3-2 花嫁は馬に揺られて
「ところで、春季大会の演目はもう決めたのか」
久しぶりに部活の顧問らしく顔を出したフラミンゴ、いや富良民吾先生が壁に手をついてポーズを取っています。
ついでに珊瑚色のメッシュが入った前髪をふわりとかき上げたりして。こんな
横顔がフランス人ぽくてステキだって。やっぱり性質はともかく、顔がいいのはトクなのかしら。
えっと「徳」? すみっこに漢字を書いてたら、夏音に、「得」!っと書き直されました。
「はい、だいぶ候補を絞っております」
春季大会とは、高校民舞東京地区大会のことで、ここで二位までに入ると全国大会に行けるビックイベントです。春と秋の年二回開催される、部活の重要行事なのであります。
毎年、わが上野月野夜高校(下町)と自由が丘陽光高校(ハイソ)がしのぎを削ってるのです。ほぼ交代で優勝してるよね。そして一位二位なので、全国大会でも顔を合わせる永遠のライバルなのです。
曲目は各校二曲。舞台を大きく使って踊れるのでフォーメーションを工夫します。大抵は女踊りと男踊りの両方を踊るチームが多いの。
*
さて、今年の春の候補曲の一つは「シャンシャン
「シャンシャン馬道中唄」の舞台は宮崎県。
江戸時代から大正まで、花嫁をお馬さんに乗せて、
宮崎県は昔から新婚旅行のメッカなのですって。あ、メッカと聞いて、フェネックの耳がピーンと立ちました。
シャンシャンとは、馬にかけられた鈴の音のこと。
花嫁さんは華やかな着物を着て、花婿さんは
手甲とは簡単に言えば、指の部分が出てる長い手袋。脚絆は長い靴下を思い浮かべてもらえばよいでしょうか。よく時代劇で旅をする時に身に付けてますね。
しかし、この旅道中、ほのぼのラララン結婚!という甘い新婚さんのイメージとは裏腹に、なかなか険しい難所を行くようです。
「坂は七坂、七曲り」って歌われてますからね、いろは坂並みでしょうか。結ってる髪も馬に揺られてみだれ髪ってなもんです。
「ハーコンキーコンキー」と時折入る
*
この曲は、おけさ笠という編み笠を被ります。
阿波踊りや佐渡おけさなどに使われる、前後に細長くて、顔が隠れる笠のことです。赤い紐を顎にクロスにかけてきゅっと結ぶのね。
てっぺんが浮くので、中に「あんこ」を入れて嵩を上げて使います。あんこって言っても、だめだよ、おまんじゅうの餡入れたら!
小さなミニ座布団みたいなもののことだからね!
え、そんなの知ってるって? あ、そうなの? 私はおまんじゅうのあんこをスプーンでくり抜いて入れようとして、夏音に止められたんだけど!
この曲は輪踊りの、進行方向は反時計回り。盆踊りのように輪になって踊ります。
手拭い遣いがとても難しい曲。おけさ笠被ってるから、視界は悪く、くるくる回した後に、右肩にすっと掛けるのがなかなかうまくいかない。進んでいるうちに肩から落としてしまいそう。
普段ジャージの時も、浴衣を着た時を想定して、腕の動かし方を考えます。足さばきもこんなに大股には歩けないはず。
坂道を表す両腕を斜めに上げる動作がすきです。
片方の肩にすっと手拭をかけて、さあ、また登って行こうと気合を入れるかのように前を向き、最初に戻ります。
部活の時間は今日も瞬く間に過ぎ、山羊部長が四角四面にモップかけをしています。几帳面ですねー。
あら、その後を追いかけるようにひつじ先輩がまぁるくワックスをかけていますよ。案外違う性格なのかもっ。
<民謡ひとこと講座>
*4「シャンシャン馬道中唄」 宮﨑県日南市民謡
おけさ笠を被って、手拭を使って踊る。
昔の人は嫁に行くのも苦労でしたね。
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