10 月が見守る二人の約束

10-1 アゲハの髪飾り

 

 今日はアゲハ蝶子先輩、もとい、アゲハ姉さんの誘いで、ハッピー民踊部の女子だけ集まって、アンティーク着物を見に行くことになっています。

 アゲハ姉さんの着物や浴衣はセンスがよくてステキだなと見とれているので、みんな自分に合ったものを見立ててほしいなぁって常々思ってたんです。


 アゲハ姉さんは普段から、大正時代の袴スタイルで編み上げブーツ履いて自転車乗ってたりするの。はいからさんと言うのでしょうか。和風ワンピースを着てる時もあって、その洋服チョイスはみなの羨望の的。

 その姉さんが御用達のお店に連れてってくれるというので、みんな遠足の日のこどものようにそわそわしているわけなのです。


 現れたアゲハ姉さんは、今日は芙蓉の花のワンピースです。大輪でやわらかい花びらが美しい。動くたびにふんわりと揺れて、小鹿ちゃんの目がハートになっております。


「まずここでお参りよ!」

 まるでセーラー××のような口調で連れて行かれたのは、その名も「乙女稲荷」です。

 ねじゅじんじゃ(発音しづらい)、いやいや、根津神社の境内にあるお稲荷さんなのです。

 小さな鳥居が重なって、男の人はくぐるのに頭ぶつけそうな高さなのですが、そこをくぐって行くと、チロリアンテープで縁取られた前掛けをつけたお洒落なきつねさんが! 

 一応わたくしも乙女の部類なので、色々お願いしておきましょう。



 アンティーク着物のお店には、今はあまり見ないデザインの着物や小物がたくさんありました。クラシックな感じよりも思った以上に挑戦的で、この時代に発表された時はさぞかし驚かれたでしょう。でも着る人を選ぶ感じです。モダンなカッコよさがないと着物に負けてしまうもの。

 以前、文京区の弥生美術館で見たような、竹久夢二が描く女の人が似合うような色柄がたくさんあります。


 私が気になったのは、銀色地に大きな艶やかなピンク色の牡丹の花が刺繍されている帯。なんとも大胆で華やかで、心奪われてしまいました。

 自分が着こなせるかは別として、とてもすきです。値段も張るのじゃないかと思ったところ、なかなかお手頃価格です。

「一点ものがほとんどだから、これというのに出会ったら、お取り置きしてもらうといいわよ。これはぱっと見た時より着てみたらすごく紗雪に似合うと思うわ」

 アゲハ姉さんがささっと店員さんにお願いしてくれました。トリコさんにも相談して一晩ほしい気持ちを寝かせてみます。


「いきなり帯や着物はハードルが高いと思ったら、こういう小物も楽しいよ」

 迷い子たちへの姉さんおすすめは、帯留。帯留おびどめとは、帯締めという帯を締める紐に通す飾りのことをいいます。

「浴衣にはつける必要はないんだけど、これがあると女の子冥利につきるの」

 ほんと! アクセントが自分の体の中心に来るのでワンポイントになります。お花のボタンみたいにアクセサリー感覚でちらりとつけるのもいいですね。


「アゲハ姉さんが普段着てる和洋折衷のお洋服もすごくステキですよね」

「ありがと。あれね、私がデザインして作ってもらってるんだ。うふ」

 なんと! 自分の魅力を100%わかってるんですね。

「もうね、いつも熊が私に会うなり『アゲハちゃん、今日もカワイイ!』ってうるさいのよー」

 ああ、そうですか、はい。ごちそうさまです。私なんて夏音にそんなこと言ってもらったこと、ないなぁ。しゅん。



 憧れているのは、たとえばレースのブラウスの襟にふわっとした袖、下は袴っぽい紺のロングスカート。裾の白いお花の刺繍が清楚で品があって、でも誰も着ていない個性的なラインナップ。


 そしてやはり、トレードマークの銀色の蝶の大きな髪飾り。切り揃えられた黒髪に似合っています。

「これも私デザインなの。ちゃんと頭のサイズも測って、耳の上に来るように考えてるんだ」

 合わせてみて、と外してくれた髪飾りを、私も鏡の前で付けてみたら、やっぱり姉さんだから似合ってるってわかったのですが、案外といつもと違う自分になって、しあわせな気分になったのでした。


「紗雪にはリボンもいいんじゃない? いきなり大きいものより、小さなものから選んでみたらどうかな」

 姉さんのアドバイスで、私は故郷の田を思い出す若苗色と女郎花色の縞のリボンををつけてみました。

「紗雪先輩、それお似合い」

 小鹿ちゃんがほっぺを染めながら言ってくれたので、それに決めました。洋服にも和服にも合いそうです。


 ここのお店、動物さんがついたちっちゃなアクセサリーやハンカチなどの小物もたくさん売ってるんですけど、そのキャラが、今日の女子会メンバーのね、「ねこ」「うさぎ」「バンビ」がしっかり網羅されてるんです。いいなー。みんなきゃぁきゃぁ自分のキャラで選んでおります。

 やっぱり乙女シリーズに「たぬき」はないんだよなぁ。くすん。 


「紗雪にはこれかな。ほら三色だんご!」

 あは。花より団子の私です。


 ああ、結構真剣に頭使って選んでたから、またおなかすいちゃったぁ。


「じゃあ、コッペパン食べにいこ。すきでしょ、きなこパン」

「すきです!」

 今日いちばんに良いお返事をしている私なのでした。

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