7 きたきた真夏は盆踊り!

7-1 まんまるお月さま


 さあ、まもなく梅雨も明けて、盆踊りの季節が到来だ! 

 これからしばらく、週末はもちろん平日でも、東京のそこかしこで盆踊り大会が開催される。

 俺たちはそれに参加するのを楽しみにしてスケジュールを立てている。

 盆踊りと聞くと何処からともなく駆けつける人たち。最近よく巷で耳にするようになった、いわゆる「盆踊ラー」なのである。


 昔からある盆踊りは、先祖を祭るやぐらを組んで、みんなでその周りを囲んで輪になって踊るものだった。円を描きながら続いていく永久運動の如く。

 盆踊りの曲の内容は、その土地にまつわるものである。労作歌であったり、祝い唄であったり。船を漕ぎ、魚を獲り、苗を植え、稲を刈る。

 豪快なちゃきちゃきした踊り、厳かで静かな踊り、思わず笑顔になってしまうはずんだ踊り。多種多様な踊りは、これからの未来にも伝えていきたい大切なものだ。


 伝統的な盆踊り、たとえば(西馬音内にしもない盆踊り、阿波おどり、郡上ぐじょうおどり)はますます盛況になっていく。

 地方によっては、祭り自体がなくなっていくところも多いと聞く。 

 踊れる人が少なくなったこと。そして気楽に参加できる雰囲気がなくなってしまったこと。色々な要因があるだろう。でも、この素晴らしい文化がなくなってしまうのはさみしい。


 一方で東京の盆踊りは、特殊な形態かもしれない。ご当地の曲もありながら、日本全国の曲をかけ、東京ならではのアレンジがされたものも多い。首都だけに、色々集めるのが得意な祭りだ。なかなかに盆踊りは暑い。いや、熱い!


 そして今、特に都市においては、そのラインナップは盆踊りという定義を越えて広がっている。実に幅広い。

「ダンシングヒーロー」は盆踊ラーにはDHと略されるほどに有名曲だし、昨今ではBon Joviの『Livin' On A Prayer』が「盆ジョビ」と当て字されて披露されたのは、記憶に新しい。もうDJとか入っちゃってめっちゃ自由だ。


 盆踊りフェスって呼んじゃってもいいかもしれない。

 元気な踊りで祭りが活性化するのは楽しいよな。踊るって、振りを覚えることも醍醐味だけど、体でただリズムを取るだけで十分だなって思うんだ。

 

 でも一番大事なのは「全ての世代」に開放されたものだって思うんだ。

 若者だけがカッコつけて全くの別物にするんじゃなく、小さな子から幅広い年齢層まで参加できる。時代を繋いでみんなを笑顔にしていけるものがいい。

 未来への架け橋になるだけじゃなく、過去の想いにも橋を渡そう。曲がかかると自然と輪が広がって、たくさんの人たちが陽気に踊ったかつての頃のように。伝統と開放がうまくバランスを取っていければいいな。


 気楽に楽しめる一方で、俺はやはり伝統的な盆踊り曲を踊ることが楽しい。振付の美学を感じたいとでも言えばいいだろうか。

 そんな雰囲気を醸し出す踊り手を見ながら、その一挙手一投足を間近で感じながら、自分の身体で風を起こす。踊ることで沸き起こる、この感情の波が心地よい。



 今年も夏休み前に、山羊部長から盆踊りに参加するにあたっての注意事項が伝達された。

「盆踊りは地域の方たちが主催されていますから、勝手に入って踊っていいの?って疑問がありますね。踊り子が少ない昨今、とても歓迎されていることが多いです。しかし! やはりまずはごあいさつをしてから輪に入りましょう」

「それから!」と言って、山羊部長はコホンと咳ばらいをした。


「部活で作った揃いの浴衣は着ていかない方がいいですね。揃いの浴衣というのは、その自治会の方たちが着て、踊りの主導権を握ってくれるものです。知っている踊りだと我が物顔で邪魔するのではなく、その方たちの外側で踊りましょう。それに踊りは各地で少しずつ振りが違っていたりしますから、郷に入れば郷に従えで、そこの振りを踊りましょう。いいですか?」


 あくまでも地域を盛り上げてくださる方に感謝して、ゲストとして参加する心持ちで。はい、了解っす!


「ま、眼鏡とかはお揃いでも構わんから」

 はっ? っと思ってガン見したら、山羊部長と羊田洋子書記、草食カップルの眼鏡がいつのまにかお揃いだった! 赤のセルロイドかよ! 🐐🐑



 輪踊りの進む方向は、反時計回りが多い。

 時に時計回りであったり、その場からあまり移動しないものもある。

 そして体の向きは、進行方向に向かう動きと、円心あるいは円の外側に向かって動く場合がある。なかなかにバラエティに富んでいる。


 盆踊りの曲の振りは、繰り返しが多い。だから何度か踊っていると見様見真似で輪に入ることができる。その一連の動きの数を手数と言う。

 少ないと六(六つの動作)であるが、多いと四十もの手数の踊りもあり、結構脳内はめまぐるしくぐるぐる動く。バタバタ動いているうちに曲が終わってしまう、なんてこともある。


 出だしだが、例えば「前奏を八呼間聞いてから」などと言われる。チョチョンがチョン(手拍子の)をして踊り始める場合もある。曲によっては間奏だけ動きが違うとかあるが、一連の流れがわかってくると楽しい。

 そうそう、民踊の音の数え方は「一、二、三、四」と四カウントのところを「一つと、二つと」って、間に「と」を入れて数えるんだ。ゆったりしてていいだろ。



 お囃子の音が聴こえてくると、一刻も早くその場にいたくなるものだ。紗雪の手をひっぱって、急ぎ足で盆踊り会場に駆けつける。


 さて、誰もが知っている盆踊りといえば、No.1は『炭坑節』だろうか。振りがわかりやすく、イメージもしやすく、曲も一緒に口ずさめる。

「月がー、出た出ったー 月がぁー出たー ヨイヨイ」

 掘って掘ってまた掘って、担いで担いで下がって下がって、押して押して、開いてチョチョンガチョン(手拍子)。

 どんな曲でも合うらしく、いろんな曲をこの振りで踊れてしまうというけど、やっぱりこの歌詞あってこそだよね。

 お月さまが煙たいくらいに高い煙突ってところがいいよな。けほけほしてしかめっ面のお月さまか。


 一匹おおかみと月うさぎが一緒に踊ってるのもいい光景だ。うさぎ、月見てぴょこぴょこし過ぎだろ。よほどはしゃいでるんだな。

 あれは、うちの部活の3年のおおかみと1年のうさぎの組み合わせなんだが、不思議となかよしなんだよな。いつもじゃれついている。


 定番と言われる「東京音頭」「大東京音頭」(*11)「八木節」が続く。

 そして、今年は「東京オリンピック音頭2020」(*12)が人気だ。ほとんどが「ゆうゆうバージョン」を採択してるけど、「キビキビバージョン」も捨てがたい。


 次にかかるは「まんまる音頭」。

 まんまるとは何だろう。月、輪になって踊ること。そして太鼓のフォルム。心が世界がまるくなる?


「こら、うさぎ。頭ぴょこぴょこさせない!」っておおかみから、ダメ出しが出てるよ。あはは。

 うさぎが踊っていると、紗雪が選んだ浅草ほおずき市の「うさぎの風鈴」みたいだ。

 灯りの中で嬉しそうにはね踊るうさぎをそのまま写してくるくる回したようで、とても愉快な気分だな。


 浴衣の両袖を内側からきゅっと持って顔に近づけてから、ひょいひょいっと歩く仕草がすきだ。

 ここが難しくて、そして可愛い。女子たち、ここ大事です。




<民謡ひとこと講座>

*11「東京音頭」と「大東京音頭」

  「はぁー、踊り踊るなーら、ちょいと東京音頭、よいよい♪」

   スワローズの応援歌でおなじみですが、元々は昭和7年に制作され「丸の内音頭」というタイトルで、日比谷公園にて盆踊りが披露されました。その後全国に流行させるために「東京音頭」に変身したのです。

  「大東京音頭」は、テレビ東京開局15周年の企画でできました。

   シンプルな振付で誰でも輪に入れる「東京音頭」に対し、「大東京音頭」はちょっぴり振りが難しいですね。


*12「東京オリンピック音頭2020」

   オリンピック延期により、2020が2021の振りに変わるという噂あり。

   (二は両手を左から右にスライド、〇は両手をくるりと回転して表現)

   youtubeにて、踊り方講座も披露されています。









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