夏音と紗雪の約束 -ハッピー民踊部!-
水菜月
1 ハッピー民踊部にようこそ!
1-1 春まだ初め
約束だよ ずっと一緒に
いつまでも 僕らは永遠に
幼き日にした約束が、今も僕の心に命の花を咲かせる。
原因はたった一輪のつゆ草だった。
青い花の可憐で哀しい一瞬。
摘んだそれを君に渡したくて、夜の道を急いだ。そして二人は……。
ああ、花火が上がる音がする。僕の中で木霊する。
またあの夏の夢を見た。
いつまで経っても脳裏に焼き付いたまま、忘れられない現実。
夢を見るたびに、心の中が擦り減っていく。
それでも僕は、生きると決めた。
*
「夏音! なつね、な・つ・ねっ!」
朝から騒がしいなー。もう、このおてんば娘め。
お前には情緒ってもんがないのか。俺は今、とっても感傷に浸っていて。
「ほら、早く起きないと、今日から朝練だよっ」
こいつはいつだって元気印だ。
低血圧とか、朝は気怠いとか、ぜったいにこの俺様の繊細さを理解してもらえない。
「起きた? おはよ」
ぽわんとした顔が至近距離にある。
くりくりとしていてタレ目なのが、愛嬌あるんだよな。
この笑顔を見ていると、俺は生きていかなきゃと思えるから、ほんと仕方ない。
そんなこと、口が裂けても言わないけどな。言えるかっ。
引きずられるように布団から転がされて、タオルを投げられた。
二階の洗い場で顔を洗う。水色のおにぎりの形の石が散りばめられたタイルの洗面台。
レトロな設計のこの屋敷は、戦後、昭和の時代に建てられたものらしい。あちこちガタガタと立て付けが悪いが、やはり木の匂いがする家は落ち着く。
浴衣の袖を濡らさぬようにくるくると捲ってから、水を掬う。
水はもう温い。季節はもう春だ。
故郷の川の水ならば、きっとまだ雪が溶けて間もなく、冷たいだろう。
それを思い出して気持ちをシャキッとさせ、顔をパンパンとたたく。よし、水も滴るいい男だぜ。
*
俺たちは一年前にここ、東京は上野にやって来た。
高校入学に合わせて二人で上京してきて、そして今、この家に世話になっている。二階の襖で仕切られた二部屋を借りているんだ。
階段を降りると、御御御付のいい香りがする。おみおつけ、おみそしるよりすきな響きだ。
「おはようございます。トリコさん」
「
「もう、ほんとになかなか起きないから大変」
「
さゆきは俺の幼馴染で、生まれてからずっと一緒にいる。いつだってそばにいた。
「明日からはチューして起こしちゃおうかなー。もう解禁だよねっ」
「なっ、やめろよ。俺、自分で起きるから」
「ふぅーん。起きれるもんなら、そうしてもらいましょうか」
「夏音の貞操が奪われるのも時間の問題だわね」
よそってもらったお椀を受け取る。
あー、俺のすきな卵と絹さやのおみおつけ、最高だわ。
このちょこっと半熟加減の黄身の具合。箸で割ると、中はとろっとしているのに、汁に流れ出ない絶妙なやわらかさ。
トリコさん天才。紗雪、ちゃんと習っておいてくれよ。
「いつまでふぅふぅしてるの? たべちゃうよ?」
ほっとけ、俺はねこ舌なんだ。
ま、みそしるって言わないほんとの理由は、トリコさんがアラサーってとこにあるんだけどな。みそ……から、三十路が連想されて、ピキーンって髪が逆立つから!
*
彼女はここで踊りの
だが、師匠にはもう一つの顔がある。
それは、日本民踊推進委員の副会長という使命だ。俺たちはその民踊を習いにはるばるやって来た。
さあ、今日も出かける俺たちを、玄関先で「いってらっしゃい」と送り出してくれるトリコさんの存在。
故郷の母を思い出させる朝のひとこま。ありがたいっす。
いってきまーす!
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