5-4 神輿だ、セイヤ!



 雪豹さんが襲来して大騒ぎだった日のことです。

 帰り際に雪豹さんが、「次の日曜日ここに遊びに来ませんか」って誘ってくれたので、軽く「はいっ」って答えてしまいました。周りの女子たちがザワザワしています。


 受け取った案内は、お祭りのチラシです。

「お時間ある方に気楽に来て頂ければいいので、カジュアルな格好でいらして下さい」

 なぁーんだ、デートの誘いじゃなかったよ?


 夏音が私の後ろから覗いて、「あ、面白そう」と呟きました。

「では、朝十時にお待ちしています」

 にっこりした後、手を振って去っていく後姿まで、麗しい雪豹さんなのでした。



 そしてお祭り当日、私と夏音、それからハッピー民踊部の後輩メンバー、フェネックとモモンガと共に、案内図の場所に出かけました。フェネック・サラマンダーは「日本のお祭り、はじめてです!」とわくわくしています。


 4人だけかと思いきや、電信柱の後ろには、女子たちがひょこひょこ顔を見せています。

 そんな遠巻きにしてないで、出ておいでー。と手招きしたのに、何やら頬を染めてモジモジしております。どうやら雪豹さんはあこがれのアイドル扱いのようです。

 

 待ち合わせの駅では、雪豹さんが半被姿にねじり鉢巻きをして待っていました。これはまたこれで、カッコイイ! 当然、背後から悲鳴が上がっています。(だから、近くにおいで、ってばー。)

「なんで紗雪先輩は、あんなに雪豹さんの近くによっても平気なの?」

「先輩はきっと女子じゃないんですよっ」

……。おい、そのひそひそ会話、しっかり聞こえてるよー。


 手招かれるままに付いていくと、あるお宅の前に着きました。あれ、表札に「雪豹」って書いてあります。ここ、ご自宅なのかな。めっちゃ下町風情のある格子戸です。

「おじゃましまーす」

「さ、どうぞ上がって」

 さあさあ、と奥の座敷に通されると、そこには、雪豹さんが着てるのと同じ「六幸町」の文字の入った半被がずらりと並んでいます。


「みんなこれ羽織って下さいね」

 え、どゆこと? と思いつつ、ハッピを着て、足袋履いて、言われるがままにねじり鉢巻きもしてみると。

「はい、みなさんは本日は六幸町の一員。助っ人です! 神輿を担いで下さい!」


 ええーっ、みこし!

「おー、俺、東京来てみこし担ぐのはじめて!」

 夏音がはしゃいでおります。私もです。あの動く神社みたいなやつですよね。わぁーい。


「ようこそ、本日はよろしくお願いしますね。最近は若者が少なくなって担ぎ手が減って困ってたんですよ。はいはい、これたべて」

 そう言って、おむすびをたくさん準備してくれた方は、あ、雪豹さんのお母様。お顔がそっくりの美形。でも雰囲気は下町のおかみさんって感じできっぷがいい喋りっぷりなのです。

「玄関先にいた女の子たちにも応援お願いしておきましたからね!」

 あらあら、後輩女子たちはすっかり雪豹母上のおむすびで手なずけられてしまったようですよ。


 この方が日本舞踊の名取りなのですね。踊ってもさぞかしステキなんでしょうね。

「雪豹さんはてっきり自由が丘辺りのハイソなお家にお住いのお坊ちゃんかと」

「あはは、根っからの江戸っ子でい! ですよ」


 フェネックがおむすびを手に、不思議そうに転がしています。やだ、もう来日してずいぶん経つのに、はじめておむすび食べるのかしら。

「この赤いのなんですかー。ヒャー!」って叫んでいます。梅干しだよん!



 いやー、しかし、お神輿だなんて緊張しますねー。

 どっしりとした木の持ち手を撫でてみると、すべすべしています。重そうだけど、たくさんで担ぐからダイジョブだよねー。と思ったのも束の間、試しにみんなで持ち上げてみたけど、すっごい大変。


 なにせ私は小さいから、ずっと神輿を肩に載せているというより、ゴンゴン肩に当たるので、その衝撃が思った以上に響くのです。いったーい。

 雪豹さんが「これを肩に」って、たくさん重ねた手拭いを持って来てくれました。


 あれ、フェネックの周りが真っ黒なんだけどって、よーく目をこらして見たら、お付きの人たちが黒子になって担いでるじゃないですか。忍者じゃないんだから余計に目立ってますよー、黒黒軍団。

 アラブの国に帰ったら、フェネックは玉座とかに座って団扇パタパタしてもらってるのかな。(しばし想像中)

「こらこら、何事も経験だよ。命とられる訳じゃないんだから、王子に担がせてやれよ」

 夏音がお付きの人たちを説き伏せて、やっとこフェネックも一人立ちで参加できることになりました。


「ああ、モモンガ、そこ昇っちゃダメ!」

 モモンガ、本名は桃賀飛来モモガヒライが、神輿の上めざしてるのを見て思わず注意!

「神輿は神様がいらっしゃるとこだから、お邪魔だよー」

 モモったら仕方なく降りて来て、今度は担ぎ棒にぶら下がってるし、余計に重いでしょーが。


 しかし同じ組のお姐さんたちのカッコいいこと! 足袋を履いた足先の美しいこと。絶対かかとついてないですよね。軽快な足取りで姿勢がピンとしてて、また掛け声が粋なの。これも一種の踊りなんだなぁって気がします。


 「セイヤ」「ソイヤ」「オイサ」って掛け声と共に、神輿が上下します。あれ、「ワッショイ」じゃないんだね。

 これって癖になるやつかもしれないです。ランナーズハイでしたっけ? だんだん楽しくって笑いが止まらなくなっちゃった。アハハ、ウフフ。


 雪豹さんと夏音は左右に分かれて、前の棒を担いでいます。こうしてみると、二人とも元気な高校生にしか見えないね。

 大人っぽい雪豹さんも、あんな風に屈託なく笑うんだな。なんだかほっとしました。そして、いちいちきゃぁきゃぁ声援を送る女子たちが、祭りに花を添えてくれてるようです。



 お家に帰ってお風呂でさっぱりした後、縁側で冷えたラムネを飲みました。

 あー、疲れたけどなんか楽しかったなぁ。腰に手をあてて一気に飲んで、喉をゴクゴク鳴らすのです。

「おっさんか、お前は」って、夏音があきれたように言い放つんだよぉ。

「おまえさー、いくら元がたぬきだからって、このぽよぽよおなかはないだろ。もっと引き締めろ。今夜から腹筋百回!」


 きゃー、お腹さわるのやめてー。

 お神輿終わった後、出してくれた食事がまた、めっちゃ美味しかったんだもん。特にあの天ぷら蕎麦ったら!


 ぐいっとおなかを抱き抱きされて、私はめっちゃどきどきしました。夏音にふれられると、なぜこうもきゅんとしてしまうのか。……ずるい。

「あ、でも、やわらかくてきもちいいー」

 もうー、セクハラだよ、それー。


 風鈴の音を聞きながら、私たちは涼しい風に吹かれていました。

「来週はもうほおずき市ね。また風鈴を新調してしまいそう」

 横でトリコさんが、満足げに青い江戸切子に入ったお酒をぐいと呑んで、しあわせそうに微笑みました。






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