第45話:この場は女性だけでという事で

優希ゆうきの俳優デビューは、難しいと思います」


 夏希なつき牡丹ぼたんの目を見つめ、そう言った。確信のある声色、少し辛そうな表情で、夏希は何を言おうとしているのだろうか。


「それは優希さんの過去と関係がありますか?」


 こちらもどこか確信を持ったような口調で聞き返す。牡丹も俺に何か思うところがあると言うのだろうか。

 それにしてもいつまで抱き着いているつもりだ、紗雪よ。瑠璃るりがチラチラこっちを見ているのが非常に居心地悪いんだけど。


「紗雪、ぼちぼち離してくれ」


「そうよ紗雪、優希君の隣は私って決まってるのよ。はい失礼ぇ~」


 瑠璃が無理矢理紗雪を引き剥がし、俺の隣へと割って入る。


「じゃぁあたしはここに座るぅ~」


 いやこの状況で膝の上乗ります?普通。さっきのシリアスっぽい何かが展開しそうな雰囲気がぶち壊しなんだが。


「冗談はそこまでにして、3人共。今はゆっくりエミルさんのお話を聞くべきです」


 俺も合わせて怒られた。


「それと紗丹さたん君、生放送を見てあなた目当てのお客様アクトレスが殺到しているみたいなの。ちょっと行って様子を見て来てもらえませんか?」


 様子を見て来てってそれ、そのままアクトレスとプレイする流れになるんじゃないの? この状況でそれはどうなんだろうか。


「優希、行って来て。お願い、この人達とじっくり話させて」


 夏希は何を話すつもりなんだろうか。俺の事だとは思うが、俺を目の前にしては言いにくい事なのだろう。


「分かりました、ちょっと行って来ます」



 オフィスを出て1人受付カウンターへと向かった。エレベーターを降りたらフロアにいた全員が俺を見て来て、すごく居心地が悪い。


「おい紗丹! 聞いてくれよ、今日だけで2回も指名されたぞ!! さっきテレビ出てましたよねってさ、スゴくね!? 俺もやっとスタープレイヤーの仲間入りかもよ!!」


青葉あおばさんじゃないですか、お疲れ様です。あのギター弾く姿が良かったんですかね?」


「紗丹君、すぐにこっちに来て!」


 受付嬢に呼ばれたので、青葉さんに会釈してからカウンターへと向かう。おっと彼も付いて来るようだ。


「おい、俺の名を言ってみろ」


「君の名は、青葉さんですね」


 いい加減ワザと間違えるのも面倒になって来たので。あ、ちょっとそんな目で見つめちゃ照れるどころかキモいだけなんで止めて下さい。大丈夫、名前覚えてますから。


「あなたを指名したいってアクトレスが20人もアクトレスカウンターで待機しているの。今日は午後からオフだって言っても引いてくれないのよ、申し訳ないけど1人でいいからお願い出来ない? 対応するって下に伝えて、抽選か何かしてもらうから」


 青葉さんのやる気メーターが下がった音が聞こえた気がする。何かスミマセン何度も何度も。


「分かりました、先に設定要望プレイオーダーを見れますか?」


 受付嬢が20枚のオーダーが書かれた用紙を手渡して来る。何か簡単に出来るプレイがいいな、さすがに生放送に出た後に凝った設定でプレイ出来る自信はない。

 ん? ただひたすら無言でいる事でお断りして欲しい?

 何だこれは、面白そうだし特に考えなくてもいいし、楽そうだ。


「すみません、この人が抽選に当たるように仕組む事って出来ますか?」


「え? あ~、これならじっくり設定を読み込む必要なさそうだものね。分かったわ、アクトレスカウンターに伝えてみる」


 インカムで下に指示を出し、どうやら何とか出来そうだとの事で、プレイ相手のアクトレスが決定した。


「トッププレイヤーになると仕事も選べるんだな、すげぇな」


「いや、さすがに今日は疲れてて。いつもはこんな事しないですよ。ってか僕ランクCですからトッププレイヤーと言うのは違う気がしますが」


 青葉さんは今日2人指名が付いたらしいが、俺は普段予約指名を対応して空いた時間にフリーマッチングもこなしている。もちろん仕事を選んだ事はない。


「お待たせ致しました、場所は会社フロアの小会議室です。この子がご案内しますので、付いて行ってもらえますか?」


 受付嬢が呼んだのは、デビューの日以来見かけなかった走って逃げ子さんだった。

 良かった、辞めたのか辞めさせられたのか、少しだけ気になっていたんだ。


「どうぞ」


 言葉少なに案内してくれる走って逃げ子さん。青葉さんに声を掛け、後を付いて行く。

 エレベーターに乗り込み、2人きりになる。あの時スカートの中を見えるようにした真意を聞きたいが、藪蛇になっても嫌なので止めておこう。


「あの日以来だね」


 あら、そっちから振って来るパターンですか。


「ええ、あの後大丈夫でした? 紗雪さんに目を付けられたように思ったんですが」


「無理してさん付けしなくてもいいのに」


「無理しているわけじゃないですけど、一応ね」


 ここで働いている人達は全員、俺達の状況を知っているんだろうか。そう言えばこの子と話すのは初めてだな。


「ボクは大丈夫、あれがキッカケで友達になった」


 ボクっ子ですか、リアルでボクっていう女の子初めて見たかも知れない。

 チンっ、エレベーターのドアが開き、会社フロアへ着いた。


「こちらです」


 小会議室2と書かれたドアプレートの前で立ち止まり、こちらへと向き直る走って逃げ子さん。


「それじゃ」


 一礼して、来た道を戻って行った。

 何か不思議な雰囲気の子だったな。こういうお店で働く人は何かしら変わった人が多いからな。多分俺が一番まともだな、ウン。


 コンコンコンとドアをノックすると、勢いよくバンっ! と扉が開き、中から女性が飛び出して来た。


「あ~、本物だぁ~!」


 キャッキャしておられる。さて、彼女はどんなプレイをするつもりなんだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る