第25話:友達の彼女シチュ:リプレイ

「好きなの、付き合って下さい!」


 迫真の演技、先ほどの雑談とは違うピリっとした空気に変わる。


「もちろん友一君とは別れるよ?だから……」


 友一ゆういちの名前まで流れているのか、怖いな……。

 昨日と同じく、俺はまだ何も言葉は発さず様子を見る。千里ちさとさんは顔を伏せ、やや乾いてきたストレートの髪の毛がはらりと垂れ、彼女の表情を隠す。


「そっか、そうだよね、友一君と別れる前に告白なんてズルいか。私どうかしてる、紗丹さたん君の事しか考えられなくなってるよ。じゃあ今から電話でお別れするね?そしたら返事、聞かせてくれるかな?」


 表情が見えない分、鬼気迫る物を感じる。さすがはAランクアクトレス、お遊びではないのだろう。

 でも待ってほしい、このままでは昨日の再現のみ。俺は昨日をなぞるだけでいいのだろうか。それで千里さんは満足出来るのだろうか。俺の何かが疼く。俺が本当にあの女に言いたかった言葉。


「例えお前が友一と別れたとしても、俺はお前とは付き合わない」


 バっ、と俺を見る店中の視線。今は目の前の彼女に集中しよう。


「……、どういう事?それって、身体の関係ならいいって事かな?」


 顔を伏せたままストーリーをなぞる。1つセリフをスキップして合わせて来た。


「違う、俺はお前の事を恋人としても一夜の相手としても見れない。お前が俺にその告白をする事で、友一との関係にヒビを入れたんだ。俺が好きだというお前の一時の感情のせいで、俺の親友が傷付く事になる。友一は俺によくお前の自慢をする。どこに行った、どんな会話をした、どんなところが好きか。俺はどれだけあいつがお前の事を思ってるのか知っている。お前はそんなあいつの気持ちを裏切って、あいつの幸せを願う俺の気持ちも裏切った。自分一人だけの幸せの為にだ。そんな最低な女とは同じ場所にいるだけで不愉快だ。今すぐにここから消えろ」


 伏せていた顔を上げ、俺を見つめる。千里の両目からは止めどない涙。鼻水も垂れてみっともない顔だ。あの女もこんな顔をしたのだろうか。


紗丹さたん君、ヒドイよ。私が友一君に近付いたのはあなたの事を知りたいからだったのに…」


 すがるような眼差し、その言葉を伝える事で、一体何が変わると言うのだろうか。


「友一をダシにして俺に近付こうとしていた事は気付いていた。でもそれは始めだけだと思ってたんだ。2人が仲良さそうにしていたからな。あいつはバカだから浮かれるだけで、お前の目的には気付かなかった。でも今あいつが幸せならそれでいいと思った。キッカケはどうであれ、お前が友一だけを選んだならな」


「そっか、知ってたんだね。なら始めから紗丹君だけに声を掛けてれば良かったね。そうしたら私にも……」


「ないな」


 鼻水をすする音が店内に響き渡る。さて、落としどころはどこにあるんだろうか。ちょっとマジ入っててこれがプレイだと忘れてしまう。

 追撃をかけて徹底的に叩きのめすか、最後の最後に希望を持たせるか……。


「友一には正直に話せ。その上で今後どうするか2人で考えろ。俺はしばらく友一と顔を合わせるつもりはない、あいつに黙っていたのは事実だ。そう言う意味では俺も同罪なのかも知れん。……、話はそれからだ」


「……!!ゴメンだざい、ぉんとうにごべんだざい……、ごめんなさいごめんなさい……」


「謝る相手を間違えるな、もう行け」


 そう言って俺は、冷めてしまったロイヤルミルクティーを飲み干した。





 プレイが終わったと判断したのだろうか、店内がざわついている。あの管理人がマジ泣きしてるとか、ネットの流れと違うとか、もっと罵ってもらいたかっただとか…。

 お前ら観戦してるだけでいいの?ここに何しに来たの?


「はぁ~、こんだけ号泣したの久しぶりよ?ちょっとスッキリしちゃったわ。お化粧直してくるね?」


 千里さんが席を立つ。こう言う場合何て声掛けたらいいんだろうか。お疲れ様です……?


「いいのよ何も言わなくて。でも、私が帰ってくるまで待っててね」


 そう言って、手をヒラヒラさせながら歩いて行くのを見送った。何人かのアクトレス達が千里さんを追うように席を立った。残されたプレイヤーの気持ち考えろよ。


「お飲み物、よろしいですか?」


 紗雪か、お前も聞いてたんだったな。感想は後で聞く事にしようか。とりあえずアイスコーヒーを頼む。

 はぁ、それにしても疲れた。アクトレス情報で事前に手酷く振られるシチュエーションが好みだと把握してはいたが、さじ加減が全く分からんもんだからやり過ぎやしないか冷や冷やした。

 と言うよりも友一の彼女あのバカ女に対する本音が止められなくなってどうしようかと思った。このクーリングタイムは必要だな。今後の参考にしよう。


 紗雪が持って来たアイスコーヒーをグビリと飲む。思っていた以上に喉が渇いていたようだ。目の前に自分のせいで号泣している合法ロリがいたら、そりゃ生きた心地がしないわ。


「お待たせ、紗丹君。役柄は抜けた?」


「ん?あぁ、ええ。そうですね、あのままだったら関係ない人にも怒鳴り散らしてしまっていたかも知れませんね」


「そう、良かった。今回のプレイで私が教えてあげられたのはそれくらいかな。どれだけ白熱したプレイだったとしても、最後にはプレイヤーとアクトレスとして素の会話をする。そうじゃないと変な役柄背負ったまま帰っちゃう事になるからね。付き合わされる周りの人間も大変よ?」


 なるほど、そう言うものなのか。でも俺の周りにとってはご褒美かも知れないのが気がかりだ。


「そろそろ時間ね、今日はありがとう。とてもいい涙が流せたわ。すぐにプレイヤー評価しておくから、またお願いね?」


 そして最後の最後に、と言ってプレゼント包装された何かを手渡された。家に帰ったら開けてね、との事。

 基本的にはアクトレスからプレイヤーへの贈り物は禁止されていない。あくまでも常識の範囲内で、という暗黙のルールがあるらしい。もし常識を大きく逸脱したナニかを送った場合、プレイヤー側から店への報告が上がる。それで一発ブラックリスト行き、アクトレスランク剥奪という処置が取られる事も少なくないそうだ。

 千里さんなら問題ないだろう、礼を言って席を立った。



 こうして俺のプレイヤーデビューは終了した。

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