第37話:テレビ生放送

結城ゆうきエミル視点


 今日から3日間のオフ、久しぶりに優希ゆうきの夢で目が覚めた。

 最近は忙し過ぎて、大好きな幼馴染の事すら思い出す時間がなくなりつつある。これでは本末転倒だ。私は優希の笑顔を見る為に、大学を入学前に辞めてまでこの世界に入ったと言うのに。

 優希の事を思い出させてくれたのは、演技の練習相手に選んだ紗丹さたん君。彼の声が優希に似ていると気付いたのは、今朝の夢がキッカケだった。


 私と優希、そしてクラスメイト達の間で起こった事件。

 あの事件から私は、優希を一歩引いて見るようになった。私がおばさんに頼んだ事だとは言え、3年経った今でも胸が痛む。

 あんな事件さえなければこんな回りくどい方法を取らずとも、家族を失って悲しみに暮れる優希を隣で支えてあげられたはずなのにと思わずにはいられない。


 過ぎた事を考えていても仕方がない。

 今日はオフの1日目で、明日は紗丹君との初顔合わせ。明後日は仕事が入るかも知れないとチーフマネージャーに言われている。出掛けるなら今日しかない。

 時差ボケのせいと、紗丹君の声に覚えた違和感のせいとで昨日はなかなか寝付けずにいた。もうすでに時間は午後2時を回ろうとしている。とりあえず簡単にメイクをして、出掛ける準備をしよう。


 未だに1人暮らしには慣れない。

 私が発する音以外何も聞こえない環境が嫌で、家にいる時は常にテレビを付けている。昨日消したままのチャンネルがそのまま映し出される。2時になったらしい。

 そう言えば紗丹君がこの番組に出るんだったっけ? どうせなら紗丹君の出番を見てから出掛ける事にしよう。メイクする手を止めず、耳だけで放送内容を把握する。


『さて、この後2時半頃からは今話題のお断り屋から生中継でお送り致します! 現代女性達は何故、お金を払ってまでお断りをされたがるのか!? 現代社会のやり場のない想いをバッサリと解消してくれる、そんなお店をご紹介致します』


 出た出たお断り屋、チラリとテレビ画面に目をやる。

 ん!? 思わず力が入って口紅が根本から折れる。でも今はそんな事を言っている場合じゃない!

 何でや!? 何であんたが映ってんの!? 何で笑顔で手ぇなんか振ってんの!!? どうなってんの!?


 私はそのままマンションを飛び出した。



優希視点



 1回目の中継から20分後、ずっとスペックスビル前で待機していた俺と瑠璃るり達だが、やっと再びディレクターからキューが出る。

 合図をきっかけとして中継担当のアナウンサーが話し出す。キューが出る前にもう1回口を潤しておけば良かった、口の中が乾いてカラカラだ。


「さて、今回私橋内はしうちは現在話題沸騰中のお断り屋へと来ております。私達女性を対象としたお店でして、コンセプトは『お断り』でございます。こちらがオーナーの宮坂みやさか瑠璃るりさんです。よろしくお願い致します」


「お願い致します」


「それでですね、お隣におられるのが、現在人気沸騰中の大注目プレイヤー、希瑠きる紗丹さたんさんですね。瑠璃さん、お断り屋を知らない方へ簡単にご説明をお願い致します」


「はい、お断り屋へお越しの女性の事を、私共はアクトレスとお呼びしております。そして紗丹君のようにアクトレスのお相手を務める男性の事を、プレイヤーと呼んでいます。お断り屋は、アクトレスからのご希望をお聞きし、普通ならば相手に伝えられないような告白。例えば、恋人を持つ男性への愛の告白などですね。好きになってはいけないような相手に、伝えられない想いを伝える疑似体験が出来るお店となっております」


「なるほど、しかしせっかく疑似体験なのですから、告白を受けてもらえるようなサービスの方がいいんじゃないかと思うんですけれども」


「はい、疑似体験とは言え、自分の想いが叶うとみんな幸せになると思います。ですが、その幸せは幻ですよね? その夢から醒めた時、きっと立ち直れないほどの虚無感にさいなまれると思います。ですから私共のサービスは、そもそも想いすら伝えられない人にプレイヤーを見立ててぶつけ、現実に即して振ってもらって諦めようというものです」


『えらい屈折してますなぁ~、どう思われます? 夏川さん』


『いやぁ、複雑な現代社会を生きる繊細な女性にとっては、とてもいいサービスなんでしょうね? 私は男ですから分かりませんが』


「はい、ではどんなサービスなのか実際に体験してみたいと思います。こちらが『Specialスペシャル Experienceイクスピアリエンス』、通称スペックスの玄関となります。ん? あれは……」


 アナウンサーが見つめる方向を見ると、女性がこちらへ向かって走って来ているのが見えた。

 ん? あれは……、夏希なつき!? 何してんねんこんなトコで!?



 ばっ!! 勢いを殺さずに飛び込んで来る夏希、後ろ手に持っていたスポーツ飲ポカル料を持ったまま夏希を抱き留める。

 ってか今生放送中なんやけど、これ全国放送やんな……?


結城ゆうきさんです! 人気女優の結城エミルさんが紗丹君に抱き着いています!!」


 はっ!!? エミルさんが抱き着いている? 俺に抱き着いているのは幼馴染の夏希だが、エミルさん!!?


「ゆーちゃん、いつこっちに来たん? いつからそんなええ顔するようになったん? 何も知らんわみたいな顔しかせぇへんかったのに、全部どうでもええみたいな顔しかせんかったのに、何でそんな楽しそうな顔してるん? うちの事テレビで見てへんかったんやろ? 何で笑えるようになったん?」


『これはあれやね、プレイ始まってますね~。すごい子を仕込んできたねお断り屋! 紗丹君が手に持ってんの、エミルちゃんがCMしてはるポカルスウィートでしょ? お断り屋の宣伝も出来るしポカルの宣伝も出来るし、すごいインパクトやし、さすが勢い乗ってるだけあるわエミルちゃんもお断り屋も! ねぇ夏川さん』


『見ているだけでストーリーが伝わってきますね、久しぶりに出会った幼馴染が抱き合った瞬間、手にはポカルスウィート。2人で飲んで少し落ち着いてから今まであった事を語り合う。素晴らしいですねぇ』



 何なんだこの状況は……!?

 夏希に抱き締められたまま瑠璃を見るが、知らないとばかりに首を振っている。いや今嫉妬してる場合じゃないから、オーナーとして店の宣伝にケチが付いた事をどうするか考えてよ!


 それにしても夏希がエミル、全然気が付かなかったがどういう事だ? これは現実なのか? 夏希はアクトレスで瑠璃以外の誰かが宣伝の為に仕込んだ? いやいやかなり無理があるだろう。


 牡丹は!? どこかに電話をしている。

 紗雪と目が合う、紗雪も電話をしているが、その目はメイドモード。無言で俺に何か伝えようとしている。

 何だ、何が言いたい!? とりあえず深呼吸だ、すぅ~、はぁ~、すぅ~、はぁ~。

 あ~、懐かしい匂い。毎日この匂いを感じてたなぁ、2人でいた時が懐かしく感じれるわぁ~。って違う!!

 今は夏希を堪能してる場合やない!! 考えろ、考えろ希瑠きる紗丹さたん!!!


 もう一度紗雪を見る、口パクで……、プレイ? さ・い・か・い・プ・レ・イ……?

 紗雪の視線の先には俺が手に持つポカル、幼馴染と再会、宮屋みややさんとやらが言っていた宣伝……!!



「久しぶりやな夏希!! 元気してたか? 会って話したい事一杯あったけど、とりあえずコレ飲んで落ち着こ。な?」


 優しく抱擁をほどき、夏希の目を見ながら、ポカルを手渡す。ポカルを手渡す際にはロゴがちゃんとカメラ側に来るように配置する。


「うん……、うん!」


 涙目で笑い、ポカルを手に取り口にする夏希。



 突如歌い出す野次馬達。男も女も肩を組んでいる。ギターを掻き鳴らす青川さん。


「「「「「君と手を繋ぎ話して 形のないモノ温めて いつの日も君の隣で 笑顔見てたくて おはようとか Yeah! おやすみだけじゃまだまだ 物足りない だから伝えるよ 君が大好きです」」」」」


 野次馬達の大合唱……、何ぞコレ!?


『いやぁ~ちょっと感動してしまいましたね、え? CMですか!? 今のんがCMみたいなもんですやん!? それにしても夏川さ』


「CM入りました~」


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