第10話『親友から恋人へ』
4月10日、月曜日。
今日から高校の授業が始まり、高校生活が本格的に始まる。まさか、授業が始まる前に恋人ができるとは思わなかったな。
今日ももちろん伊織と一緒に登校するけれど、これまでとは違って彼女とは手を繋いで登校した。だからなのか、周囲の生徒から注目が集まる。
「みんな、私達のことを見てるね」
「そうだね。手を繋いでいるからだろうね」
「千尋の言う通りかも」
伊織、とても嬉しそうだな。
入学式の日、初めて伊織と出会ったときには、まさか1週間後にこうして手を繋いで登校する関係になるとは思わなかったよ。
1年3組の教室に到着すると、それぞれの友人を中心に僕達のところに駆け寄ってくる。緒方や瀬戸さんがバラしたのか、それとも土曜日に駅前のショッピングモールにデートしに行ったから、そのときの様子を見ていたのか。
「伊織! 沖田君に告白できたんだね!」
「やっぱり、イケメンはさっそく恋人を作ったかぁ」
「でも、緒方よりも早いなんて凄いよな!」
「美男美女カップルだよねぇ」
みんな、それぞれ好きなことを言っている。僕と伊織が付き合い始めることに否定的な言葉がないのは嬉しいし、安心する。
「ええと、金曜日から伊織に告白されて、付き合うことになったんだ」
「その……温かく見守ってくれると嬉しいな」
僕らがそう言うと、まるで僕らが結婚したかのような祝福ムードに。いくら何でも盛り上がりすぎな気がするけど、伊織がとても嬉しそうなのでいいか。
ようやく、自分の席に辿り着くと、緒方が静かに笑いながら座っていた。
「おはよう、沖田、神岡」
「おはよう、緒方」
「おはよう、緒方君」
「まさか、入学してから1週間でカップルが誕生するとは。2人のおかげでクラス内の空気も良くなったし、クラス委員としては嬉しい限りだ。もちろん、友人としても。末永くお幸せに」
緒方はいつもの爽やかな笑みを浮かべながら言った。あと、末永くお幸せにって。彼まで結婚祝福モードか。
「大げさだな。伊織と僕は付き合い始めたばかりだよ」
「……今までのお前を見ていたら、恋人として神岡と付き合うって相当なことだと思うけれどな。これまで何度も告白されたけど、誰とも付き合わなかったじゃないか。そんなお前が、出会って間もないクラスメイトの女子と付き合うなんて。最初は信じられなかったぞ」
「……まあ、そう思うよね」
「えっ、やっぱり、千尋ってこれまでに何度も告白されたことがあるの?」
やっぱり、伊織はそのことに食いついてきたか。
「ああ、そうだぞ。神岡のように沖田を好きになる女子がたくさんいてさ。特に沖田の誕生日、学園祭、修学旅行、クリスマス、バレンタインデーのときなんかは1日にたくさんの女子から告白されたんだ。だよな? 沖田」
「……そうだったね」
それらの日は次々と告白されたから酷く疲れてしまった。だから、最後に告白してくれた女子にはおざなりな対応になってしまったな。
「でも、緒方だって今言った日は、特にたくさん告白されたじゃないか。あと、中学のときはサッカー部のエースだったし」
「まあな。でも、中学時代の俺には、誰かと恋人として付き合うのは考えられなかったし、一緒にいたいと思う人もいなかったよ。まあ、敢えて言えば、気の合う沖田が一番だな」
ははっ、と緒方は爽やかに笑う。そういった笑顔にたくさんの女子が恋をし、告白してきたんじゃないだろうか。
「ち、千尋は私の恋人だよ! いくら緒方君でも……」
そう言って、伊織は俺の腕を抱きしめてくる。そんな彼女に緒方は「ははっ」と穏やかに笑った。
「安心してくれ。沖田に強い友情はあるけど、恋愛感情はない。だから、これからも親友として仲良くしてくれると嬉しいな」
「もちろんだよ」
緒方が僕に対して恋愛感情があったら、一部の女子生徒が狂喜乱舞することになると思うぞ。
「……安心した。沖田が恋人ができるのは初めてだからな。言うのは恥ずかしいけど、沖田とこれまで通り親友として付き合ってくれるかどうかちょっと不安だったんだ」
「そっか。意外だな、緒方がそういうことを考えるなんて。安心してくれ、伊織と付き合うことで緒方との友情は変わらないよ」
「……ああ」
緒方はいつも落ち着いていて、時折爽やかな笑みを見せるけれど、色々なことを考えているんだな。
周りをチラッと見てみると、興奮した様子で僕らを見ている女子生徒がちらほらと。彼女達がどんなことを考えているのかは……考えないでおこう。
「緒方君が羨ましいな。千尋と分かり合えている感じがして」
不機嫌そうな表情をして頬を膨らます伊織。そんな彼女を前にしても、緒方の笑みは全く崩れない。
「ははっ、羨ましいか。まあ、俺は沖田と10年近くも同じクラスで、親友として一緒にいるからな。さすがに今の神岡よりも俺の方が沖田のことをたくさん知っているさ。ただ、神岡はこれから沖田と恋人として付き合っていくから、あっという間に沖田のことについては俺よりたくさん知ることになるだろう」
「緒方君……」
「まあ、10年来の親友が保証するよ。沖田はいい奴だ。こいつのことを幸せにしてやってくれ」
「分かったよ、緒方君。責任を持って千尋のことを預かるよ!」
「ははっ、よろしく頼む」
預かるよ、って。俺は今まで緒方のものじゃなかったけどね。
今もこっちを見ているクラスメイトは多いな。入学して間もない時期に、カップルが誕生したとなれば気になってしまうのは分かるけれど。一部、僕と緒方のことを見ている女子生徒もいるけども。
「そういえば、僕と伊織が教室に入ってきたとき、やけに盛り上がっていたけれど、緒方は彼らに僕達のことを伝えたの? 僕が緒方に伊織と付き合ったって教えたのは金曜日の夜だったけれど」
「いや、俺は誰にも伝えなかったな。沖田と神岡は同じクラスだし、月曜日になれば2人のことは周りに知られると思って……」
「……あっ」
伊織は苦笑いをする。
「もしかしたら、私が原因かも。彩音だけじゃなくて、他の子にも相談していたから……相談に乗ってくれた子には全員伝えたよ。そうしたら、その子達が他の子にも伝えていたみたいで、実はたくさんメッセージが来たんだよね」
そういえば、教室に入ってきたとき、伊織に対して「告白できたんだね」って話しかけた女子生徒がいたな。僕にメッセージが来たのは緒方と瀬戸さんだけだったから、僕はてっきり、伊織は瀬戸さんにしか伝えていないと思い込んでいた。
「伊織から沖田君と付き合うことになったってメッセージをもらったから、土日は伊織と沖田君がどうなっているかどうかの話題で友達と盛り上がったよ。あたしは寮に住んでいるからね。今はもう、女子寮に住む生徒の大半は知っていると思うよ」
気付けば、瀬戸さんが僕達のところにやってきていたのであった。
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