第39話:続く生放送

 夏希なつき牡丹ぼたんに連れられてスペックスへと入って行った。

 突然の事態に混乱している撮影クルーが、スタジオにいるという責任者からの指示を受けているので誰も夏希に詰め寄る者はいない。

 夏希は不安そうな顔をして、何度もこちらを振り返っていたが、心配ないと笑顔で手を振ると、安心したような顔で牡丹に付いて行った。


「エミルちゃんとは幼馴染なの?」


 瑠璃るりがやっと口を開く。いつもは堂々とした態度で店を切り盛りする凄腕経営者なのだが、こういった不測の事態には弱いのかも知れない。


「ああ。エミルの顔、やっぱり見とけば良かったよ。まさか幼馴染が売れっ子女優になってたなんて、思いもしなかった」


 大学に通っているとばかり思っていた夏希が結城ゆうきエミルとして活躍しており、そして生放送中に突然抱き着いてくるなど誰が想像出来るだろうか。


「旦那様、スタジオでは公開生プレイであるという事になっております。もし生放送が再開されても、さほど問題にはならないと思われます」


「もしかして、スタジオにスペックスの関係者がいるのか?」


 瑠璃を見ると首を振っている。違うらしい。


「いえ、スペックス関係者ではなく宮坂家みやさかけの関係者です。宮坂製薬を含め、『見てみや!』のスポンサーの多くが宮坂グループの傘下でして、もし万が一奥様や旦那様に何か起こっても対応出来るようにと牡丹ぼたん様が宮坂家に掛け合われておりました。宮坂家が要請に応え、メイド長が待機しておりました」


 メイド長!? 複数いるメイド達を纏める偉い人って事でいいのだろうか? さすが超上流階級のお家。


「そうなの? 私はいらないって言ったのに。……、でも牡丹の判断は正解ね、確かに不測の事態が起こったわ」


 瑠璃から紗雪へ瑠璃スマホが手渡される。エミルのチーフマネージャーから電話があると思われるが、生放送中だと対応出来ないからだ。夏希はスペックスで保護していると伝える必要がある。

 何せ夏希は売れっ子女優、結城エミルなのだから。


 ディレクターがこちらへとやって来る。もうすぐCMが明け、スペックスのお客様アクトレスカウンターを紹介する流れになると説明を受けた。

 公開生プレイ(と思われている)があった為、予定されていた俺と橋内はしうちアナウンサーとのプレイはお流れになったそうだ。

 紗雪さゆきは牡丹から呼び出され、オフィスへと向かった。



「CM明けまぁす、5秒前、4、3、、、、」 キュー


「はい、すごくリアルなプレイを間近で見る事が出来て、私はとっても興奮しております。ですが、あの後どうやってお断りする流れになるのか非常に気になりますが、それはお客様の要望によって変更可能な物語と言う事でしょうか」


「そうですね、全てはお客様、アクトレスからの要望次第です」


 瑠璃が橋内アナをスペックスへと迎え入れる。アクトレスカウンターに着き、受付嬢が挨拶をする。


「いらっしゃいませ、ご要望をお伺い致します」


『ちょっと受付のお姉さんもえらいべっぴんさんやなぁ~、もしかしてこの子らも女優さんの卵なんちゃう?』


宮屋みややさんからこのような質問が来ましたが、どうなんですかオーナー」


「ええ、エミルさんが所属されているプロダクションと提携をしておりまして、受付嬢やエキストラアクトレスなどの派遣でお世話になっております」


『へぇ~、すごいですねお断り屋! 男の僕でも行ってみたいわ!!』


「宮屋さんは是非、プレイヤーとして登録して頂きたいです」


『お断りします~』


「さすが宮屋さん、分かってらっしゃいますね。で、この用紙にお客様がどのようなシチュエーションを楽しみたいかという要望を書き込んで行くわけですね。本来であれば私がプレイヤーの紗丹さたんさんとプレイをする予定だったのですが、今日はお時間となりましたので以上となります、残念!!」


「橋内様、こちらに特別優待券をご用意致しました。これをお使いの際は是非、私希瑠きる紗丹さたんをご指名下さい」


「ええ~、本当ですかぁ!? 嬉しいです~」


『橋内さん、そこはお断りする流れでしょうが。ねぇ、夏川さん』



 このような感じで何とか問題が大きくならずに生放送を終える事が出来た。

 さて、改めて俺は久しぶりに夏希と対面する事となる。


 何から話そうか、プレイヤーになった事? 恋人と呼べる相手が何故か3人も出来た事? それとも、何とか事故後のあの状態から立ち直れた事……?

 忙しそうに撤収作業を進める撮影クルーへと、瑠璃と共に挨拶をする。


「突然のサプライズCMで驚かされましたよ。あんな仕込みがあるんなら先に教えておいて欲しかったなぁ、困るんだよなぁ」


 ディレクターさんの仰る事は当然、ごもっとも、スケジュールの関係でエミルが出演出来なかった可能性があり言えなかった、申し訳ないと何度も頭を下げる瑠璃。

 本当は瑠璃が謝る事など一切ないのだが、俺も一緒になって頭を下げる。

 と、そこへディレクターのインカムに何かが伝えられた。


「え!? マジですかそれ……、先に言っといて下さいよ!! はぁ、分かりました……」


 通話が終わるとこれでもかと頭を下げるディレクターさん。


「すみません! 瑠璃さんがあの宮坂グループのご令嬢だとは露知らず、申し訳ございませんでした!!」


「いえいえ、いいんですよ。何もあなたは間違った事はされていません。巻き込んでしまって本当に申し訳ないです」


 クルーの撤収作業が終わったようだ。

 最後までペコペコしているディレクターさん達を見送り、やっと気が抜ける。


「はぁ……、終わった」


「ええ、やっと終わりましたね。でもまさか、エミルちゃんが生放送に飛び入り参加して来るなんて……」


 エミルが俺の幼馴染、潮田しおた夏希なつきであると気付いていればこんな事態にはならなかっただろう。

 電話で話した時は相手が売れっ子女優であるという先入観と、そもそも今まで家が隣同士だから電話越しの夏希の声を聞き慣れてないという事もあり、本当に全く気付かなかった。

 俺が塞ぎ込んでいる間に、夏希に何があったんだろうか。


 事の真相を聞くべく、俺達はオフィスへと向かった。



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