10-4 君との永遠の約束


 夏の終わり、夕刻に縁側に座っていると、ヒグラシのカナカナが聴こえてくる。


 なぜこの音を聴くと取り返しがつかないように悲しく、だが遠くのことを懐かしむように感じるのだろう。あの夏の日にもきっと聴こえていたはずの鳴き声。

 先人達のあらゆる思考がゆるやかに飛び回っては空に帰っていくような気がして仕方がない。何を思っても、見守るしかないのに。

 

 ヒグラシと交代するかのように秋の虫たちが泣き始め、俺を慰めてくれる。

 それを聴きながら、朝顔の実を取っている。鞘の中に四つ五つ、おにぎり型の黒い種があるので、新聞紙の上に広げていく。カサカサに乾燥した鞘が粉々になって散る。


 果たして俺たちは、来年も同じように暮らしているのだろうか。来年の春にまた、この種を撒き、秋に種取りをしているのか、わからない。



 田舎から新米が届いた。

 一緒に届いた栗は、今日の午後、俺と紗雪で格闘して剥いた。それを見たトリコさんが今、栗ご飯を炊いてくれている。

 

 縁側では朝顔の種を取る続きをしている俺の横で、さっきからミンゴが一足先に酒を呑み始めた。

 九月九日、重陽ちょうようの日にちなんで、酒に菊を浮かべて呑んでいるらしい。あれ、本来は茱萸ぐみの酒ではなかったか。

 まあ大体、何かにかこつけてこの人は毎日嗜んでいるがな。きっと毎日が何かの記念日なんだろう。


 すっと箸休めに差し出された小鉢を見る。これは煮凝にこごりだ。ミンゴの大好物。なんだかんだとトリコさんは甲斐甲斐しいんだよな。昼間から準備していたのを知っている。

 平目の身と皮を捌いて、生姜を入れた汁をとろ火で煮詰め、煮汁ごと型に入れて冷やす。固まってゼリー状になった塊が、九谷焼の器に盛られて、小さなお膳に乗って供された。

 これは右紺の母の得意料理だ。トリコさんは酒呑みなので真っ先に覚えたと言っていたな。そして、自分のためだけでなく誰かのために作ることが嬉しいらしい。


 特に暮らしは変わらないけれど、トリコさんとミンゴはこの秋に祝言を挙げることになった。

 紗雪と俺は「下宿先探しますから」と言ったのだが、トリコさんはしばらくはこうやってミンゴが通い婚のようにやって来るので十分だと言う。

「急にちゃんとしようとなんてしたら、きっとすぐ破綻するから、ふっ」だって。

 

 卒業まであと1年と半年は、このままお世話になることになった。有難い。でも、少しは俺たちも二人きりの時間を作れるように、遠慮しないとだな。



 本来俺たちは田舎の祭りを再び盛り上げるために東京に派遣されてきた身だ。こうして修行をした後は、恩返しのために帰らねばならない。

 けれど、一度故郷を後にして来た俺たちに、もう帰る場所なんてない。そんな心境になり、自分たちの罪の重さをより実感するようになった。


 あの日、俺たちは一瞬で決断した。それを目で確かめ合った。あれは二人きりの約束だった。

 俺たちは、人間として添い遂げようと。寿命を全うしようと誓ったのだ。


 そうじゃない。最初にあいつが決めたんだ。俺が一歩後ずさった瞬間、あいつは前に一歩出た。そんな強さが紗雪にはある。俺は一生敵わない。


 俺たちが幾つまで生きられるのかは知らない。人間として生きて寿命が延びたと言っても、中身は所詮たぬきときつねだ。

 人間だっていつか終わりがくる。毎日を奇跡みたいに感じて、出来うる限りの思いを尽くそう。それが俺たちの使命だ。


 隣で栗ご飯を頬張ってる小動物なところは相変わらずだけれど、最近は時折どきっとするような女らしさが垣間見えるようになったのは気のせいだろうか。誰にも渡したくはない。


「夏音、栗、残してるの?」

「ちがうよ、すきなものを取っといてるの!」

「そんなに大事にしてると狙っちゃおうかな」

「やめろ、こら」

「二人ともいちゃついてないで、お代わりあるからたくさん食べなさい」

 いつものようにトリコさんが呆れてるな。

 

 茶碗を洗った後、縁側で二人並んで風に吹かれる。

 こいつが隣にいることは、これからもきっと変わらないだろう。幾久しく、できる限り長く。


 そう思いながら、俺は彼女の髪についているリボンを撫ぜた。俺に向けられる笑顔を眺めて、これからを思いながら。そして心で思うだけではなく、もっと気持ちを伝えていこう、大切な存在に向かって。


 だいすきだ。


 月が冴える空を見上げて、片時も離れないでくれと、俺は願をかける。






<完>

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夏音と紗雪の約束 -ハッピー民踊部!- 水菜月 @mutsuki-natsumi

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