1-2 踊っていただけますか
入学式から約一週間がたち、新入生はオリエンテーションも終わり、そろそろ学校に慣れてきた頃。
いよいよ私たちの出番です。そうなのです。今日から体験入部ウィークがはじまるのです。
私たちが通う「都立上野月野夜高校」には『ハッピー民踊部』という名の部があるのです。民が踊ると書いて、みんようと読むのです。はい、民謡を踊るのです!
「部員勧誘が今後の全てのカギを握る! と言っても武士に二言はないのです」
力をこめてこぶしを高々と挙げた私に、隣を歩いている
「
日本語は難しいのです。時にたぬきの私には、人間が使う言葉は呪文のようで、呪文を唱えたらまちがって他の動物に変身しちゃうかもっ、ドロン。なんて思うくらいにまだまだ未熟なのです。
もうだいぶ人間として生きてる私ですが、奥が深い人間界。バレないようにがんばらなくちゃ。よしっ。
「夏音。ご指摘、感謝いたす。これからもよろしゅうに」
私の横で苦笑しているきつねの夏音ですけど、ぱっと見、涼しい顔立ちの男なので、まぁ、モテルのなんのって。人間になって良かったねー。
いや、ライバルが多くてやなんだけどー。
の前に私はたぬきなんだから、異種間交流がそもそも許されるのかって話だけど、ずっと君にとっていちばん近い存在でいられることが、やっぱり嬉しいのです。
教室でも隣同士の席に鞄を置いて、今日も私はゴキゲンなのです。
*
放課後、はりきって部室に行くと、部長の
あ、えっとね、賢い大人になった山羊さんにはちゃんとあごひげが生えてくるんですって。部長はまだ十七才だもの。醸し出す雰囲気はめっちゃ爺さんですけど。
「よし。
何やら突然渡されましたが。なんだ、この台本ってのは。
<Take1>
きゃー、うこんせんぱーい。すてきー。(黄色い声をあげるさふさ。)
さふさ。僕と踊って頂けますか。(きゃー。女子たちの悲鳴)
「なんじゃ、こりゃ、山羊部長。夏音をつかって女子部員を勧誘しよう作戦ですね」
まあ、確かに、これは有効でしょうね。ちっ。なぜか夏音が先輩役になってるし。
「はいっ、カット!」
「だめだよ、左房。もっとメロメロな目をして右紺のこと見つめないと。リアリティがない」
<Take2>
はい、カットカット!
だめだめ、右紺。もっと左房をお嬢様みたいに扱わないと。
……ああ、一体何の寸劇かしら。
「それより、山羊部長。新人勧誘で踊る曲決めたんですか?」
ぽいっと台本を放り投げて、夏音が聞いています。
「もちろんです。わたくしに抜かりはありません。きっちり音源も作ってまいりました」
わぁっと部員が集まって、リストを覗きに来ます。
おお、参加しやすい楽しい曲のオンパレード。そして、こんなカッコイイの踊ってみたーいってあこがれる曲も入ってるぅ。
では、私たちはジャージに赤いたすき掛けして、髪結って夏祭り感、演出してみましょうか。
一年生に輪に入って踊ってみようと誘う一曲目は「ちゃらちゃん踊り」(*1)です。手数が少ないから、すぐ踊れる初心者体験向きなの。
「ちゃらちゃん踊り」は、
民踊用のうちわはね、持ちやすいように、柄の部分が平たいタイプではなく丸い棒になっているの。両手でこすりあって、うちわがくるくる回るのね。
「ちゃらちゃんは、新しく引っ越してきた人が踊りの輪に入ってくる曲なので、新入生歓迎にふさわしいかと思い、選曲いたしました」
山羊部長が黒縁めがねをキリっと上げました。さっすが、部長は物知りだよねー。
「曲の由来を知ることは、その曲を踊るためには、とても必要なことです」
ちゃらちゃん、って響きがかわいいよね、何でも鈴の音らしいですよ。
「ヨホイヨ~ホイ ヨイヤナ~」って掛け合いもいい感じで、ついにこにこして踊ってしまうのです。
しかめっ面が似合わない曲。新しく来た人となかよくなれる歌詞。
おすみさんという器量よしのお嬢さんが居りましてね、山ほど恋文もらったらしいんですな。その中の一つを読もうとしたら、はい、もうお時間です!って。
え、中に何書いてあったのかなー。気になっちゃうじゃない。
反時計回りの方向に向かって立ちます。右手にうちわを持っています。
「ちゃらちゃん踊りを踊るならー」の歌で、右、左、右、右と手と足を同時に出します。右手はうちわを押し出すように。
「ヨホイヨ~ホイ ヨイヤナ~」の掛け声の箇所で、円心に向かって左足を一歩出し、一回パチンと手を打ちます。両手を前に上げてから三角の両辺を描くように下げます。(これを「山開き」といいます。)
その後時計回りの方向に、三歩進みます。その時右手のうちわで左手の平をサッサッサッと三回こすります。
これの繰り返しなので、すぐに覚えますよ。慣れてきたら一緒に掛け声もかけましょう!
行ったり来たりしながら、くすくす笑っちゃうね。
こんにちは、一年生! どうぞ、中に入って気楽に参加してみてね!
<民謡ひとこと講座>
*1「ちゃらちゃん踊り」 香川県民謡
輪踊り。手に団扇を持って軽快に踊る。歌詞は色々御座います。
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