3-3 大漁ざっぱーんのクマ


 男踊り、女踊り、と俗に言うが、別に男性が女踊りを、女性が男踊りをしてもいいわけである。


 男踊りの例としては、有名なところでは「阿波踊り」を思い浮かべてもらうとわかりやすい。男性に混ざって女性が腰を落として踊っている。

 反対に、しなやかな動きの男性が浴衣姿で、手先も美しく踊っている場合もある。つまりは個人の特性であり、好みで色々踊って良いのである。


 実は俺は線が細いので、あまり男踊りが似合わない。どっしりとした男踊りより、寧ろ浴衣を着て女性の後ろで真似して踊ってる方が性に合う。

 一方紗雪の方は、腰を低くして法被ハッピにハチマキなんかして、お茶目に踊る男踊りの方が合っている。あれは、たぬきの父ちゃんの血を受け継いでるな。


 とはいえ俺も、男踊りを粋に踊れるようになりたいし、男衆が揃って大漁節なんかを踊る演目は壮観で、チャレンジしてみたい。

 そんなあこがれの対象が、北海道出身、熊五郎くまごろう先輩なのである。さっすが、腕一振りでざっばざばと魚が跳ね回る現象が見えるような、大胆な踊り手だ。


「腰だな、腰を入れる。そして足を鍛える」

と言って、今はしこを踏んでいる。お相撲さんかよ! 

 高校生には見えないな。たまに先生と間違われて生徒から話しかけられてるもんな。まあ、先生があれ(フラミンゴ)だから、並ぶと熊先輩の方が威厳がある。

 先輩は学校に通いながら、酒屋に住み込みで働いている。一升瓶運んで鍛錬しているらしい。



 さて、春季大会二曲目は「原釜大漁祝はらがまたいりょういわい唄」(*5)に決まった。

 男踊り、正面踊りの曲だ。正面踊りと言うのは、舞台で踊る時にお客さんの方を向いて踊ることを言う。


「ソーリャー 相馬沖から走り込む船は(ハァソレソレ)明神丸みょうじんまるヨ」

 漁師達が大漁の折、祝唄として歌ってきたとされる民謡。ミンゴが歌に合わせて、歌詞を口ずさむ。

 四番まであるが、後半はどれも「アリャエー エノソーリャー 今日も大漁だネ」で締めくくられる歌。無駄にいい声してるな、ミンゴは。


 振り写しにはトリコさんが来てくれた。いやいや、ここでは鳥子先生と呼ぼう。

 今日も今日とて粋な着物姿である。歌舞伎役者の市松が好んだ格子柄から名がついた「市松模様」を着こなしている。


 両手を大きく斜めにかざし、かもめを表す仕草。

 網を引いて、魚をざっぱーんと入れ込む。

 正面に顔を残して、くるりと一回転。決めっ。

 その後は船を漕ぐ動作。雄大な波に向かう。

 大漁でがっぽがっぽと魚が入ったよ、めでたい!

 最後に見得を切って、バンザイ!


 この振り、めちゃくちゃすきだ。紗雪も目を輝かせている。

 力強く全身を使った踊りなので、がんばって練習して自分のものにしたい。

 鳥子先生は、男踊り、女踊り、どちらを踊ってもカッコイイ。

 男踊りの時はそこらの風を自分の味方にしてシャキっと斬るように、女踊りの時は自らの体内から柔らかい風を送りだすような優しさで、つい見惚れてしまうんだ。いいよなぁー、師匠。


 しかし、俺はやはりどこか決まらないな。

「夏音の踊りは綺麗すぎるんだな。小魚捕ってるんじゃないんだ。マグロだぞ、でっかいマグロ漁なんだ。イメージしてみろ」

 熊五郎先輩がアドバイスをくれる。こういう脳内イメージというのは案外大事だ。


「鯛やヒラメも、ザックザクだぞ。あれに見えるは鰹か鯖か」

 潮の匂いがしてくる。波の音が鳴り止まない。

「昔の威勢のいい賑やかな漁場を想像してみるんだ。大きな掛け声が飛び交っている」

 波に揺られて、大きな魚たちがジャンプする。そんなスケールの大きな踊りをしよう。

 東風たつみの風で、帆を孕ませて、今日も明日も大漁だ。



 練習の後、そのままトリコさんと一緒に家に帰る。ミンゴも付いてきた。

 トリコさんとミンゴは、幼稚園からの幼なじみなのだ。今もしょっちゅう家に遊びにやって来る。

 

 今夜は寿司の出前をとることになった。大漁節のせいだな。

 ああも、魚のことばっかり考えてたら、ネタが心の中で踊ってしかたないもんな。ご相伴にあずかれる俺たち、しあわせもんだ。


 みんなで縁側に腰を下ろして、夕刻の風に吹かれる。五月の頃の体を吹き抜ける風は心地よい。

 四季があるのはいいんだが、最近の東京の夏は半端ない暑さなので、ずっとこの気候が続いてほしいと願ってしまう。変身しているとはいえ、中身は毛玉なのでなお一層そう思うんだ。


「フッ、やはり端麗辛口が合うな」

と、ミンゴが嬉しそうに江戸切子に注がれた日本酒の一口目を呑む。

「酒の好みはバッチリ合うのよね」

と、トリコさんが何やら意味深なことをつぶやいた。では、何が合わないのでしょうか。


 二人はいつか結婚する間柄だと周りからも思われていて、本人たちもその気がない訳でもなさそうなのに、つかず離れずな関係を保っている。

 まあ、それ俺にもわからなくもない。しかももう四半世紀近く一緒にいるんだろうから、二人は。今更感もあるんだろうな。

 まあなー、船乗りみたいにしょっちゅうどっかに行っちゃう亭主ってのも、気が楽なのか淋しいのかってところだよな。トリコさんの性格なら、別にしじゅう一緒でなければいけないとかはないだろうけど。


 そして俺の横では、目の前のご馳走のことしか考えてないたぬき、いや紗雪がいる。どの順番に寿司をつまむかが、今考えてることの全てに違いない。

「コハダ、アジ、サヨリ……。〆鯖もいいな。うふ」

 ……やっぱりな。しかも光り物ばっか狙ってやがる。


 ミンゴは海老とサーモンが大好物なので、そればかり食べるし、トリコさんは特注の笹で巻いてる穴子専門。この人たちはバランスよく食べるってことを知らないのか。

「この毛並みを保つためには、ピンクのものが欠かせないのよ」

 くねくねして時々女言葉になるミンゴ。ハッ! そのせいか、そのせいで結婚しないのか? とどうでもいいことを邪推したくなる。


 ああ、俺はさ、イクラ軍艦がいちばんすきなんだけど、このメンバーで食べる訳にはいかないんだよね。

 だって、イクラ食べると、きつねに戻っちゃうから! くぅー、こっそり部屋に持ち込んじゃおうかなー。


 大漁節の後の寿司は、最高っす!




<民謡ひとこと講座>

*5「原釜大漁祝はらがまたいりょういわい唄」 福島県相馬市民謡

   原釜港の漁師達が、鮪の大漁の折、歌ってきた曲と言われている。




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