第40話:結城エミルになった経緯

 瑠璃るりと一緒にオフィスへ入ると、すでに結城ゆうきエミル担当チーフマネージャーの石田いしださんがエミルの隣に座っていた。

 向かい合うソファーには牡丹ぼたん紗雪さゆきが座っている。ちょっと表情がおかしいような、何だこの笑うのを我慢するような表情は。

 エミルこと幼馴染の夏希なつきはと言うと、顔を真っ赤にしてうつむいている。

 こちらに気付いた石田さんがソファーから立ち上がり、こちらへと頭を下げる。


「この度は大変ご迷惑をお掛け致しまして、言い訳のしようも御座いません。誠に申し訳御座いませんでした。結城エミルにはよくよく言って聞かせます。それに、エミルのしでかした事に対してのフォローまでして下さって、本当にありがとうございます。今弊社の社長がこちらへと向かっておりますので、改めて社長からお詫びとお礼を申し上げると思います。お会いして頂けると非常にありがたいのですが……」


「御社のお気持ちは十分に伝わりました。これ以上の謝罪は無用ですが、せっかく社長様がお越しとあらば、この機会にゆっくりとお話させて頂きたいと思います」


 大人だぁ~、瑠璃が社長社長してる~! ちょっと感動してしまったわ。

 さすがこの年齢で一大産業を立ち上げただけの事はあるな。ただのお金持ちのお嬢様ではない。


「立ったままではアレなので、皆さん座りましょう。あたしお茶の用意するね」


 おっとお子様ですなぁ紗雪さん。メイドモードではない素の紗雪がお茶の用意をしてくれるようだ。

 でもせめてあたしではなく私と言うべきでは? とこの後の展開を考えると、心の中でいらぬツッコミを入れてしまう。

 逆に美少女メイドに俺の事を旦那様と呼ばせてこの場の雰囲気をぶち壊して有耶無耶にしてしまおうか。家具か? よく喋る家具だなって言えばいいか?


「ゆーちゃん?」


 おっといらぬ事を考えているのが幼馴染にバレたようだ。

 はいはい、ゆーちゃんですよ。懐かしいなその呼ばれ方。何年ぶりくらいだろうか。


「ああ、久しぶりやな夏希。髪、伸ばしてんねんな。良かったわ」


 見る見るうちに涙があふれ、ポロポロとこぼれ出す。ひっくひっく言いながら、でも何も言えなさそうな夏希の代わりに、石田さんが夏希が結城エミルになった経緯を教えてくれる。


「エミルと初めて会ったのは、関西で行われたお笑い新人発掘オーディションの会場でね」


 ぶっ! とお茶を用意している紗雪が噴き出す。

「こらっ!」と牡丹が怒るが、その表情で怒られても何も怖くないと思うよ。

 恐らく俺達がここに来る前に事情を聞いているのだろう。そんな面白い経緯があるのか?

 涙を流しながらも恥ずかしさでか、夏希はまた下を向いて震えている。そんなの関係ねぇ、と石田さんが続ける。


「この子ね、事故でご両親を亡くしたあなたが何をしても無表情だからって、自分がテレビでバカな事やってるのを見たら、ね? 思わず今みたいに吹き出すんじゃないかって思ったらしいの」


 笑えねぇ~よ、いろんな意味で。次はお前なのかと頭の病気を疑うわ。


「隣の会場で同時開催の新人女優発掘オーディションをしててね、それで私がこの子を見掛けたのよ。で、『あなた会場間違えてるわよ』って女優オーディションの会場へ連れてったのよ。そしたら『私はお笑いの方にエントリーしてるんですけど……』って。そこですかさずスカウトしたの。こっちで手を回してエントリーをキャンセルするからって。オーディションに出たい理由もその場で聞いたわ。こんな可愛い子が何言ってるの!? って愕然としたけど、そこは説得したのよ。真剣な表情で演技する幼馴染の方が、きっと笑えるわよって」


 さすが夏希。天然でお人よし、人が言う事を素直に受け止めてすぐに信頼してしまう。変わってないな。


「で、すぐにご両親とお会いして、大学入学にあたっての費用とかは事務所からお返ししたの。この子は絶対に売れると思ったから。容姿だけでなく、こういう……、何て言ったらいいかな、そう! 素直な子の方が演技が上手かったりするからね」


 天然でいいですよ、ド天然で。


「ご両親もお笑いオーディションに出るつもりだったなんて全然ご存じなくって。でもあなたの事でずっと心配している姿を知っていたから、反対はされなかったわ。娘をよろしくって頭まで下げられて」


 だからって大学辞めさせるか? いや、それくらい参っている夏希の姿を見たからこそ、何かに夢中にさせた方がいいと思ったのかも知れない。おっちゃんおばちゃんならそうやろう。


「春にはもうデビューしたわ。社長も事務所として力入れて売るぞ! って気に入ってね。結果、オーディションで合格した子よりも早くデビューして、すぐに売れっ子女優の仲間入り。でも残念な事に、紗丹さたん君の目には映ってなかったみたいね、この子の活躍は」


 うん、それは申し訳ないな。


「え~っと、まず夏希に。俺を笑顔にする為にそこまでしてくれてありがとう。その気持ちはホンマにうれしい。けど、無理してへんか? 大丈夫か? 慣れん生活で疲れてへんか? 俺の為にって頑張ってる中でこんな形で再会したんは、悪かった。テレビに映ってる俺を見て来てくれたんやろ? 笑顔にしたろおもてる奴が笑顔で手ぇ振ってたら、まぁ気持ちは分かる」


「何でゆーちゃん、笑えるようになったん?」


 確かにそれは疑問に思うだろう。当時の俺の様子を間近に感じていた夏希なら。

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