起こっても乗り越えられるような気がする。
そんなこと考えていると、どこからか甘い匂いが香ってきた。それはもしかしたら、浅利部長が言った僕や伊織の心に咲いている花の匂いなのかもしれない。
『心に咲く花』 おわり
心に咲く花 桜庭かなめ @SakurabaKaname
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