第12話『茶道部の姫』

 高校最初の授業の日は6時間目まであったので結構長く感じた。

 といっても、初回の授業ということもあってか、どの科目も担当教師の自己紹介、学生時代中心にこれまでの思い出話、科目内容の大まかな説明をしてくれたのでどれも楽しかった。

 ちなみに、緒方が瀬戸さんに興味を抱いていると知ったからか、伊織が瀬戸さんをニヤニヤしながら見ることが多くなった。瀬戸さんに感付かれるんじゃないか?

 ただ、瀬戸さんはそのニヤケが僕と付き合ったことによるものだと思っており、休み時間に伊織へ僕との惚気話を訊いていた。これなら、瀬戸さんに感付かれる可能性は低そうだな。



 放課後。

 緒方はサッカー部、瀬戸さんは女子テニス部へと行った。2人とも、今はそれぞれ仮入部をしており、このまま入部する予定だという。

 ちなみに先週、新入生歓迎会で部活紹介をしていた。まだ今週は仮入部期間で、部活によっては見学だけでもかまわないという。この前、伊織には部活に入る気はないと言ったけれど、どこか1つくらいは部活の見学をしてみようかな。


「ねえ、千尋。私、これから茶道部へ見学しに行こうと思っているんだけど、千尋はどうする?」


 そういえば、告白される直前に伊織は茶道部に入るかもって言っていたな。僕を誘おうと考えていたんだっけ。


「じゃあ、僕も一緒に茶道部に見学をしに行っていいかな。新入生歓迎会のときは、興味のある部活はなかったけれど、見学したら気持ちが変わるかもしれないし」


 それに、茶道部に行けば抹茶を飲めそうだから。コーヒーほどではないけれど、日本茶も好きなのでたまに飲んでいる。


「じゃあ、一緒に行こう!」

「うん」


 僕は伊織と手を繋いで一緒に茶道部の部室へと向かう。その間も、この時期に男女で手を繋いでいるからか、僕らを見てくる生徒は多い。


「何だか、すっかりと有名カップルになっちゃったね」

「そうだね。1年生のこの時期から付き合っているのって珍しいのかな?」

「それはあるかもね。あとは、単にカップルを見てみたいとか」

「ははっ、なるほどね」


 僕としては、伊織と静かに過ごしたいけれど、学校でそれは贅沢な考えか。

 茶道室に到着したので、僕と伊織はさっそく茶道室の中に入っていく。


「お、お邪魔します!」

「失礼します」


 茶道室の中、とても静かだな。白いカチューシャを付けた黒髪のロングヘアの女子生徒が1人いるだけだ。確か、あの女子生徒……新入生歓迎会の部活紹介で、この茶道部の説明をしていたような気がする。

 あと、僕のイメージ通り、学校でも茶道室は畳が敷かれているんだな。


「茶道部の見学ですか?」


 僕達を見ながら、黒髪の女子生徒さんがそう言ってきた。落ち着いた綺麗な声だなぁ。癒やされる。彼女のような声をアニメで聞いた気がする。


「は、はい! そうなんです! 私、1年3組の神岡伊織といいます!」

「同じく1年3組の沖田千尋です。彼女に誘われて、見学をしに来ました」

「……そうですか。とても嬉しいです」


 黒髪の女子生徒さんは僕らに美しい笑みを見せてくれる。彼女が畳の上に立っているからかもしれないけれど、彼女がとても高貴な存在に思えた。


「申し遅れました。私、茶道部部長の3年1組・浅利千佳あさりちかと申します。よろしくお願いいたします」


 浅利先輩は僕達に向かって深くお辞儀をする。落ち着いていて、1年生にも丁寧な言葉を使って……まるで財閥の令嬢のようだ。


「何だか、和服が似合いそうな方だよね、千尋」

「そうだね。和服美人って感じかな。家では浴衣とか着ていそう」


 そう思うのは畳のある茶道室にいるからかもしれないけれど。ただ、彼女の美しさを前にすると、どこにも視線を動かせず、こういう美しさを持ちたいという憧れのような気持ちを自然と沸き立たせる。


「……ふふっ、聞こえていますよ」

「す、すみません! つい思ったことが口に出てしまって……」

「いえいえ、かまいませんよ。さあ、遠慮なくこちらに上がってきてください。上履きはそちらの下駄箱の中に入れてくださいね。バッグは端の方に置いていただければ」

「分かりました。さあ、千尋も行くよ」

「うん」


 伊織と僕は上履きを脱いで畳の上へと上がる。

 そういえば、畳に上がるのって父方の祖父母の家に行ったとき以来だ。去年、僕は受験勉強をしていて行かなかったから、およそ2年ぶりか。ただ、祖父母の家の和室に囲炉裏はなかったけど。


「きゃっ!」

「おっと」


 倒れそうになった浅利先輩を僕が抱き留める。そのことで、先輩と至近距離で顔が近づいている状態に。あと、伊織とはまた違う甘い匂いが感じられる。


「ご、ごめんなさい! すべってしまいました……」


 靴下を履いている状態で畳の上を歩くと滑ることってあるよな。


「いえいえ、気にしないでください。ケガとかはないですか?」

「な、ないですよ。ありがとうございます」

「……良かった」


 僕がそう言うと、浅利先輩は慌てて僕から離れる。新入生に抱き留められて恥ずかしいのかな。顔を赤くして僕のことをチラチラと見ている。


「さすがは千尋。よくやったね」

「場所が良かったんだよ。僕の方に倒れ込んできた感じだったから」

「それでもかっこよかったよ」


 かっこいい……か。この前、ワンピースを着て可愛いと言われたときも嬉しかったけれど、かっこいいって言われるのも嬉しいな。


「では、お二人はそちらに座ってください」


 僕と伊織は浅利先輩と向かい合う形で座る。

 こうして見てみると、浅利先輩……とても綺麗な人だ。2学年しか違わないけれど、とっても大人っぽく見える。そんな浅利先輩はさっきのことがあってか、今も顔に赤みが帯びている。


「こほん。では……説明を始めましょうか」

「ちょっと待ってください。いいんですか? 僕や伊織しかいないのに始めてしまって」

「ええ。去年の仮入部期間も、1日に2、3人見学に来ればいい方でしたから。今年についても先週から始めていますが、実はあなた達が初めてなのですよ。それに、やることは部活内容の説明と、私が点てたお抹茶を実際に飲んでもらうこと。後から見学する生徒が来ても大丈夫です」

「……そうですか、分かりました」


 なかなか生徒が集まらないんだな。抹茶が飲めるとか、和菓子が食べられるっていうイメージもあるけど、作法とか色々と厳しいイメージもある。

 でも、実際に話を聞いてもないと分からないことってあるよね。まずは浅利先輩の説明を聞くことにしよう。


「まずは、茶道部の見学に来ていただきありがとうございます。今年度が始まった時点では部員は私を含めて4人です。3年と2年、それぞれ2人ですが……私以外、用事があるとのことで今日は私だけになります。あっ、部員は全員女子生徒ですよ」


 3年生と2年生が2人ずつか。少ないながらも各学年に部員がいるのはいいな。


「茶道部は毎週火曜日と木曜日の週2回の活動です。基本的には作法、お茶の点て方などの練習を行なっております。生徒との交流を目的としたお茶会を定期的に行なっていて、文化祭には一般の方とも。あと、夏休みには有名な茶室の見学を兼ねて旅行に行ったりします。堅いイメージがありますが、楽しいこともたくさんするんですよ」


 浅利先輩は笑顔でそう言う。思い返せば、新入生歓迎会でもそんな説明をしていたっけ。伊織はそれを見て茶道部に入ってみようかと思ったのかな。


「お二人は元々、茶道に興味があったのですか? それとも、新入生歓迎会のときの説明を聞いて?」

「私はお茶も和菓子も好きで、歓迎会のときに茶道部があることを知って見学をしようかなと。週2回ですし、入ってみてもいいかなと」

「そうですか。入部していただけると嬉しいです。お、沖田君の方は?」

「……僕は伊織の付き添いです。でも、今は仮入部期間ですし……もう少し考えたいと思います」


 ただ、誰かと一緒にいたり、話したりするのが楽しいと思えて。休日まで活動のある運動部はさすがに無理だけれど、週に1、2度の部活ならいいかもしれないと思ったんだ。その最有力候補は伊織が入部しようと思っている茶道部だけれど。


「千尋も一緒に茶道部に入ろうよ!」

「ま、まださすがに今の時点じゃ決められないかな」

「ふふっ、ゆっくりと考えてもらって大丈夫ですよ。茶道部はいつでも大歓迎ですから」


 すると、浅利先輩はゆっくりと立ち上がって、棚から色々と取り出している。

 僕と伊織の前には和菓子が置かれる。金平糖……かな、これは。お菓子を持っている器もこういった和室の雰囲気に合っている。

 浅利先輩のところには2つの抹茶茶碗と茶筅が。これから、僕と伊織にお抹茶を点ててくれるのかな?


「これからお二人にお抹茶を点てようと思います。もちろん、まずは……沖田君、あなたに向けて」

「僕ですか? 伊織からでいいですよ。彼女は茶道部に入る気満々ですし……」

「……まずはあなたに飲んでいただきたいのです、沖田君」


 浅利先輩は優しく、さっきよりも美しい笑みを僕に見せてくれる。


「ここは千佳先輩のご厚意に甘えようよ、千尋」

「……そうだね。浅利先輩、お願いします」


 せっかく、浅利先輩が僕にお抹茶を点てたいと言っているんだ。ここは先輩のご厚意に甘えるとしよう。


「では、これから私が沖田君に愛情を込めてお抹茶を点てましょう」

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