7-2 鳥たちの羽ばたき


 さてここ上野には、盆踊りの季節になると生き生きする師匠たちがいらして、まさに羽が生えたようと申しますか、盆尾鳥ボンオドリ!って感じで、しあわせそうなのです。


 我が家のトリコさんも例にもれず、朝からうきうきしています。

 やっぱり祭りは特別ですね。提灯の下でやぐらが組まれて、あちこちで陽気な笑い声がする夏の夜は最高に楽しいのです。


 今夜から3日間は、ここの町会の盆踊り大会です。めっちゃにぎやかになるでしょう。

 殊にこの下町に昔から住んでる人たちの地元愛と来たら、もうハンパじゃないのですから。呑めや、歌えや、踊れや! のサンサン、ナナビョーシ!

「それを言うなら『三拍子』だろ、紗雪。ちょっと多いぞ」

 あは。三本締めとかも違いがわかんなくて、一人でいっぱい手叩いちゃうんですよねー。

 私が何か言うたびに、夏音がお茶を入れてくるのです。

「それは『茶々を入れる』だろ?」と呆れ顔の夏音は、ツッコミ担当ですね!



 今日はここの町会の揃いの浴衣を着るのです! 

 四年に一度くらい新調するのですが、今年はちょうど新しい柄の浴衣です。

 白地に紺の色合わせ。今年の裾模様は、大きな蝶。なかなかに華やかです。帯は光の色を思わせる菜の花色。殿方は渋めの松葉色です。


 私は、と言えばいまだに浴衣の着付けが下手っぴなのです。順番は覚えたんだけど、肝心なところがどうもキリッとしないの。

「もうー、どうして上手くいかないのかなぁ。数式の方が頭に入るよー」

「嘘つけ。数学苦手なくせに。ほらほら、最初からやり直し」

 夏音の無情のダメ出しにより、また一から合わせ直しです。

 

「いいよなー、男は楽に着れて。女みたいにギューギュー帯締めないし」

 襖の向こうにいる夏音に向かって、ちょっと愚痴ってみました。

「何言ってんだよ。男だって粋に着るには、帯の位置の塩梅が難しいんだぜ」

 ですね。浴衣姿の夏音はまた男前になって、見慣れているけど、惚れ直しちゃうといいますか。あは、何言ってるんでしょう、私は。


 着付けはね、最初が肝心なのです。足元で浴衣の丈を合わせてしっかりきゅっと体に巻く。そこでゆるいとスッキリしません。最後に少し右下の裾のところが上がっているくらいが格好いいのです。

 後は特に襟の抜き方が難しいです。襟を抜くとは、襟を後ろに引っ張って、うなじを見せることです。女性特有の着方かな。

 ここは好みもあるんだけど、ぎっちり首にくっついているとカチカチに固く見えるし、何より暑い。前から見てはだけないように合わせて、背中側で後ろに引っ張って、うなじのところに空間を作ります。


 この二つができていれば、ほぼいい感じです。

 後は帯結びですね。あれっ、蝶々にするには結んでからどっちが上に来るんだっけ。ギューギュー結んで落ちないようにしなくては!

 仕上げにあちこち引っ張ってみます。どうしても必死に帯を結んでいるうちに、崩れてきちゃうんですよね。なんとか出来ました!


 背中に団扇を差して、根付のついたがまぐちのお財布を帯にきゅっきゅと入れて、袂にハンカチ入れて、準備OK!


 うちの顧問、富良民吾フラミンゴセンセも、まだ祭囃子が聞こえる前から家に誘いにやってきましたよ。なかなかイナセです。すらりと高身長なので浴衣も映えますねー。


 さあ、行きましょう!



 夕方の光が射す頃、みんなが集まって来ました。はじまる前の太鼓から、すでに熱気でいっぱいです。高揚感がすごい! 


 いつもハッピー民踊部に教えに来て下さる隣町の白孔雀花男先生もいらしています。エメラルド色の浴衣を着た白孔雀先生のきらびやかなこと! どうしたらあんなに色っぽくなれるのかしら。男の人だというのに!


 あらあら、1年のペンギンの可愛らしさったら、ぎゅってしたくなっちゃう。ズドーンとまっすぐ寸胴! すばらしき着物体型! 

 いやしかし、ガッチリ体に巻き過ぎていて、トリコさんにぐいぐい襟元を引っ張られてます。

「もう、衣文掛えもんかけに吊るされてるんじゃないんだから、この子は!」

 あ、ちなみに「衣文掛け」って、ハンガーのことですからねっ。


 さあ、1曲目がかかります。曲は台東区の「たいとう音頭」(*13)

 鳥さんたちの出番です!


 町内の盆踊り大会には、なんとあの橋広光ハシビロコウ師匠までもが、輪の真ん中で踊っちゃうのです。

 もしかして師匠は寄る年波には逆らえず、動けないのかなって思ってると、いやいや、めっちゃ腰落として踊ってるじゃないですかー! いつものお稽古の時は手しか動かしてないのにー。


 いつしかやって来ていたアゲハ姉さんと後輩のモモンガが、嬉しそうにパフパフ羽を広げています。羽仲間ってことでしょうか!

 今夜は、団扇で仰がなくても涼しいかもしれませんね。



 そして埼玉県民謡の『秩父音頭』(*14)

 ハアーエ、アレサ、ナアーエ、コラショ! 

 ところどころの歌詞や掛け声の調子が大変陽気で、気分が上がります。

 大きく羽を広げてばっさばさの振りのところは、鳥師匠たちが思いっきり踊るもんだから、会場全体がふわっと宙に浮くんじゃないかと思うくらいです。

「背中に羽が見える!」鳥たちの饗宴です。


「フッ!」

 あ、ミンゴセンセも思わず本気が入ってしまいました。

 おや、今夜は久しぶりに妹の富良民子フラミンコセンセも一緒にいらしてますね。

 二羽のピンク色の羽が紅く染まり、まるで炎の舞いのようです。

 おおー、片足で空を見上げて立つ姿が似合い過ぎて、夕陽が照らす彫像のようになっています。(止まったままだと迷惑ですから!)


 休憩時間には、ミンゴとミンコがだいすきなビンゴ大会もありました。

 でもいっつも真っ先にリーチ!って叫ぶわりには、ビンゴに至らないですね、センセ。今年はいかがでしょうか。




<民謡ひとこと講座>

*13「たいとう音頭」2012年に発表された台東区ご当地の曲

   タンタンタントキテ台東区、という明るい歌詞。

   しかし、台東区には「新台東音頭」も「台東区の歌(旧台東音頭」もあり、実にややこしい。 


*14「秩父音頭」 埼玉県秩父郡皆野町の民謡

   昭和の初め、豊年踊りの復活のため、保存会が歌詞を募集し、節廻しに「秩父屋台囃子」の祭囃子をとり入れたもの。

   お笑いなっと(コラショ)の歌詞が、著者にはずっと「お笑い納豆」に聴こえていた。(いらぬ情報)

  

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