第4話:心に潜んだ闇の告白

 俺は玩具メーカーで開発部署に勤める父と、大学で心理学を研究する母の間に生まれた。

 父と母は大学の先輩・後輩で、大学在学中に知り合ったと聞いている。

 両親共に心理学を修めている為か、子供の扱いが非常に上手い。

 特に母は児童心理学を専門としていた為に、良い褒め方や良い叱り方を熟知している。

 両親揃って俺達兄妹の心を豊かに育んでくれた。


 そんな両親を、俺は心から尊敬していた。

 子供の心を掴んで離さないおもちゃの開発をしている父。

 大学で教鞭を振りつつも、自らも研究を続けている母。

 俺も両親が進んだ道、心理学を学びたいと思ったのはごく自然な事だった。


 友達とは何か、コミュニケーション能力、ケンカをした後の仲直りの仕方や、いじめに対する対処法など、様々な事を両親から教わった。

 しかし、理論立った方法ではなく、あくまで実体験に基づいたやり取りを教わった為、ヴィルヘルムだのウィリアムだの偉い人の名前を挙げられても全く知らない。

 また、自分の考え方が精神分析学を元としているのか、認知心理学なのか、はたまた人間性心理学なのか、全く理解していない。

 ただやり方を経験を通して分かるというだけだ。


「人生を生きる上での方法として、心理学を何となく理解するのはいい。でもな、学問として追究しようと思うんならちゃんと大学行ってからだ。それからなら何でも教えてやる」


 父は事ある度にこう言った。

 今となっては真意は分からないが、精神が幼いまま心理学という学問を学ぶ事を避けたかったのではないだろうかと思う。


 だから俺は心理学部で有名な大学へと進学する事を決めた。

 受験当日、会場に送ってくれた2つ下の妹との会話。


「お兄ちゃん、再来年はお兄ちゃんの運転でここまで送ってよ」


「おう、任せとけ。この試験に受かったら親父が車買ってくれるらしいしな」


「えぇ~!?いつそんな約束したの?中古の軽しかダメよ!」


「当たり前だろ、どうせすぐに傷だらけにするんだろうしな」


 なんて会話が、家族全員での最後の会話になってしまった。

 試験が始まって1科目目の途中、試験会場に慌てて入って来た事務員風のお姉さんから伝えられた。

 両親と妹が乗った車にトラックが正面衝突した、と。

 すぐに試験会場を後にして、搬送された病院へと向かった。

 両親は即死、妹は集中治療室で身体中に管が繋がっている状態。

 家族が乗った車は赤信号で完全に停止しており、向こう側から猛スピードで交差点を突っ切ろうとしたトラックが大きく車線を踏み越えて正面衝突。

 トラックの運転手も即死。

 怒りや悲しみをぶつけるべき加害者がいない。

 その事で俺は無感情になってしまった。

 親戚に言われるがままお通夜や葬式を終え、様々な手続きをしつつ病室で妹の顔を眺める毎日。

 ほとんどはっきりとした記憶がない。

 両親の葬式から約二ヶ月後、妹も亡くなってしまった。


 妹の葬式が終わった後、新年度が始まっている事にやっと気付いた。

 当然受験も結果発表も、高校の卒業式すらも終わっている。

 そう言えば友達が妹の病室に見舞いに来て、学校へ来いと言っていたな。

 あの時は、相手が何を言っているのか理解しておらず、ただただ頷いていただけだったな。


 俺の心は、家族と一緒にどこか遠くへ行ってしまったんだろうか。


 とは言え、そこまで人間の心は弱くないようで。

 両家親族により、トラック運転手を雇っていた会社の誠実な対応と賠償金の受け取り、生命保険金の受け取りなどは全て、俺が呆然自失状態中に終わってしまっており、そして幸いな事に、家族を失った事で得た莫大なお金は、醜い親族の争いなどなく俺の手元に残された。

 不思議なもので、全てを失ったと思っていた俺は、親戚一同の温かい心によって守られていた。


 親戚はいいが他人は違う。

 遠くの親戚より近くの他人、なんて言葉があるが、所詮他人は他人だ。

 辛かったでしょう、大変でしょう、そんな事を口にしながら俺に擦り寄って来る。

 辛かったと思うなら思い出させるな、大変だろうと思うならほっといてくれ。

 そして何より、裏でコソコソと保険金だ賠償金だと噂する近所の目に耐えられなかった。


 そこで親戚の温かい心である。


「あんたちょっと遊びなさい、18そこらのあんたに仏壇や墓やと面倒見れるわけないんだから。まだ若いんだし、ブラブラしよし」


 父の妹であるおばさんにこう言われ、


「一緒に住むって言うのはさすがに嫌だろうけどさ、私の部屋の近所に越して来たら?誰も何があったか知らない場所に行きたいって言ってもさ、本当に誰も知り合いがいなかったら困るでしょ?何かあったら私が助けてあげるわよ」


 母の妹であるおばさん(本人におばさんと言うとめちゃくちゃ怒る)にもこう言われ。

 そして僕はこちらへと1人、引っ越して来たのだ。


「と言うわけなんですよ」


 ふぅ、ごくりっ。

 少し冷めてはいるがコーヒーが美味い、自分からこんなに事細かな身の上話をしたのは初めてだ。

 さて、この話を聞いて変態美人ズはどういう反応をするのかな?

 話し始めてからずっと2人は無表情で無言、あまりにも重い話が来たから反応出来ないのだろうと思っているのだが。

 さて、謝って来るか、それとも同情して来るか、はたまた自分の方が不幸だと被せてくるか。


「ふむ、ところで未だに名前を聞いていないのだけれど、教えてもらっていいかな?」


 えっ、そこですか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る